アキレス腱断裂で「一発必中の精神」へ。門田博光は鳥肌を立てて打席で集中した

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2020年10月22日 07:11  webスポルティーバ

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ホームランに憑かれた男〜孤高の奇才・門田博光伝
第4回

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 山間の町で緑に囲まれて暮らす門田博光にとって、日々の楽しみのひとつに庭にやって来る生き物たちとの交流がある。ウグイス、ヒヨドリ、シジュウカラ、カラス、ネコ、タヌキ......。ただ餌を与えるだけでなく、会話を含めたコニュニケーションを楽しんでいる様子をいつも楽しげに伝えてくる。

「寒い時はタヌキの親子がよう餌もらいに来るんや。はじめは警戒しとったけど、このオッサンなら大丈夫やと思うたんか、警戒心も緩めてな。オレが足悪くて早う歩かれへんのもわかったんやろう。1.5メートルぐらいまでやったら近づいても美味しそうに食べとるわ。




 前は窓を開けて寝とったら、スズメが起こしに来るんや。多分、『オッサン死んだんちゃうか』って心配してくれたんやろうな。そばに来てピーピー、ピーピー鳴くから『やかましいわ!』ってなりそうになるけど、でもまあ、かわいいもんや」

 ほかにも現役時代から引っ越しを重ねても、そのたびに追いかけてきたというヒヨドリの話。捨てネコたちとの交流話。ウグイスの鳴き声を5種類使い分けられるようになり"仲間"を呼び寄せたという話......。勝負の世界に身を置いていた時は人を寄せつけないオーラを放っていた門田だが、じつはロマンチストで寂しがり屋。根は優しさを秘め、動物たちとノンストレスで触れ合う姿はいかにも門田らしい。

 家の中ではつけっぱなしのテレビに向かい「どないなっとるねん」「何を言うとるんや」とぼやき、たまに競馬を楽しむ。

 夜になればプロ野球中継を見て、「こんな箸みたいなバットで何がホームランや......」と嘆くことも多い。それでも1日は長く、しばしば時間を持て余す。

 そんな時、ふと自身の昔の映像を見ることがある。ファンが編集したというオリジナルDVD「門田博光ホームラン集」だ。部屋でひとり、当時の映像に見入る姿は"ホームランに憑かれた男"の孤独を色濃く反映している。

 ある時、門田の打撃を本人の解説付きで見させてくれないかとお願いしたところ、まもなく実現。門田が持参したDVDの映像はビデオからダビングされたもので一部乱れていたが、見始めると思い出の詰まった1本1本を雄弁に語った。

「見てみ、腰がよう回っとるやろ。今の選手でここまで回るヤツは誰がおる? ほとんど回りきる前に終わっとるやろ」

「渡辺久信のフォークや。ワンバウンドしそうな球を西武球場の奥まで持っていってな。(渡辺は)『あのボールをあそこまで飛ばしますか』って顔しとるやろ」

「オレのフォームは当たる一瞬だけがキレイで、あとはグチャグチャ。これもそうや。重いバットをとにかくガツンとぶつけて、その一瞬でボールに力を伝えて飛ばす。手本になる打ち方やなかったけど、オレはこれやないとアメリカの戦車(外国人選手)と戦えんかったんや」

 時に当時の心境も交えながら、贅沢な時間はゆうに2時間を超えていた。映像はほとんどが80年代のもので、時期的には門田がホームランアーチストとなって以降の本塁打が大半だった。

 門田が南海ホークスで過ごした19年のうち、入団10年目の1979年を境に見ると、1978年までの9年と、1980年からの9年で成績に明確な違いがあることがわかる。

 一目瞭然なのが本塁打数だ。入団から1978年までの9年間の本塁打数は計179本で、年度順に見ると、8本、31本、14本、18本、27本、19本、22本、25本、15本となっている。

 一方、1980年から南海が身売りされる1988年までの9年間は計297本。年度順では41本、44本、19本、40本、30本、23本、25本、31本、44本。3度の本塁打王はすべて1980年以降の9年で獲得しており、本塁打が門田の代名詞となっていったのもこの頃からだ。

 そしてこの2つの9年の間にあるプロ10年目(1979年)は2本塁打に終わっている。この年、門田はアキレス腱を断裂。選手生命を左右するアクシデントに見舞われたのだった。

 高知県中村市で行なわれていた春季キャンプ中盤。アップ中に左足を高く蹴り上げた瞬間、断裂音が響き、激痛は脳天まで走った。今から約40年前、スポーツ医療もまだ進んでいない時代。さすがの門田も「ユニフォームを脱がなあかんかなという感じになった」と振り返った衝撃の出来事だった。

 なんとか前を向こうと、海外で同様のアクシデントから復活した選手の情報を集めるなどしたが、なかなか気分は上向かなかった。そんな時、担当医が雑談のなかで口にした言葉が門田に突き刺さった。

「これからは走るのがしんどくなりますから、全部ホームランを狙ったらいいんですよ」

 野球に詳しくないという医師が放った軽いひと言に、門田は「そんな簡単には打てまへんで」と返した。すると医師は「1試合で4回打席に立てるなら、4回ホームランを打つチャンスがあるんですよね? 打った人はいないんですか?」と聞いてきた。

 いつもなら「現実と理想は違うんや」「畑違いの理論は言わんといてくれ」と言い返すところだったが、この時は「たしかにな......」と考えたという。そこへ浮かんできたのは、1試合で4打席連続本塁打を記録したことがある王貞治のことだった(1964年5月3日、後楽園球場での阪神戦で記録)。

「思ったのはこういうことや。ほとんどの選手は1打席目にホームランを打ったら、あとはヒットでいいと思う。まして2打席目のホームランなら『今日はもう十分』となって、3打席目からは心が逃げてしまう。それまでのオレもどこかでそうやったんやろう。でも、王さんは逃げないから4打席連続も含め、あれだけの数(868本)のホームランを打てた。オレもその心を持ったらどうなるんやろう......そう思ったんや」

 懸命のリハビリの末、シーズン終盤に復帰して2本塁打。完全復活となった翌1980年は、シーズン初の40本塁打越えを達成し「カムバック賞」を獲得。ここからホームランアーチストとしての道が一気に開けた。

 あらためて門田に、アキレス腱断裂とその後の変化について聞いた。

「あの時はベッドの上で考える時間がようさんあったからな。先生とのあのやりとりから、頭が改革されたんや。とにかく打席に入ったら、1打席に1球来るか来ないかの甘いボールを絶対に見逃したらあかん、それを逃したら終わりやと......自分のなかで逃げ道を絶ったんや。だから打席に入ったらひたすら集中して、鳥肌が立ってくるぐらいの集中力で1球を待つようになった。そら、試合が終わったら毎回ぐったりやったけど、アキレス腱がちぎれたおかげで頭が改革され、一発必中の精神ができあがったんや」

 加えて、積み重ねてきた技術面の改革があり、パ・リーグが1975年からDH制度を導入していたことも追い風となった。

◆門田博光が村上、清宮、安田のスラッガー度を大診断>>

 一方で、野球人生を左右する分岐点となったアクシデントを考えると、こうも考えてしまう。もしアキレス腱断裂がなければ、その後の「打者・門田博光」はどうなっていたのだろうかと......。

「そうやな......ホームランでいえば、毎年30本前後はいっとったやろうし、ヒットに目が向いてハリさん(張本勲)の3085安打をターゲットに置いてたかもしれん。オレも(入団から)最初の7年ちょっとで1000安打を打っとるから、頭がヒットに向いてやっとったら、現役23年でええとこまでいっとったんやないか」

 このあたりの話題になると、門田はよく「ノムさん(野村克也)からもヒットを目指したら4割打てると言われとったんや」と話すことがある。

 ただ、実際の門田は1年目からホームランを求めていた。23歳でプロの世界に足を踏み入れた時から「1番(王貞治)と19番(野村克也)を追いかける、ふたりの間に割って入る」と人知れず決意。だから、ネクストから飛んでくる「そんなに振り回さんでもええんや。何回言うたらわかるんや!」という野村からの"口撃"にも、スタイルを変えることなくフルスイングを続けた。

 ただ先述したように、入団から1979年までの9年では2年目の31本塁打が最多。ホームランを求めながらも数が伸びず、もがく時期が続いた。

 そう考えると、その後の結果はわからないが、アキレス腱断裂がなかったとしても、やがて門田はホームランアーチストとしてのスタイルを確立していたのではないか。ただ、そうだとしてもひとつ思うのは、なぜそこまでホームランでなければならなかったのか、ということだ。その疑問に、門田はシンプルな答えを返してきた。

「バッターにとって一番の成功はホームラン。ヒットは完全な成功やないでしょ? もちろん、風が運んでくれたというホームランもあるけど、やっぱりバッティングの完璧なひとつの結果がホームラン。なら、オレらはプロの打撃職人なんやから、そこを求めなあかんでしょ」

 打撃職人が完璧な打撃を求めるなかで残した567本のアーチ。打者としてプロの世界に進んだ以上、門田のなかにホームランに挑まないという選択肢などそもそも存在しなかったのだろう。

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  • カドさんのホームランはギョ〜サン見たけど、とにかく強烈な個性を放つ孤高の人やったなぁ・・・ そして松ちゃん、ニャロメと受け継がれる「鷹のスラッガー」の系譜・・・
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