『おやすみプンプン』『デデデデ』浅野いにおが描いてきた「現実の社会と時代」とは?

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2020年10月20日 09:02  リアルサウンド

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 音楽、映画、小説……いつだってポップカルチャーは意図の有無を問わず、その時々の社会を作品に描き出していた。1969年から連載がスタートした『ドラえもん』も、高度経済成長に湧く最中の日本で「もしもこんな世界になったら」という理想の未来が描かれ、結果として華々しい高度成長時代の日本社会を映し出す鏡となった。


 00年代後半から10年代を代表する漫画家のひとり、浅野いにお。彼もまた、その時代の社会を映し出しながら作品を展開する漫画家だ。


『おやすみプンプン』1巻

 例えば、彼の代表作である『おやすみプンプン』。プンプンという少年が青年になる日々とその苦難を描いたこの作品は、今でも多くのファンに愛されている1作だ。この作品内でも、その時々の時勢を色濃く映し出す要素が多く盛り込まれている。


 象徴的なのは第9巻。この巻に収録された90話から99話は2011年の『週刊ビッグコミックスピリッツ』が初出。2011年と言えば、東日本大震災の年だ。テレビニュースに映し出された津波や原発の爆発、計画停電に募金活動。当時の異様な社会の雰囲気は今も人々の記憶に焼き付いている。そんな中で浅野いにおは、震災という現実で起きた出来事をリアルタイムで作品に反映させた。


 象徴的なのは93話だ。主人公プンプンの良き理解者でありパートナーである南条幸が街角に溢れる募金活動を見つめ、煩わしそうな表情を浮かべるショットから物語が始まる。幸は、震災が起こって何かアクションを起こそうとする友人に対してこう吐き捨てる。



「安易な助け合い精神を強要してくる奴らのウザさったらない」



 友人を非難する南条のセリフは、当時の社会のカウンターでありながらも、彼女のキャラクターが良く表れたものだ。そんな中、主人公たる小野寺プンプンは家で一人、テレビに映し出される被災地の姿を目にしながら自分の不甲斐なさに涙を流している。



「どうして自分はこんなに役立たずなのだろう、って……」



 社会に対して何も出来ないことに苛立ちながら、自分を貫こうと足掻き、周囲に当たってしまう幸。社会どころかパートナーである幸の足すらもひっぱっているのではないかという疑念から生まれる虚しさを抱えるプンプン。震災という「事件」を通してキャラクターの人間味が溢れる1話となっている。


 同じく『おやすみプンプン』9巻に収録された95,96話では、プンプンの生活や資格取得のサポートをしていた宍戸が万引きの冤罪で買い物客に取り押さえられる事件が発生。その際取り押さえられた衝撃と過度なストレスが原因で宍戸は負傷、肩の脱臼、声が出なくなるなどの状況に追い込まれる。この展開は、作品と時期は少し異なるものの2004年に発生した「四日市誤認逮捕死亡事件」をモチーフにしていると推察される。作中の宍戸と同様、万引きの冤罪にかけられた老人が高度のストレスによる高血圧性心不全と不整脈で亡くなられた事件だ。実際に発生した事件をモチーフとしながら、当時から現在に至るまで常に社会問題として挙げられる「正義の暴走」が描かれる。


 震災、冤罪。現実に起きた2つの事件をモチーフとしたこれらのストーリーは、その後のプンプンの身に起こる”とある再会”、そして”とある事件”と、そこから始まる煉獄のような日々を予感させる「絶望のはじまり」としても機能している。現実の社会をキチンと踏まえつつ、フィクションである作品内のキャラクターを動かす浅野いにおの虚と実の組み合わせ方に舌を巻く。


『ばけものれっちゃん/きのこたけのこ』

 2018年の『ビックコミックスペリオール』で初出となり、その後発刊された自身の短編集『ばけものれっちゃん/きのこたけのこ』に収録された「TEMPEST」も、現在の社会を切り取った1作だ。少子高齢化に歯止めが効かなくなった架空の日本を舞台に、「老人検定」に合格できなかった高齢者は人権が剥奪される、というシリアスなストーリーだ。


 実際の写真を加工して作品に取り入れる浅野の作風と、実際の日本社会でも長く解決しない問題である少子高齢化が物語の主軸となっていることも相まって、「こんな社会は怖い」という反面で「でも今の日本のままではそんな未来が本当に来てしまうかもしれない」、あるいは「もしかすると本当はこの社会の方が幸せなのかもしれない」と読者に思わせてしまう、その説得力に畏怖すら覚える1作となっている。


 そして現在連載中の『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(以下、『デデデデ』)にも、浅野の社会性や時代性は健在だ。「母艦」と呼ばれる空飛ぶ円盤が東京上空に現れた世界が物語の主軸となる本作。10万人の犠牲を出した戦闘の果てに停止した「侵略者」と「母艦」は3年が経過してもなお東京の空に浮かんでいる。そんな緊張状態の東京で日々を過ごす少女たちの日常が描かれつつも、少しずつ変わりゆく世界が描かれる。


 アメリカ軍が母艦へ投下した新型爆弾によって東京はA線で汚染された、という設定に、母艦からは東日本大震災を、新型爆弾やA線からは原爆や原発を彷彿とさせる。また、「SHIPS」と呼ばれる侵略者の保護を叫ぶデモ活動団体が現れる様は2015年に安保関連法が採択された際に話題となったSEALDsをも想起させる。そして、母艦という脅威を前に、対脅威ではなく人と人が争う様は、コロナが猛威を振るい続けている2020年にも当てはめることが出来る。その「置き換え」については浅野自身もインタビューでこう語っている。



「あらためて言っておきたいのは、震災があったからあの漫画を描いたのではなく、あくまでも、最初に侵略者物を書こうという目標で「侵略者」=「超自然的な脅威」という古典技法に乗っ取って、直近の3・11で起きた現象を取り入れているというだけなんですね。だから今となっては、他のもっと現在進行形の何かに置き換えて読んでくれても全然かまわないんです。」(小学館「漫画本10 浅野いにお」ロングインタビュー第5回より引用)



 彼が現実の社会や時代を作品に落とし込むのは社会への問題提起が理由ではない。今現実で起きている現象を作品に取り込んでいるだけなのである。同時に、その「今現実で起きている現象」の描き方が極めてシニカルかつブラックだからこそ、我々読者はそんな現実の先にあるキャラクターたちの表情や感情の機微に人間らしさを覚え、フィクションであるはずの作品世界に「もしもこんな世界になってしまったら」と現実世界を重ね合わせ恐怖するのである。2020年以降の浅野いにおは、どんな社会を、どんな時代を作品に落とし込むのだろう。


■ふじもと
1994年生まれ、愛知県在住のカルチャーライター。ブログ「Hello,CULTURE」で音楽を中心とした様々なカルチャーについて執筆。Real Soundにも寄稿。
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