脱イケメンした「草刈正雄」が再ブレーク 三浦春馬や竹内結子の父親役としても存在感

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2020年10月28日 11:30  AERA dot.

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写真草刈正雄さん(C)朝日新聞社
草刈正雄さん(C)朝日新聞社
 草刈正雄がデビュー50周年を迎えている。その最初のピークは20代半ばから30歳過ぎにかけてだが、ここ数年の活躍もめざましい。最近ではドラマ「おカネの切れ目が恋のはじまり」(TBS系)に出演。これが遺作となった三浦春馬の父親役を演じた。

【草刈正雄さんの幼少期の貴重な写真はこちら】

 父親役といえば、彼は6年前、三谷幸喜の舞台「君となら〜Nobody Else But You」に出演。娘役は竹内結子とイモトアヤコだった。彼にとって、現在の好調につながる転機となった作品で、竹内とはその後、NHKの大河ドラマ「真田丸」でも共演した。竹内も最近亡くなったことを思うと、複雑な気持ちになる。

 また、今年のコロナ禍では、彼が40年前に主演した映画「復活の日」が再注目された。人類とウイルスとの戦いを描いた作品だ。

 とまあ、なにか時代とシンクロしてしまったかのような状況だが、筆者にとって彼はちょっと特別な存在でもある。というのも、CMやドラマで知ったのが小学生のときだったことから、彼は今でいう「イケメン」の代名詞というか、記号のような存在なのだ。

 そんな草刈は福岡県生まれで、父親は米国人。ただ、朝鮮戦争で戦死したため、母子家庭で育った。彫りの深い顔立ちと長身は父譲りだろうが、芸能界でそこがプラスに働くとは限らない。最近でいえば、スペイン人の母を持つ城田優がデビュー直後、オーディションに落ちまくった話を告白している。「海外から転校してきた役しか思いつかないよ」などと言われたそうだ。

 しかし、草刈の場合はすぐによい出会いに恵まれた。広告界の頂点にいた若き大物ディレクター・杉山登志の目に留まり、資生堂のCMに抜擢されたのだ。杉山はこの3年後「自分が、毎日削られてゆくようで、たまらない」という言葉をのこして自殺するが、この抜擢だけを見ても、まぎれもない天才だった。

 その後、俳優に転じた草刈は、石井ふく子や市川崑、角川春樹といった実力者に認められ、飛躍していく。82年公開の映画「汚れた英雄」では、主役のオファーをしてきた角川から、

「お前が監督を決めていいよ。誰とやりたい?」(草刈正雄「ありがとう!僕の役者人生を語ろう」より)

 とまで言われたほどだ。

 ただ、若くしてトップクラスになった美男美女の役者というのは、30代40代が難しい。次世代の美男美女にポジションをおびやかされ、メインを張り続けるにせよ、脇に回るにせよ、いっそうの演技力が必要になってくるからだ。この時期、彼は作品のなかでの扱いが下がったことで「カメラが自分の正面で止まらない」というさびしさを味わうこととなった。やけ酒に走ったりもしたという。

 それでも彼は、30代40代、そして50代をしのぎ、60代で再ブレークを果たした。今でももちろんイケメンだが、それ以上に演技派としてのイメージが強いかもしれない。では、いかにして彼はそれを実現させたのか。

 そのカギといえるものに、アイドルドラマがある。90年代、彼はテレビ朝日系のアイドルドラマの常連だった。たとえば現在、BS朝日で再放送されている「南くんの恋人」では高橋由美子扮するヒロインの父、「イグアナの娘」では菅野美穂扮するヒロインの父という具合だ。ともにマンガ原作のファンタジックな作品だが、ある意味、少女マンガに出てきそうなイケメンだった彼には自然とハマったのである。

 また「南くんの恋人」の前に、BS朝日の同枠で再放送された榎本加奈子主演の「可愛いだけじゃダメかしら?」では喫茶店のマスターを演じた。これもマンガ原作で、コメディー色が強い。彼は川島なお美扮する超オクテの短大講師から慕われながらもいっこうに気づかない鈍感な中年男を飄々とこなしていたものだ。

 では、彼がどういう気持ちでこういう仕事に臨んでいたのか。前出の著書にこんな記述がある。

「経済的な苦労はもう絶対したくない。だとしたら、自分が一番稼げるところの、どんなに末端でもいいから食らいついていこう、それが自分で出した結論だったのです」

 母子家庭で育った彼は、中学時代には新聞配達をして、高校は定時制に通った。その経験から、天職と感じた芸能の仕事は絶対やめないと決めていたのだ。

 そうやって続けたおかげで、彼は新たな個性をアピールできるようになった。どこかとぼけた、ちゃめっ気のある、ちょっと自信のないような役なども似合うようになり、脇役でも輝き始めるわけだ。

 とはいえ、人間、自分の中にないものでは勝負できない。彼にはもともと、二枚目らしからぬ要素があり、それは世に出るきっかけとなった資生堂CMのカメラテストでも発揮されていた。前出の著書によれば、彼は九州男児ゆえの美学から、モデルがよくやる気障なエスコートなどができず、思いあまって、相手役のひとりだった女性のスカートをめくったという。こんな意外性が、天才ディレクターによる抜擢につながったのである。

 そして、そういう一面を見せ始めれば、そこを面白がる人が出て来る。2009年には教養番組「美の壺」(BSプレミアム)の二代目案内役に起用された。初代が谷啓だったことからもわかるように、草刈のコミカルな持ち味が期待されての起用だ。

 その5年後が、前出の三谷幸喜の舞台である。彼は「下町の理髪店の親父」で、そこに長女が70歳のフィアンセを連れてくる、という喜劇だ。これは90年代にも上演されていて、竹内結子の役は斉藤由貴、彼の役は角野卓造が担った。三谷は草刈に、角野に通じるものを見たのだ。

 この舞台のさなかに「真田丸」のオファーもされるわけだが、三谷の脳裏には1985年のNHK新大型時代劇「真田太平記」があった。草刈はこのとき、真田幸村を演じており、父・昌幸は丹波哲郎。草刈は当時から、豪快でマイペースな昌幸の人物像に魅力を感じていたという。

 9月に出演した「徹子の部屋」でも、こんなことを言っていた。

「丹波さんがもうほんと楽しくやってらしたんですよ。それを覚えてましてね。あぁ、あの役やれるんだって思いましてね。もう、ふたつ返事でお受けしましたけどね。楽しかったです。ほんと楽しかったです」

 印象的だったのは「真田丸」で幸村を演じた堺雅人があくまで堺らしさ全開だったのに対し、草刈は丹波が作り上げた昌幸にかなり寄せていたことだ。これはリスペクトや羨望が自然と反映されたのだろう。こういう素直な性格は、年上からかわいがられるものである。

 だが「真田丸」の前年には、大きな悲しみも味わった。芸能活動をしたこともある長男が、草刈の事務所のあるマンションから転落して死亡。彼は父親としての自分になかなか自信が持てず「僕はお手本となる父親がいなかったから(子供たちに)どう接していいかわからないんですよね」(「女性自身」より)などと語ったこともある。

 ただ、そういう経験が彼の演技にさらなる深みを加えたのだろう。昨年のNHK連続テレビ小説「なつぞら」には、戦災孤児のヒロインを見守るおじいちゃん役で登場。これは酸いも甘いもかみ分けたベテランの到達点でもあった。

 そんな彼の現在は、半世紀にわたって熟成された逸品を思わせる。芸能界の風雪と、何より本人の精進によってもたらされたその熟成が、時代との不思議なシンクロを呼び寄せたのだろう。

●宝泉薫(ほうせん・かおる)/1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』『宝島30』『テレビブロス』などに執筆する。著書に『平成の死 追悼は生きる糧』『平成「一発屋」見聞録』『文春ムック あのアイドルがなぜヌードに』など

このニュースに関するつぶやき

  • 金田一の病院坂の首くくりの家の家族を戦争で亡くしたけど、とても前向きな青年役が個人的に好きだったな〜。
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  • 草刈正雄さんは、「イケメン」よりか、「ハンサム」の方が似合うような気がします。美の壺、毎回拝見しております。
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