体操ニッポン復活のリオ五輪。内村航平が切り拓いた「新時代」

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2020年10月27日 17:11  webスポルティーバ

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PLAYBACK! オリンピック名勝負ーー蘇る記憶 第39回

スポーツファンの興奮と感動を生み出す祭典・オリンピック。この連載では、テレビにかじりついて応援した、あの時の名シーン、名勝負を振り返ります。

◆ ◆ ◆ 




 日本の体操男子団体は、2004年のアテネ大会で優勝して以降、五輪は2大会連続、世界選手権は5大会連続で中国に阻まれて優勝を逃していた。長く頂点に手が届いていなかったが、16年リオデジャネイロ五輪前年の世界選手権で37年ぶりに金メダルを獲得。リオ五輪は大きな期待を背負って臨んだ大会だった。

 世界選手権で個人総合6連覇を達成したエース内村航平を柱に、前回のロンドン五輪を経験している加藤凌平、田中祐典、山室光史。加えて、15年世界選手権の種目別ゆかで金メダルを獲得し、跳馬でも決勝に進出した当時19歳の白井健三もメンバーで、戦力はそろっていた。選手たちの目標は「アテネ超え」。その可能性は十分だった。

 だが予選は、ミスが出た前回のロンドン五輪を思い出させる結果になってしまった。

 最初のあん馬と次のつり輪を3選手が14点台後半でしのぎ、跳馬で全体のトップ得点を出して勢いを取り戻したが、高得点が見込まれた平行棒で田中と山室にミスが出て、それぞれ13点と12点台。鉄棒では内村が落下し、さらに最後のゆかは16点台の高得点が予想された白井が失敗して得点を伸ばせなかった。予選の結果は4位。決勝は、慣れているゆかから始まるローテーションではなく、日本が苦手とするあん馬、つり輪と続くスタートになった。

 それでも選手たちは、それほど不安を感じていなかった。内村は「ロンドンの予選では、一人ひとりのミスの原因がわからなかったが、今回(リオの予選)は原因がはっきりしていたので開き直れた。五輪経験者が4人いて、健三も世界選手権に出ていたので、経験がものをいったと思う」と振り返る。また、白井は「皆予選でミスをした分、これ以上は落ちないだろうと考えた」と話した。

 ただ決勝は、やや不安をのぞかせるスタートになった。あん馬で内村がガッツポーズの出る演技で15.100点を出したものの、次の山室が終盤に入る手前で落下。選手たちの表情は硬くなった。最後の加藤は踏ん張り、合計で予選より0.366点だけ低い得点に抑えた。次のつり輪では、田中の14.933点を筆頭に山村と内村も予選以上の得点を出し、合計は予選を0.466点上回ってあん馬の失点をカバーした。

 選手たちに笑顔が戻ってきたのは、予選で全チーム最高得点を出していた跳馬を終えた時だった。最初の加藤が15.000点でまとめると、内村が15.566点、白井は15.633点と力を見せた。ライバルの中国は3種目目のつり輪でユウ・ハオが予選より1点低い14.800点にとどまって、3種目終了時点の合計得点では6位と順位を上げられないでいた。それに対して日本は、あん馬で6位発進のあとは、同じローテーションのロシアに2.033点差の2位まで上げていたのだ。

 次は、予選で6位の得点だった平行棒。水鳥寿思(ひさし)監督は「跳馬で15点台が並んで勢いがついたが、ターニングポイントは平行棒の田中。予選で失敗した彼が、平行棒で成功するかどうかが一番大きかった」と後に話した。

 田中は1番手で登場すると、予選を2点以上越える15.900点の完璧な演技を見せ、チームを流れに乗せた。続く内村と加藤もきっちりと15点台を出し、結果的には平行棒を得意とする中国にも、1.100点迫られるだけに抑えた。

「最初のつり輪で体の反応が良く、演習どおりにできて、力も入っていることが確認できた。それで自信をつかめて、平行棒と鉄棒に臨めた」

 田中がそう話したように、3番手を任された鉄棒でも15.166点を獲得。15点台を出した加藤と内村に続く形だった。5種目合計で、先に演技を終えていたロシアを0.208点上回るトップに立った。

「試合前は、2位くらいで最後のゆかに入れれば絶対に勝てると、皆で話していたので、『おっ、1番か! ラッキー』という感じでした。あとはもう気楽にやるだけだと思い、ゆかに出る内村さんや加藤さんとは『思い切ってやりましょう』と話していました」

 競技後にこう振り返った白井。予選のゆかは場外に踏み出すミスをしたが、「予選は元気過ぎたので、決勝は普通にやればいいと思って、いい意味で適当にやりました」と、自信を持って1番手として登場した。全選手中唯一の16点台となる16.133点をたたき出し、世界選手権種目別優勝のスペシャリストぶりを見せつけた。

 続く加藤も着実な演技で15.466点を獲得すると、6種目目となり疲労もピークに近づいていたはずの内村も15.600点を出し、合計を174.094点にして演技を終えた。疲れ切った内村の顔に浮かんでいたのは、喜びではなく安堵の表情だけだった。

 その得点は、優勝した前年の世界選手権を3.176点も上回るハイレベルなもの。戦い終えた5人はゆかのロシアと鉄棒の中国、3人ずつの演技を待つだけになったが、その表情は全員が落ち着いていた。日本がゆかで47.199点という高得点を出したことで、2位につけるロシアは3人が平均15・826点以上を、3位につける中国は平均15.979点以上を出さなければ日本を上回れない状況。その時点で優勝はほぼ確実になっていたのだ。

「喜びより疲労感しかなかったですね。試合前から最後のゆかが絶対にしんどくなるとわかっていたので、どうやったら最後までできるか考えていました。鉄棒を終わった瞬間から、気持ちをゆかへ切り替えていました」

 内村はそう話した。結局、終わってみれば2位のロシアに2.547点差、ライバルと目された3位の中国に2.878点差をつける圧勝だった。

「(前年の)世界選手権も勝ったけど、安心して他のチームの演技を見られるのは初めてでした。何か、最後までドキドキしないで、優越感のようなものを感じられて......。そのくらい圧勝だったのも、皆が強い気持ちを持って戦えたからだと思います」

 自らが演技をしたのは3番目の跳馬と最後のゆかの2種目のみで、チームメイトの試合を見る時間も長かった白井はこう話した。

 チーム最年少だった当時19歳の白井を含め、出場した5人全員が心を震わせたのは、04年アテネ五輪団体の金メダル獲得だった。選手たちのリオ五輪の目標は、それ以来の金メダル獲得であり、演技でアテネ大会を超えることだった。

 だが内村は「アテネ超え」を達成できたかという質問に、少し考え、笑みを見せながら「やっぱりアテネは超えられないですね」と言い、続けた。

「それでも僕たちは、新しい歴史を作ることができたと思います。アテネの時は美しい体操での金メダル獲得という感じだった。でも今回のリオは皆の中に、『普通にやれば金』との気持ちもあったし、最後のゆかで点数をバンと取るなどアテネとは違う点数の取り方をした。『美しい体操』というのは僕たちにしてみれば当たり前のようにやっているし、他の国の選手たちより確実にいい技さばきもできていた。爆発的な得点を取れる強さを持った選手たちが増えてきているのが勝因です」

 その2日後の個人総合で内村は、力を付けてきていたオレグ・ベルニャエフ(ウクライナ)を、最後の鉄棒で計算どおりに逆転して五輪連覇を果たした。そして、その戦いを笑顔で振り返った。

「団体はミスもあったのでまだまだできたかなと思ったが、今回の個人総合はミスをしたら絶対に金はないというくらいに世界のレベルが上がっていた。その中で観ている人たちに、体操の魅力や美しさ、面白さをだいぶ伝えられる演技ができたかなと思います」

 アテネ五輪の金メダルチームの偉業を引き継ぎ、世界選手権の個人総合6連覇を達成した内村。日本男子体操の新たな時代を切り拓きながら、日本や世界のレベルを上げてきたという自負があるからこその笑顔であり、言葉でもあった。

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