BLACKPINKやジャスティン・ビーバーも ポップシーンに増えつつある“アルバム×ドキュメンタリー”のセット戦略を読む

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2020年11月04日 12:01  リアルサウンド

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BLACKPINK『THE ALBUM』

 音楽ドキュメンタリーは「この時、ミュージシャン本人はどんなことを考えていたのだろう? どんな風に作品を作っていたんだろう? 裏側では何が起きていたんだろう?」という疑問を解決してくれる存在である。それを見ることで、そのミュージシャンのファンはより深く作品や、ミュージシャン自身を理解することが出来るようになるのだ。このような”利点”を活かし、近年のポップシーンではドキュメンタリーを一つの手段として活用する例が増えている。


(関連:BLACKPINKが世界的成功を収めた4つの理由 Netflixドキュメンタリーから見えたグループの強みと特異性


●アルバムとドキュメンタリーで「入門用セット」を作り上げたBLACKPINK
 10月2日にリリースした待望の1stアルバム『THE ALBUM』がビルボード全米アルバムチャート初登場2位という大成功を収めたBLACKPINKは、リリースから間もない10月14日というタイミングでドキュメンタリー映画『BLACKPINK〜ライトアップ・ザ・スカイ〜』をNetflixで公開した。メンバーの幼少期から現在の世界的成功に至るまで、4人が経験してきた出来事やその時々で感じたことについて、プロデューサーのTEDDY氏やメンバー自身が振り返るインタビューをメインに構成した本作は、グループの魅力でもあるメンバー間の仲睦まじい様子も沢山収められており、BLACKPINKのファンなら間違いなく楽しめる内容に仕上がっている。


 一方で、本作はBLACKPINKやK-POPのファンならすでに知っている人も多いであろう過酷な練習生システムの説明や、途中で織り交ぜられる「そもそもK-POPとは何か?」という疑問、ファンの声を通して語られる「BLACKPINKが魅力的である理由」なども収められており、本作が、最近のシングル群やアルバムを通してBLACKPINKに関心を抱いた人、あるいはこの現象をきっかけにK-POP自体に関心を抱いた人が手に取る可能性が高いことを見越して制作されていることがわかる。同じく入り口として機能する『THE ALBUM』と合わせて、アルバムとドキュメンタリーという組み合わせでBLACKPINK、あるいはK-POPの「入門用セット」が構築されているのである。


 また、主要な構成要素の一つとしてアルバムのレコーディング風景を収めた本作は、『THE ALBUM』自体の理解を深めるための存在でもある。これから録音する作品について、あるいは音楽自体についてメンバーやスタッフがどのように真剣に向き合っているのかが熱心に語られ、特にTEDDY氏の「今は個人的な物語を語る時」という言葉は、よりパーソナルになった歌詞が印象的な本作の特徴を表していると言えるだろう(関連記事:https://realsound.jp/2020/10/post-630369.html)。また、人気に対するプレッシャーや超多忙なスケジュールで自己を見失ってしまうという苦しみを率直に語るパートからの、大きな転換点となった『コーチェラ・フェスティバル』の出演を経て「これこそが私の人生に望むもの」(LISA)と今の自分を力強く肯定するラストパートのドラマティックな展開は、アルバムのクライマックスを飾る「You Never Know」のテーマと強く共振する。本作を鑑賞することで、『THE ALBUM』をより深く楽しむことが出来るはずだ。ファンにとっても、アルバムとこのドキュメンタリーは一つのセットとなっているのである。


●アルバムを補完するための、「プロモーション」としてのドキュメンタリー
 このように、アルバムを最大限に盛り上げるために、ある種のプロモーションとしてドキュメンタリーが制作されるというのが、近年のポップシーンにおける一つの傾向でもある。


 例えば、2020年2月にジャスティン・ビーバーが新作となるアルバム『Changes』をリリースした際には、その数週間ほど前からYouTube Originalで『ジャスティン・ビーバー: シーズンズ』というドキュメンタリー番組を配信していた。全10エピソードから成る本シリーズでは、ジャスティン本人や妻のヘイリー・ビーバー、周囲のスタッフへのインタビューを中心に、前作『Purpose』のワールドツアーの突然の中止から活動再開に至るまでの経緯、ヘイリーとの婚約、自身が抱えるメンタルヘルスや病気との闘い、そして何より大事にしている音楽へ取り組む真剣な姿を余すところなく映像化し、「どのようにして『Changes』を作ったか」を解明している。正直なところ、これさえ見れば大半のインタビューは必要なくなってしまうのではないかというほど充実した内容だ。それを証明するように第一話の再生回数は本稿執筆時点で約6,700万回以上という数字を叩き出しており、ジャスティンのファンの多くが本シリーズを鑑賞していることを実感することが出来る。


 そして、『Changes』で歌われる内容は、やはり本シリーズと非常にリンクしたものとなっている。もちろん、アルバム単体でも十分楽しむことが出来るが、本シリーズを通して、ここまで辿り着く上でどれほど彼が苦悩の道を歩んだか、いかにヘイリーの存在が重要であるかを知った上で『Changes』を聴くと、より深く本作に感情移入することが出来るだろう。そもそもこのドキュメンタリーを見終える頃には、間違いなく『Changes』を聴きたくなっているはずだ。ジャスティン自ら、本作にどれほどの想いを込めたかを語っているのだから。


 また、12月4日に新作『Wonder』のリリースを控えるショーン・メンデスも、本作のプロモーション期間となる11月23日というタイミングでNetflix独占でドキュメンタリー映画『ショーン・メンデス: ありのままの魅力』の公開を予定している。


 本稿執筆時点ではまだトレーラー映像しか確認できていないが、やはり本作も前作以降のワールドツアーの様子や、恋人とされるカミラ・カベロとの日々を映しながら、ミュージシャンとして、あるいは一人の人間として成長する姿を描く内容となっているようで、そんなショーンの今の姿が収められた『Wonder』への期待を高める作品となっているのはまず間違いないだろう。


 BLACKPINK、ジャスティン・ビーバー、ショーン・メンデスのドキュメンタリーに共通するのは、「今の姿」を描くアルバムに対して、これまでに経験してきたことや考えてきたこと、成長する様子といった「そこに至るまでの背景」をドキュメンタリーで補完しているということである。そして、それは歌詞が一行ずつGenius上で「これはあの時の出来事が反映されていて……」と分析され、インタビューの一言がニュースのヘッドラインを飾って解説されるような現代のポップシーンにおいて、非常に需要を満たした在り方だと言えるだろう。これまで詳しくミュージシャンについて知らなかった人は、ミュージシャンにより関心を持つようになるし、ファンであればより深く作品に入り込めるようになる。ほぼデメリットのない仕組みだ。


●ドキュメンタリー≒「アーティストが提供する答え」という構図
 近年の音楽ドキュメンタリー作品においては、アルバム『ASTROWORLD』のツアー終了後に発表されたトラヴィス・スコットの『Look Mom I Can Fly』(2019年)や、アルバム『Lover』のプロモーションが一区切りを迎えたタイミングで公開されたテイラー・スウィフトの『ミス・アメリカーナ』(2020年)などのように、「あるタームにおける一つの区切り」として発表される作品が多かった。すでに何度も聴き込んできた作品がどのようにして制作されたのか、あの時の発言の背景にはどのようなことが起きていたのか、激動の日々の中でミュージシャン本人はどんな風に過ごしていたのか、といった具合に、ある種の総括、もしくは答え合わせとしてドキュメンタリーが存在していた。前述の例も、決して斬新なアイディアというわけではなく、その順番が変わったというだけと考えることも出来る。これまで「より理解を深める」ために存在していたドキュメンタリーに、さらに「作品への期待を高める」という役目も追加されたのである。


 ただ、あえてこの現状に厳しい見方をするならば、「アルバムやミュージシャンの印象が良くなるように作られた作品」と言うことも出来るだろう。基本的にこれらのドキュメンタリー作品はアーティスト側で制作されるため、必然的にその内容もアーティスト側でコントロールされた内容となる。インタビューに登場するのはアーティスト本人や周りのスタッフであり、特に第三者や(何かしらの問題を取り扱う際に)相手側の意見が入ることはない。とはいえ、これは別に今に始まった話ではなく、アーティスト側が制作するドキュメンタリーにおける根本的な問題点である。そして、これらの作品はほとんどがファンに向けられたものであり、そこに都合の悪い真実は必要ないのだ。


 とはいえ、一人のBLACKPINKのファンとして『BLACKPINK〜ライトアップ・ザ・スカイ〜』を鑑賞して、その内容を楽しみながらも、一点だけ不安に感じる箇所があったのも正直なところである。あくまで同作は不安や悩みといったネガティブな感情について、「すでに解決したもの」として扱い、非常にポジティブな終わり方をしている。一方で、K-POPにある程度触れている人々であれば、この業界におけるメンタルヘルスが非常に深刻な問題となっていることはご存知の通りだろう。まったくもって余計なお世話なのはわかっているのだが、本作を鑑賞するにあたって、何かしらの対策が行われている様子や、スタッフを含めて向き合う姿を見て安心したいという気持ちを少なからず抱えていたのだが、その感情は観終わっても変わらないままだった。もちろん、映像に映っている通り、メンバーが本当に大丈夫ならそれでまったく問題ないのだが、結果として「これを本当に信じていいのか?」と思ってしまっている自分がいる。だが、仮にその様子が収録されていたとしたら、それはそれで物議を醸すことになるのもわかっている。あくまで、今必要なのは都合の良い真実なのだから。なので、今はその感情は脇に置いた上で、シンプルにこの「ドキュメンタリー」を楽しんでいる。(ノイ村)


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