【中野信治のF1分析第10戦】見せ場を作ったライコネンのブロックとトップドライバーのクリエイティビティ

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2020年10月06日 11:21  AUTOSPORT web

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F1現役最年長ながら、まだまだそのスキルは健在のライコネン
王者メルセデスに対して、対抗馬最右翼のレッドブル・ホンダはどのような戦いを見せるのかが注目される2020年のF1。レースの注目点、そしてドライバーやチームの心理状況やその時の背景を元F1ドライバーで現役チーム監督を務める中野信治氏が深く掘り下げてお伝えする。第10戦ロシアGPは相変わらずメルセデスの強さが際立った展開となったが、今回は下位争いで見せ場を作ったキミ・ライコネンを軸に、ドライバーにスキルについて中野氏が解説する。

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 2020年F1第10戦ロシアGPですが、予選を含めて今回はルイス・ハミルトン(メルセデス)に対して逆境的なシーンがすごく多かったですよね。まず予選ではQ2でハミルトンの1回目のアタックが四輪脱輪ということでタイム取り消しがありました。

 その後コースインしたときには、セバスチャン・ベッテル(フェラーリ)がクラッシュしたことで赤旗中断となり、残り2分15秒でセッション再開。まともなタイムを出していないハミルトンにとっては逆風の状況になってしまいましたが、ああいった状況のなかで最後にはきちんと決めてくるハミルトンはさすがですよね。強さや集中力の高さ、そしてやはり乗れているなということを感じさせてくれます。特に予選での、ああいった場面での自分自身のコントロールがうまいなと思いました。

 予選のベッテルのクラッシュも含めて、今回のロシアGPではアクシデントやペナルティが多かったのも特徴的でした。今回クラッシュが多く見受けられたのは、ソチのコースの『ソーセージ縁石』が結構、悪さをしている部分もあると思います。

 今のサーキットで縁石は平らで簡単に乗り越えられる形状が多くて、ドライバーはついつい縁石を超えてコース幅を目一杯使ったライン取りをしたくなります。ソチではその外側にさらにソーセージのような膨らんだ縁石があるので、そこにタイヤ半分ぐらいまでを乗せるのは大丈夫なのですが、それを超えてしまうと急激にマシンバランスを崩して制御不能になってしまいます。そういったアクシデントを誘発させるようなシーンがロシアでは何度か見受けられました。

 さらに、ロシアGPが行われるソチは常設サーキットではないので、市街地コースとしての難しさというのもあります。普通の常設サーキットならミスをしたりコースからはみ出したりしてもグラベルなので壁にはぶつからずに済むことがほとんどですが、ソチのコース外はすぐ壁になるのでミスがそのままクラッシュにつながってしまいます。

 路面のミューもそこまで極端に低いようには見えませんでしたが、走行ラインを外してしまったときの汚れ方が、常設サーキットに比べて激しいように感じました。タイヤカスやマーブルが多く溜まっているのも見えました。

 あの状況では、一度ラインを外してしまうと簡単にはライン上に戻ってこられないと思います。ソチのコーナーもそれを誘発させるような作りになっていて、たとえば、左に大きく曲がりこむ3コーナーはレース中、外側にタイヤカスが溜まってきてしまいます。そこに乗ってしまうとタイヤはまったくグリップしませんし、路面が汚い+タイヤカスに乗ってしまうことで簡単にクラッシュする状況になってしまいます。

 今回の予選では比較的ドライバーごとに順位が分かれましたが、常設サーキットと比べて路面ミューも低くて、周りも壁というサーキットなので、市街地の路面やコースが得意なドライバー、不得意なドライバーとの差というのが結構わかりやすく出ているんではないかなと思います。

 やはり市街地に強いドライバーというのはいますし、ソチはそうでもないのですが、常設サーキットでの回り込むようなコーナーよりも、パーンとステアリングを一発で切って曲がるという90度コーナーが公道コースが多いという特性がありますよね。

 市街地サーキットは基本的には高速コーナーが少なくて、直角というか一発でマシンの角度を決めて進入していくコーナーが多い。ターンインでクルマの向きを変える走らせ方が常設サーキットとは少し違ってきます。市街地ではブラインドコーナーも多いので、そのあたりの得意不得意がドライバーによって分かれるのかなと感じます。ですので、今回もドライバーの実力差というより、そのコーナーが得意か不得意かという部分で差が出ているのかなと思いました。

 決勝レースではハミルトンがスタート練習でペナルティを科せられました。ルールはルールなのでペナルティにはなってしまうんだろうけれど(苦笑)。う〜ん、まぁ仕方がないといえば仕方がないですね。ピットロード出口でスタート練習をするのは大丈夫ですが、ハミルトンは少し進んだところで練習をしてしまったということですよね。

 いずれにしても、何か最近のF1の裁定が厳しくなりつつある気がして、これまではグレーゾーンだった箇所を今はすごく厳しく取り締まる状況になっているように感じます。スチュワード自体が厳しくなっているのかわかりませんが、前戦トスカーナGPでの再スタート時のアクシデントもありましたし、一般道の取締強化期間ではないですが(苦笑)今のF1は厳しくルールを守らないといけないタイミングなのかもしれません。

 ただ、そうなってくると、今までグレーゾーンだった箇所がいきなりアウトになってしまい『今まではセーフだったのにどうして?』という風にドライバー側がなるのは当然だと思います。ムジェロでのスタートもそうですが、そのあたりをFIAは明確にしなければいけないですよね。

 特に今年はこれから久しぶりのニュルブルクリンクやイモラ、イスタンブールなど、久しぶりの開催地や不確定要素があるなかで、今までどおりでは対応できないことも多く出てくると思います。そのあたりスチュワード側とドライバー側が意見の共有をしっかりとして、あとはチーム側のレギュレーションに対する理解というのを、もう一度申し合わせしたほうが良いような気がします。

 ロシアGPの決勝前のスタート練習絡みで結局ハミルトンは10秒のペナルティを受けましたが、そこから3位表彰台フィニッシュというのも強烈でしたよね。ペナルティで集中力を切らしてしまうわけではなく、その状況のなかでベストを尽くすというところでミスなく、ポイントに関しても最低限獲得しておきたい点数を取ったので、ハミルトンのレースの走りとしては100点満点の仕事をしたと思います。

 他に今回のレースで興味深かったのが、下位争いでしたがキミ・ライコネン(アルファロメオ)がさまざまなドライバーを相手にバトルをして、そのなかでうまいブロックを見せていたシーンですね。レースでブロックがうまいドライバーは何が優れているのかというと、一番シンプルに言うと肝が据わっていることですね。

■現役時代、炎が出ているように見えたミハエル・シューマッハーのプレッシャー

 テクニック云々以前に、やっぱり肝が据わっているドライバーはブロックがうまいというのが僕の持論です(笑)。今回のライコネンもバトルの最後の最後は抵抗を諦めて抜かれてしまいましたが、そこに至るまではどんなプレッシャーを掛けられてもミスはしませんでした。

 レース中のバトルで後ろのドライバーに抜かれてしまう状況は、『前を走るドライバーがミスをしてしまう』『精神的に弱くなって譲ってしまう』、そして『後ろのマシンが速すぎてどうにもできずに抜かれてしまう』という3つがあります。

 だいたいの場合はドライバーの完全なミス、そしてちょとしたミスを犯してしまい、そこを突かれて抜かれてしまいます。これは本当に乗っている人間にしかわからないのですが、ドライバーも人間なので、後ろからものすごいプレッシャーを掛けられるとミスを起こしやすくなってしまうんですよね。

 速いドライバーが後ろから来たときのプレッシャーは半端なく大きいですし、その状況のなかで『ここはインを抑える』、『ここではアウトを抑えて次のコーナーで抜かれないようにスピードをコントロールをして、立ち上がりのトラクションをうまく掛けていく』というような正しい状況判断といいますか、駆け引きのなかで冷静にいられるドライバーは、よっぽど肝が据わっていないとできないことです。

 F1ドライバーレベルになるとバトルでの技というのはみんな持っているので、その技をギリギリの状況下できちんと使えるか、出し切れるかというのが難しさになります。当然、F1ドライバーは経験豊富なので、相手のドライバーの動きもある程度は読むことができます。

 小技としては、後ろのマシンが前のマシンのミラーに『映り込むテクニック』というのがあります。後ろのドライバーが、前のドライバーと単に同じラインを通っているとプレッシャーを感じず、『後ろは仕掛けてこないな』と思ってしまいます。なので常に『ここでは入って来るかもしれない』と思わせることが大事になります。

 後ろのドライバーは、どうしたら前のドライバーがプレッシャーを感じるかを常に考えています。ミラーの死角に入ってみたり右のミラーに映ったり、左側に見せたり、そのあたりの駆け引きを押したり引いたりしながら相手にプレッシャーを掛けていきます。圧倒的なスピード差があれば普通に攻めればいいのですが、膠着状態のときは精神戦になるので、そういう技を繰り出していかないといけません。外から見ると本当に分かりづらいんですけれどね。

 でもプレッシャーがかかると、その読めている部分が微妙に読めなくなったり見えなくなってミスをしてしまったり、バックミラーを見すぎてブレーキングポイントを見誤ったりタイヤカスにのってしまうなど、そういうミスが起こります。そういったことを踏まえて、モータースポーツは結局のところメンタルの勝負なのだと思います。一番難しい状況のなかで、いかに一番冷静でいられるかというのが、ドライバーの本質的な強さを見るには一番分かりやすいのかなと思います。

 ライコネンも過去にあれだけ素晴らしい成績を残してきたドライバーですし、アイスマンと言われてるとおり、冷静に物事を対処できるメンタルの強さを持っているからこそ長くレースを続けられているのではないかと思います。今回はその光るものが見えた戦いっぷりでした。

 僕が現役の頃も、F1ドライバーはみんなブロックが上手でした。お互いの特徴をだいたい知り尽くしていて、みんながうまいなかでオーバーテイクをしにいくので、結局、当たってしまうことが多いですよね(笑)。

 オーバーテイクの技術に関しては、当時僕が乗っていたころはやはりミハエル・シューマッハーがうまかったですね。『ここでくるか!?』『まさか、ここではこないよな?』というところでオーバーテイクを仕掛けてくる。『しつこさ』とかもありますが、なによりもすごいのは『そこで入ってくるのか』というオーバーテイクのクリエイティビティです。

 オーバーテイクというのは創造力というか、クリエイティブな作業だと思うので、『ここでこうして、こうだから抜いていく』という当たり前に頭のなかで考えているバイアスを外さないと、相手が『えっ!?』というようなオーバーテイクはできないんですよね。でも、そういうのができるドライバーというのがたまにいます。

 ミハエル・シューマッハーは意外性というか、どちらかと言えば正統派です。ですが、相手が怯んでしまうようなミラーの映り方をするんですよ。ミラーに映ったシューマッハーのマシンからは、オーラというか炎が出ていました(笑)。なので、『これは譲らないとヤバいな』と思ってしまうわけです。そういう『どけどけオーラ』キャラクターを作ることも大事ですね。そういった圧倒的なイメージが、シューマッハーが現役で一番強かったころにはありました。

 今のドライバーではハミルトンにマックス・フェルスタッッペン(レッドブル・ホンダ)に加えてダニエル・リカルド(ルノー)、そして乱暴で少しミスも多いけれどアレクサンダー・アルボン(レッドブル・ホンダ)もうまいと思います。アルボンも『えっ』というところで入っていけるタイプのドライバーですよね。ちょっと安定感に欠けているけれど、ああいうオーバーテイクの仕方はすごいなと思います。接触もしますが、結構仕掛けられるドライバーだと思いますね。

 最後に、次戦となる第11戦アイフェルGPですが、ニュルブルクリンクのコースイメージはとてもシンプルで、オーバーテイクポイントはだいたい1コーナーです。ニュルはコース幅が狭いのですが、ターン1だけはすごく幅が広くて、インを突いても良いですし、アウトから仕掛けても大丈夫なので、DRSがあればかなりオーバーテイクができるサーキットだと思います。

 コースに関しても、ほとんどのドライバーが走ったことがあると思います。僕も何度もニュルは走っているのですが、1コーナーに関しては見ている側としても面白いサーキットになるのではないかなと思いますね。コース自体はそれほど高速ではなく、低速〜中速コーナーが続くので、どうなるか楽しみですね。


中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長にスーパーGT、スーパーフォーミュラで無限チームの監督、そしてF1インターネット中継DAZNの解説を務める。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24

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