お客さまは神様だもの、徹夜してでも手伝わなくちゃ

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2020年10月26日 07:02  @IT

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●前回までのあらすじ



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メガバンク「イツワ銀行」の勘定系システム刷新プロジェクトでは偽装請負が横行していた。パートナー企業の「サンリーブス」も契約外の作業でイツワや他のベンダーの手伝いにメンバーが奔走しており、プロマネの澤野翔子やマネジャーの田原がイツワに是正を依頼するが状況は変わらない。そのころ主力パートナー企業の「東通」でテストデータの消失が判明し……。



●登場人物



サンリーブス:ベンチャー企業。AIソフトの開発を得意としていたが、最近はさまざまな案件を請け負っている



・澤野翔子 イツワ銀行勘定系システム刷新プロジェクト、サンリーブスチームのプロジェクトマネジャー。原籍はA&Dコンサルティング。米国勤務から帰国後、本プロジェクトに出向。プロジェクト内に横行する偽装請負に激おこ中



・野口勇介 イツワ銀行勘定系システム刷新プロジェクト、サンリーブスチーム、サブリーダー。仕事はきちんとこなすが、良くも悪くも周囲との調和を重んじるタイプ。カツカレーはフォークで食べる派



・桜田みずき イツワ銀行勘定系システム刷新プロジェクト、サンリーブスチーム、メンバー。優秀なエンジニアで愛想も良く、イツワや他ベンダーの仕事も手伝ってあげちゃう系。時間にルーズで朝は遅刻しがち



A&Dコンサルティング:大手コンサルティングファーム



・江里口美咲 ITコンサルタント。澤野翔子の後輩。「コンサルはミタ」シリーズの主人公



・白瀬智裕 A&Dコンサルティングに化粧品メーカーから出向中の新米コンサルタント。ラグビー部出身でガタイが良い



●想定以上のピンチ



9月10日、「A&Dコンサルティング」の会議室。サンリーブスに出向してイツワ銀行の勘定系システム刷新プロジェクトに携わっている澤野翔子から、プロジェクト内に横行している契約外作業まん延の話を聞いた後輩コンサルタント江里口美咲は、腕組みをして「フン!」と鼻から息を吐いた。



 「その田原ってマネジャーも、契約外作業を承知したってことですね?」



 「ったく、情けないマネジャーだな」



 美咲の同僚の白瀬が口をへの字にしてつぶやき、翔子は視線を落とした。



 「ええ。情けないです。でも……田原マネジャーも、どうしようもなかったんだと思います」



 「どうしてです?」と、白瀬が少しだけ身を乗り出した。



 「プロジェクトが始まった1年前に、布川社長から言われていたらしいんです。『何があってもイツワとはうまくやってくれ』って」



 「だからって、そんな違法行為を見逃すことまでは」



 意気込む白瀬に、翔子は首を横に振った。



 「社長は、偽装請負なんて気にしていなかったんだと思います。とにかくイツワとの実績を作って評判を上げて、サンリーブスの名前を売る。そのためには、多少のことには目をつぶる。そんな考えだったんだと」



 「どうしてそう思うんです?」



 「その後に起きたもめ事への対応を見れば分かります」



 「相手の部長とケンカになったって話ですね?」と、美咲が尋ねた。



 「ええ。プロジェクトが進んで、いよいよ私たちの画面開発が本格化したときです。実は、私たちの作ったモックに想像をはるかに超える改善要望があって。それ自体は、こちらの勉強不足でしかなかったんですけど」



 「60画面に400項目の注文が付いたんでしたっけ?」



 「ええ。サンリーブスの作る画面は、一見かっこいいけれどPCに不慣れな人には不親切で操作法が分かりづらいとか、字が小さいとか、従来の画面とデザインが変わりすぎて違和感があるとか……」



 「ありそうな話ですね」



 「でも、そういうのは、まだやれば済むんです。でも中には、他のベンダーが作るサブシステムとのインタフェース仕様が違っていたとか、データベースアクセスの問題で、大量のデータを画面側でキャッシュしておかなければならないことが後で分かったとか、そういう技術的な問題も数多く判明して。もともとのスケジュールに余裕がなかったところに大量の追加作業が発生して、現場が混乱してしまって……」



 「その上、よそからの契約外作業依頼も相変わらずだったと」



 顔をしかめる美咲に翔子がうなずいた。



●まだ何とかなる……はず……



翔子は9月9日の夜にイツワのプロジェクトルームでサンリーブスのメンバーと交わした会話を、苦々しく思い出していた。毎週末行っている作業状況報告書の提出時のことだ。



 「あの、今週の作業報告、来週に回しちゃダメですか?」



 サブリーダーの野口が声を掛けてきた。



 「どうして?」と言いながら、翔子は野口をじっと見た。首にはじっとりと汗がにじみ、ワイシャツの襟が汚れている。目もどこかうつろに見える。



 「それは構わないけれど。どうしたの野口さん、もしかして夕べ徹夜した?」



 昨夜10時過ぎに翔子が会社を出たとき、野口はまだ作業していた。野口だけではない。西城も、桜田も、その他にも何人かが一心不乱にPCに向かっていたのを翔子は覚えていた。



 「いや、ええ、まあ。でも、仮眠は取りましたから」



 「進捗(しんちょく)を見る限り、あなたの画面開発はそんなに遅れてないはずだけど?」



 PCには作業を5日単位まで細分化したWBS(Work Breakdown Structure:作業分解構成図)を表示している。野口が受け持つ作業に遅れはない。



 「はい。でも、その……イツワさんから頼まれたことが……」



 翔子は頭からすっと血が引くのを感じた。



 「どういうこと!」



 翔子の激しい声に全員の目が集まった。



 「イツワさんに頼まれたって……。もう、本格開発が始まるのよ。いつまでそんなことをやってるの?」



 「いや、その田中課長に頼まれた資料作りです。昼間は通常業務で無理だから夜に作業してたら、つい終電逃しちゃって……」



 「私に隠れて、何をやってるの!」



 翔子は右手のひらで、机をたたいて立ち上がった。フロアには他のベンダーやイツワのメンバーもいたが、彼らが驚いてこちらを見ることも気にはならなかった。



 「ちょっと、みんな集合。夕べ定時後、おのおの何をやっていたのか報告して。今すぐ、順番に。西城、橋、堤、野村、それに桜田。全員、順番に」



 サンリーブスのメンバーたちが一人ずつ、本来やるべき作業と依頼された別の作業を、ばつの悪そうな顔で語り始めた。



 「私は、その……『東通』さんに頼まれて、コンテナアプリケーションの調べ物を……」



 「僕は『TDC』さん、あの、普通預金業務を担当してる外注さんの……そこと一緒にHTML5の技術検証をやっていて、それを……」



 自分が把握していない契約外作業の数々に翔子が目をクラクラさせていると、野口がおずおずと口を開いた。



 「あの……主任」



 「何?」



 「例のモックへの要望が返ってきました」



 技術面に関するユーザーからの連絡は野口を通すのが、翔子がここに来る前からの通例だった。



 「ああ、どれくらいあった? 20とか30くらい?」



 「それが……その、ざっと400ほど……」



 翔子は言葉を失った。



 「い、いえ、まだ、何とかなります」



 なだめるように言う野口の言葉は、翔子の耳に入らなかった。



 「とにかく、今後一切、本業以外の作業はやらないで。今、仕掛かってるものも全部断りましょう」



 「でも、いまさら……」



 桜田みずきがPCを眺めたまま、つぶやいた。



 「言いたいことがあるなら、こっち向いて言いなさい!」



 「だって、断れませんよう。みんな私たちを頼ってるしい。確かに作業はきつくなりましたけど、一通りの画面開発さえ乗り切れば、何とかあ……」



 「数百件の改善要望が来てるのよ。そんな中他の手伝いだなんて、あり得ないわ!」



 「でもお……」と、さらに何か言おうとするみずきを野口が制した。



 「まあまあ。と、とにかく、われわれの作業もだいぶ厳しくなってきたし、少なくとも新しい依頼はもう受けないようにしようよ。そ、それでいいですよね、主任」



●少しずつ、少しずつ、追い込まれていくのよ



再び9月10日のA&Dの会議室。翔子の話を聞いた白瀬は腕組みをして、「分かりませんねえ」と首をひねっていた。



 「メンバーたちは何だって、そんなに大丈夫、大丈夫って言うんですか? 自分たちだって苦しいでしょうに」



 「アンタはベンダーの経験がないから分からないかもね」



 美咲が白瀬の方を向いた。



 「これは、一種の『ゆでガエル』。毎日、少しずつ少しずつ苦しくなっていくことに、人は意外と気付かないものよ。それよりもお客さんの評価の方がどうしても気になって、仕事を受けてしまう。変に断ってもめ事を起こしたくないし、自分のせいで会社の評判が下がるのも困る。お客さんから『ありがとう』『助かった』『あなたにお願いしてよかった』なあんてことを言われるのもうれしい。体も心もへとへとなのに、そういう心理が心をまひさせることがあるのよ」



 「そんなもんかなあ」



 白瀬は納得がいかない様子だ。



 「仕事の内容によっては、確かに『こんなの、何で自分たちが』って思うこともあるけど、お客さんから面と向かって頼まれれば、断り切れないものよ。他のベンダーからも使われちゃうっていうのは、ちょっと珍しいけれど、プロジェクト内で新参者のサンリーブスなら、そんなこともあるかもね」



つづく



「コンサルは見た! 偽装請負の魔窟」第6回は、2020年10月27日掲載です


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