コロナ禍だからこそ、新パスポートに入れてほしかった北斎の“あの作品”

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2020年10月31日 07:05  AERA dot.

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写真「開運北辰妙見大菩薩」を祭る法性寺の妙見堂
「開運北辰妙見大菩薩」を祭る法性寺の妙見堂
 コロナ禍さえなければ、もっと話題になっていい改定が今年あった。オリンピックの年にも本当ならふさわしい話だったのに、コロナにすっかり出足を取られ、見向きもされないので、この際、北斎の誕生日でもある10月31日(旧暦9月23日)にしっかりご紹介しておきたいと思う。

【写真】葛飾北斎の作品が印刷された新パスポート

●日本のパスポートが芸術品に

 実は2月4日申請分以降のパスポートにおいて、1992年以来28年ぶりとなるデザインが更新されたのだ。残念ながら私の更新はまだまだ先なので、しばらくは実物を目にするのはないだろうと諦めていたら、友人が更新したと聞いて早速みせてもらった。使用するページのすべてに、葛飾北斎の「冨嶽三十六景」のうちの24枚が描かれていて、スタンプを押してもらうのがもったいないほどの出来栄え。友人も海外への渡航が現在のように制限されている中で更新するかどうか悩んだらしいが、「手続きも一部は自宅のパソコンでできるし会場も空いていていつもよりラクだった」と聞いてうらやましさが倍増した。

●富士山が各ページに描かれる

 もちろん図案には一番有名な「神奈川沖浪裏」も含まれているが、この24枚の選定にはさぞや頭を悩ましたことだろう。今でも有名な観光地からの富士山の眺めは、オリンピックで海外から訪れる観光客の目もきっと引いたに違いない。日本には、富士山をはじめとした山を信仰の対象とする文化が、古代から脈々と続いている。古社の中にはご神体が山である神社は多いし、お寺には「山号」(寺院の前につける別称)が必ずついている。山につけられた名前は、その土地が持つ歴史を語る場合も多く、小さな山にさえ祠が祭られているのをよく見る。

●世界が驚いた北斎の波の絵

 今でも土地の吉兆を占う際、地域の霊山が見える場所は“縁起がよい”と判断される話をよく聞く。そういう意味からも、富士山が眺められる場所というのは、江戸時代の人たちからすればよい土地の証だったのだろう。「冨嶽三十六景」と銘打ってはいるが、よく見ればその画面の中に働く人々の姿が細かく描かれている。ただの風景画ではなく、実際に目にしたその瞬間の土地の姿を紙に写し取った写真のような浮世絵なのである。「神奈川沖浪裏」などは波の間に浮かぶ二隻の船の中で、必死に櫓を漕ぐ舟人たちの姿が見える。いったい北斎はこの様子をどこから見ていたというのだろう。

●北斎を救った妙見菩薩

 われわれは普通に葛飾北斎と呼んでいるが、なかなか変わった人物で、生涯で数十回名前を変えたとされ、「冨嶽三十六景」にも「北斎改為一筆」との署名がある。また、住まいを頻繁に変えたことも知られており、生涯で90回以上は引っ越しをしたらしい。それでも生まれた場所が本所であったことから、当時の地名、武蔵国葛飾郡の「葛飾」を名乗った。

 また、「北斎」とは彼が信仰していた妙見信仰に由来している。これは北辰(北極星)の化身とされる妙見菩薩に対する信心である。北斎が当時師事していた浮世絵師・勝川春章から破門され、絵も売れず困窮していた折、柳島にあった妙見菩薩(法性寺)に21日間の参拝をしたところ、五月幟や疱瘡除けのお守りなどの絵が売れ始め、生涯絵描きとして暮らすことを妙見菩薩に誓ったという。

●江戸で人気の柳島の妙見さま

 法性寺は、室町時代に開かれた日蓮宗の寺院で、妙見堂に祭られる「開運北辰妙見大菩薩」として、開運だけでなく、北斎の逸話もあってか諸芸などの上達祈願にも訪れる人が多いと聞く。

 柳島の妙見菩薩を題材に北斎自身も多くの作品で取り上げているが、江戸名所図会や広重の錦絵にも描かれていて、江戸時代いかに人気のお寺であったかをうかがい知ることができる。加えて、北斎の信心話はますます人気を高めたことだろう。

 北斎は90歳で亡くなる直前まで筆をとっていたという。まったく衣食住に頓着せず、金銭に対する執着もなく常に貧乏な生涯を過ごしたらしい。決して安い手間賃で仕事を引き受けていたわけでも、仕事の依頼が少なかったわけでもない。絵を描くこと以外に興味を示さなかった人生だったということなのだろう。それが、妙見菩薩に誓った姿だったのか。筆を折ろうかと思い詰めるほどの気持ちで妙見さまに祈った直後に受けた仕事で大金を得たのは、疱瘡除けの「鍾馗(しょうき)」の絵だったとか。

 それならばパスポートの絵のひとつに、北斎の描いた鍾馗図をひとつ入れておけば、「コロナ除けにもなったかなあ」と、今更のようにちょっと残念に思ったりもするのである。

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