瀬戸内寂聴「天国も地獄もない気がする」…秘書“代筆”で死生観の変化を告白

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2020年10月27日 17:00  AERA dot.

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写真瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。『場所』で野間文芸賞。著書多数。『源氏物語』を現代語訳。2006年文化勲章。17年度朝日賞。
瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。『場所』で野間文芸賞。著書多数。『源氏物語』を現代語訳。2006年文化勲章。17年度朝日賞。
 半世紀ほど前に出会った98歳と84歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。

【横尾忠則さんの写真はこちら】

*  *  *
■横尾忠則「あの世は退屈地獄? まだまだ続く書簡」

 セトウチさん

 講話でおっしゃる「死んだら誰でも極楽に行く」と聞いて大喜びしたセトウチファンは、第56回で死んだら「退屈という苦だけがのさばっている所などは早く行きたい程の魅力も感じていない」とおっしゃっていますが、極楽に行けると大喜びした信者さんはガクッとしたんじゃないでしょうか。どっちがホンマや?と。「あの世はこの世より更に自由で、垣根や段階はない」というのは、死によって肉体のしがらみから解放されるので確かに自由かも知れませんね。でも人間の想念は生前の思想や性格やクセを魂の中に内蔵したままあの世に行くとしたら、生前に自由の問題を解決した人は問題ないと思いますが、まだカルマの解消が不充分な人にとっては、必ずしも、あの世は自由でないと思います。仏教が業(カルマ)の解脱をやかましく言うのはそこの点ではないでしょうか。だから生前にこの問題を解決しとけと仏教は修行を通して説教しますよね。

 またセトウチさんは向こうには垣根や段階はないとおっしゃいますが、死後の世界は自然の理法や宇宙の摂理にのっとった法則に従った世界だと思います。だとすると、類は類を持って集まるという親和の法則が働くはずです。つまり波動の世界ですから、同じ波動のもの同士共鳴し合いますよね。波動を共有できない場合は反発し合うので、どうしてもそこに偏差値ができて、自然に垣根や段階が形成されることになるんじゃないでしょうか。その方が同じタイプの人間同士が集まるので、対立はないですよね。だから、平和で極楽だと錯覚を起こします。

 セトウチさんは、そんな反親和性の世界は「退屈という苦だけがのさばっている」とおっしゃいますが、確かに目的を持たない人にとっては退屈でしょうが、退屈を美徳にしている人間にとっては退屈は天国でしょう。しかし、この場合の天国は限定された天国で、やがて、退屈に飽きてくるでしょう。魂の向上を目指す人間なら別の階層を求める努力をするはずですが、そうでない人間は転生を希望するのじゃないでしょうか。

 セトウチさんがそんな退屈地獄には「早く行きたい程の魅力」を感じていないとおっしゃるなら、こちらで、うんと長生きして絵なり、小説を書いて、現世を極楽にして下さい。あれだけ「死にたい、死にたい」とおっしゃっていたセトウチさんが、あちらの退屈地獄を想像して、気が変(かわ)られたことは、この往復書簡がまだまだ続く予感がしてきました。ついこの間まで100歳以上の人が4万人と言っていましたが、現在8万人に増えました。セトウチさんが100歳になられた時は100歳以上の人が10万人に達するかも知れません。

 最近は僕も寂庵画塾に刺激を受けて大きい絵(三畳位)を描いています。腱鞘(けんしょう)炎なので絵は殴り描きです。コロナの動物的エネルギーを味方にして描いています。利用できるものは何(な)んでも利用しちゃえ、というのがアートの精神です。もう年齢的に誰と競争することもなくなったので、自由奔放、好き勝手です。寂庵塾の思想です。

 最近、絵の話題があまりないですが、描いていらっしゃいますか。まさか三日坊主? なんで三日坊主というんですか?

■瀬戸内寂聴「今回は秘書・瀬尾が書かせて頂きます」

 横尾先生

 瀬戸内の秘書の瀬尾まなほです。今回の件はすべて、私の責任です。本当に申し訳ございません。

 保育園より急な電話があり、寂庵を留守に出来なかった私は、瀬戸内に許可をもらい、風邪をひいた息子を寂庵に連れて帰りました。瀬戸内は息子を心配し、お守りがたくさんはいった袋を枕元に置き、「はやくよくなれよ〜風邪はもう治ったよ〜」と自作の歌を息子に歌ってくれたのでした。その結果、風邪がうつってしまいました。

 横尾先生にお叱りを受けましたが、瀬戸内のような高齢者には風邪も命とり。まさしく自分の行動は軽率だったと反省しております。

 熱はなく、食欲はあるので、だんだん良くはなっていますが、まだ原稿を書く体力がない瀬戸内より、「まなほが代わりに書いて」とのことで恐縮ですが、今回は代わりに書かせて頂きます。

 最近の瀬戸内は日々体調に波があり、「しんどい」と言って一日中寝ていることも増えました。体のどこかが痛いと「もう死にたい。楽しみもないし、つまらない」とこぼすことも。そうかと思えば、「100歳まで生きそうね。ここまできたら100まで生きる」と、考えは日々変わります。

 死生観についても、以前は「天国なんて退屈。地獄がいい。毎日どんな罰を受けるのかってワクワクする」と言っていたのに、数年前の病気で「やっぱり天国に行きたい。痛いのはもう嫌!」と変わっていました。

 最近では「天国も地獄もない気がする。死んでも誰にも会えないのでは? 今更誰にも会いたくないけど」とこぼします。

 横尾先生の仰(おっしゃ)る通り、極楽に行けると信じていた信者さんはみながっかりしてるでしょう。「瀬戸内寂聴と行く、豪華フェリーのあの世ツアー」にクレームがきそうです。

 自分が死んだら、あの世があれば私の右足の親指を引っ張って教えてくれると瀬戸内は言います。けれど、「退屈という苦だけの所」に行ったら案外気に入って、その約束をすっかり忘れてしまいそうであてにできません。

 私はあの世があると信じています。死後の世界は自然の理法や宇宙の摂理の法則に従った世界で自然に垣根や段階が形成されるだろうと横尾先生は仰いました。そうなりますと、きっと瀬戸内は私よりはるか上の段階にいるでしょうから、なんとかそこへ近づけるように努力すれば、あの世で瀬戸内に会えるのでしょうか? 会えたとしても、おばあさんになった私には気づかないかもしれません。

 それでも、またあの世で瀬戸内に再会できるなら、死ぬことは怖くない気がします。

 横尾先生のお察しの通り、只今(ただいま)寂庵画塾はひっそりとしております。

「もう三日坊主なの、ばれてますよ。正直に言いましょう」と私が言うと「いや、次作に取り掛かっていると言おう」と瀬戸内。次作も何も、今はまだあのイチジクの絵、一点のみです。展覧会をすると言っていましたが、このペースではいつになるやら。

 まずは風邪が治るよう、瀬戸内のサポートに全力を尽くします。

瀬尾まなほ

※週刊朝日  2020年10月30日号

このニュースに関するつぶやき

  • そりゃまあこの人にとっては天国があるかどうかはともかく、地獄があるかどうかは切実な問題だろうからなぁ。
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  • 仏教に天国なんてないよw 六道輪廻は地獄、餓鬼、畜生、修羅。人間、天上の6つ、ここから解脱するのが目標なんだから。
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