関ケ原の戦いから420年「岐阜関ケ原古戦場記念館」オープン 武将ファンのメッカに

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2020年10月21日 06:00  ORICON NEWS

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写真『岐阜関ケ原古戦場記念館』関ケ原の戦いから420年の2020年10月21日オープン (C)ORICON NewS inc.
『岐阜関ケ原古戦場記念館』関ケ原の戦いから420年の2020年10月21日オープン (C)ORICON NewS inc.
 関ケ原の戦い(慶長5年9月15日=西暦1600年10月21日)からちょうど420年のきょう21日、日本史上最大級の激戦が繰り広げられた地、関ケ原(岐阜県不破町関ケ原町)に「岐阜関ケ原古戦場記念館」がオープン。あす22日より一般公開を開始する(新型コロナウイルス感染症対策のため入場は事前予約が必要。詳細は公式サイトに掲載)。

【写真】「岐阜関ケ原古戦場記念館」館内の様子

 お城みたいな外観の施設があるのは、「徳川家康最後陣地」のとなり。まさに関ケ原のど真ん中だ。地上5階建て。順路としては1階の「グラウンド・ビジョン」と「シアター」で、関ケ原の戦いとはどういうものだったのかを把握し、2階の常設展示室で、戦国時代の武具や書簡などを見ることができる。3階はセミナールームで、5階は展望室となっている。別館にはギフトショップとカフェ、後にレストランもオープン予定だ。

 1階の「グラウンド・ビジョン」は、巨大な床面スクリーンに「1560年 桶狭間の戦い」から「1598年 豊臣秀吉、死去」の年表、そして日本地図が映し出され、神田伯山による講談調の語りを聞きながら、ほぼ全国を舞台とした関ケ原の戦いに至るまでの過程、東西陣営のスケールの大きさを俯瞰する。続く「シアター」では、大迫力の映像(アニメーション)で合戦当日を再現。戦いの経過に沿って東軍西軍諸将の人間ドラマを見ることができる。

 2階の常設展示では、関ケ原町歴史民俗資料館の役割を引き継ぎつつ、武具や出土品、書簡などの実物や複製品などを公開。関ケ原研究の第一人者である小和田哲男館長は「現時点では複製品が多いのが残念ですが、徐々に本物を集めていきたい。記念館を基点に、全国の研究者とつながって、合戦研究のメッカにしていきたい」と、意気込みを語っていた。そんな中、「関ヶ原合戦図屏風」(関ケ原町所蔵)の実物を見ることができるのは、感慨深いものがある。

 小中学校の授業で習った「関ケ原の戦い」は「徳川家康と石田三成の戦い」というざっくりとした認識の人も多いと思われる。実際は、家康を中心とする東軍と、三成を中心とする西軍の合わせて15万を超える日本を二分する大軍が関ケ原で激突したのだ。この記念館では、家康・三成を含む、合戦に大きく関係した「7人の武将」(家康、福島正則、黒田長政、三成、大谷吉継、島津義弘、小早川秀秋)を推していて、家紋入りのオリジナルグッズなども開発している。

 展示室と同じフロアには、戦国体験コーナーもあり、武具を実際に触ることができるアナログなものから、関ケ原合戦図屏風を背景にした写真が作れるデジタルコンテンツもあり、戦国体験を記憶や記録に残すこともできる。

 そして、内覧の段階で最も「すごい!」と感じたのは、5階の展望室だった。ほぼ全面ガラス張りで、現在の関ケ原の街を見渡すことができ、石田三成陣跡の笹尾山、黒田長政・竹中重門陣跡の岡山烽火場、小早川秀秋陣跡の松尾山、徳川家康が最初に陣を構えた桃配山などを一望。陣跡に立っているのぼりを展望室から肉眼で見ることもできる。420年以上前から変わらずにある山々。当時の景色を想像し、「天下分け目」といわれた戦いの現場にタイムスリップしたかのような気分になって、いつまでも見ていられる気がした。1階の広域観光情報コーナーでは、史跡ガイドやレンタサイクルの申し込みができ、合戦地めぐりの“入り口”にもなる。

 現在、NHKで放送中の大河ドラマ『麒麟がくる』では、同じ岐阜県内にある岐阜城(稲葉山城)などを拠点とした斎藤道三や織田信長の活躍を描いているが、小和田館長は「美濃(岐阜)には、道三の時代から関ケ原まで、武将が戦った場所が今もちゃんと残っていることを知ってもらいたい」と、戦国ドラマ人気にも期待を寄せていた。

■公式サイト
https://sekigahara.pref.gifu.lg.jp/

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  • てか、左近と宇喜多が居ないんだが!それに毛利はどうした!
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