女たち5人の穏やかな暮らしは何を映し出す? 『ブランチライン』が描く、日常の“罪悪感”

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2020年10月25日 11:01  リアルサウンド

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「そもそもあなた何からも影響を受けずに生きることなんてできますか」


 自分の言葉や振る舞いが、知らず知らずのうちに誰かの生き方に影響を与えている。そのことにふと後ろめたさを感じたことはないだろうか。この世に生きる誰もが互いに影響し合い、自分という人間を形作っている。10月8日に発売された漫画家・池辺葵の新刊『ブランチライン』(祥伝社)は、そんな“罪悪感”を描いた物語だ。


 2009年『繕い裁つ人』で“衣”、2011年『サウダーデ』で“食”、2014年『プリンセスメゾン』で“住”。人間に欠かせない衣食住を中心に、様々な女性の人生を切り取ってきた池辺葵。本作では、ひとりの男の子をともに育てた四姉妹とその母、世代も生き方も異なる女たち5人の穏やかな暮らしを現代と過去の二軸で映し出していく。


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 アパレル通信販売会社で働く末っ子の仁衣、喫茶店を営む三女の茉子、役所に勤務する次女の太重、大学院生の息子とハワイで暮らす長女のイチ。そして、夫に先立たれた姉妹の母は不便な山の中に立つ実家をひとり守っている。現在は離れて暮らしている彼女たちだが、かつてはシングルマザーとなったイチの息子・岳を同じ屋根の下で育てていた。それでも普段からLINEでメッセージを送り合い、たまには実家に集まって食卓を囲むなど、仲の良い八条寺家の人々。「ケンカばっかりだったのよ。でも長く一緒に暮らしたからね。みんなだんだんやわらかくなって」と茉子は振り返る。みんながみんな遠くハワイの地で暮らす岳の姿に思いを馳せながら生きる、ゆっくりと深呼吸するように。


 彼女たちの生活を追っているうちに、なぜだか肩の荷がおりると同時に“責務”のようなものを感じて背筋がピンと伸びる。何度も会社を遅刻したり、日記に悪口を書いたり、仕事の合間にスコーンを食べたり――5人の女性たちはうまく社会と溶け込み、けして無理はしない。それでも余白の中に、彼女たちのひたむきさを感じるのだ。


 1巻では、末っ子の仁衣が真摯に仕事と向き合う姿にフォーカスがあてられた。消費者の価値観やライフスタイルを尊重しながら、本当に必要とされているものが買い手に届くよう正確な情報を提供する。そのためには努力を惜しまない。断られても何度だって、惚れ込んだ職人に営業をかける。はたから見れば、なぜそこまで一生懸命になれるのだろうかと疑問に思うだろう。その答えが、彼女の後輩・山田との会話から見えてくる。山田は仁衣と違い、飄々としたどこか無気力な人間だ。曲がりなりにもアパレル業界の人間ではあるが、洋服なんて着られれば何でもいいと思っている。そんな彼を面接で推薦したのが仁衣だった。理由は「自分は洋服を買うのに罪悪感を感じる」と彼が言ったから。誰もがいちいち消費活動に罪悪感を持つなんてと笑ったが、仁衣はその感情に覚えがあった。


 長女のイチがシングルマザーという道を選んだのは、夫の不倫がきっかけだ。もともと夫婦は不仲で、夫はイチと別れるために数々の嫌がらせを日常的に行ってきた。誰だって、家族がそんな目に遭っていることには耐えられない。イチの母も茉子も太重も、みんな口々に「もうそんなに頑張らなくてもいい」「そんな辛いならもう別れたら」と懸命に声をかけた。けれど仁衣は、止めを刺すように「一緒に暮らす価値のないやつ」と夫を罵った時のイチの顔が忘れられない。結果、岳とたったひとりの父親を引き離してしまったという事実をずっと引きずっているのだ。


「だから尚更懸命に生きようと思うんだ」


 自分が正しいと思うことが、いつも誰かにとって“正義”になるとは限らない。それでも時に、大切な誰かのために自分にとっての正義を貫き通す必要がある。そうでなくとも、人間は無意識のうちにこそ誰かの人生に影響を与えてしまう生き物だ。だからできるだけ、悪い影響ではなく“宝物”を与えられるような自分でありたい。その責任を本作で描かれる5人の女性はそっと請け負っている。


 忙しく過ぎる日々の中で忘れがちな心の最深部に迫る『ブランチライン』は、フィール・ヤング(祥伝社)で連載中。ハワイから一時帰国した岳と四姉妹の今後の生活、そして養育費を払い終え、二度と連絡するなと言う岳の父親を良くは思わない仁衣と、前妻に払う養育費を渋る父親を見た山田の関係性も気になるところ。単行本2巻は2021年春に発売が予定されている。


(文=苫とり子)


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