ついに完結『A子さんの恋人』 登場人物たちが抱える「特別な存在じゃない」という虚しさ

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2020年11月08日 09:01  リアルサウンド

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 2014年から「ハルタ」(KADOKAWA)で連載されていた近藤聡乃『A子さんの恋人』が10月15日に発売された7巻をもって幕を閉じた。本作は留学先のNYから帰国したA子を中心に、アラサーだけど大人になりきれない男女の日常を描いた群像劇。


 A子はNYへ旅立った3年前に置き去りにした日本人の恋人A太郎と、ビザの期限切れで日本へ帰国する際に置き去りにしたアメリカ人の恋人A君がいる。もっともA子は置き去りにする時、どちらともお別れするつもりでいたのだが。


 そんな優柔不断なA子は英子と書いて“えいこ”と読む。英子は“ひでこ”とも読めるし、栄子、瑛子、永子も全部“えいこ”だ。友人のけいことゆうこもそれぞれU子、K子と表記され、A子はふたりが恵子と友子なのか、はたまた圭子と夕子なのかを知らない。


 第1話の冒頭、一見よく分からないことに頭を悩ませるA子は「私が『英子』だということなんて他人にとっては大した問題じゃないのだ」と結論づける。その言葉がラストで大きな意味を持つなんて誰が思っただろう。


 本作に登場するキャラクターはみんな一様に大人げない。U子は頭が良くてモテるのに、やる気は皆無で酒癖が悪い。K子は優秀なデザイナーでピュアな面もあるが、ゆえにモテず少々気が荒い。何よりふたりとも捻くれているし、いつも誰かの噂話に花を咲かせている。A太郎はみんなの人気者で性別年齢問わず、あらゆる人間の懐に入るのが上手い。だからみんな彼と話せば一瞬で虜になるが、当の本人は唯一「僕のことそんなに好きじゃない」という理由でA子に執着する卑屈な人間だ。


 一方、A君はA太郎とは真逆の人間で、人を馬鹿にしたり見下したりするから他人にはよく嫌われる。だけど恋人のA子には優しく、どんなことも受け入れる懐の深さがある。A太郎に思いを寄せるあいこもU子とはまた違ったタイプのモテる女性で取り巻きの男は何人もいるが、仕事と恋愛だけはいつも上手くいかない。


 この物語で唯一まともな大人に見えるのはU子の恋人・ヒロ君だけ。あまりの心の美しさにU子たちが自己嫌悪に陥るほど。だけど回を追うごとに、完璧じゃない一人ひとりのキャラクターが抱きしめたいほど愛おしく感じられる。それは誰もが彼らのストーリーに自分を重ねてしまうからだろう。


 私はその中でもあいこに強く共感してしまった。だからだろうか、どこか本来主人公であるはずのA子に少しだけ苛立ちを覚えてしまうのは。本作が不思議なのは、A子が飛び抜けた美人でもそれを凌ぐほどの性格の良さがあるわけでもないのに、なぜだかみんなの人気者であるA太郎から執着され、同時にプロポーズの返事を待たせているA君からも強く愛されているということだ。それもよくある少女漫画のように「私は普通の女の子」と言いながらイケメンから次々と告白される……、みたいなキャラでもない。ただ普通でなぜかA太郎とA君に好かれている。にも関わらずA子はA太郎以上に執着がなく、押しては返す波のように掴みどころのない、一緒にいる人間がさみしくなるような存在だ。そんなA子にあいこは怒りを募らせる。


 特に印象的だったのは、あいこが4巻で大学時代の思い出を振り返る場面。あいこがA太郎とその友人との会話に耳を潜めていると、A太郎はA子の好きなところに「荷物が少ないところ」を挙げる。あいこなら化粧品や何やらで大荷物になるところを、A子は手ぶらでA太郎の家を訪れる。あいこが絵を描くのが辛くなった時、教授から高い評価を得た作品をA子はロッカーに置きっぱなしにしていた。


 A太郎にフラれて、A子の家に討ち入りしたあいこは「私は好きなものに囲まれていたいの ホッとするから」と呟く。多くの人は大切な物に溢れたあいこの部屋のように、好きな人や物だったり自分の夢やプライドだったり、何かしらに縛られて生きているものだ。対してA子の部屋は殺風景で、それは何からも身軽なA子自身を表しているよう。


 それでもA子がたった一つだけ最後まで執着したものがある。それが、デビュー作『部屋の少女』だ。この漫画には瓜二つな2人の男女が登場するが、この男の子と女の子は紛れもなくA子とA太郎を表している。A子は以前からA太郎に対して「この人やっぱりなんか変だ」と思うことがあった。A子が漫画で描く背景をA太郎がそっくりそのまま真似できたり、本人よりも先にA子の気持ちを言葉にしたり。だけど、最終的にA子は自分とA太郎がよく似ていることに気づく。



「私が『英子』だということなんて他人にとっては大した問題じゃないのだ」
「(なぜ)僕が君のこと好きなのか教えてあげよう。それは、君は僕のことそんなに好きじゃないからだよ」



 A子が第1話で語った言葉と、A太郎がA子に放ったその言葉はどちらも「自分は特別な存在じゃない」という空虚を表していた。そしてA子が特別だと思うA太郎、A太郎が特別だと思うA子、ふたりとも理想の自分を互いの存在に見出していたのだろう。そのことに気づいたA子が選択した答えは、ぜひ最終巻で確かめてほしい。A子が英子に変わる瞬間にきっと、自分のことを今よりも好きになっているはずだから。


■苫とり子
フリーライター/1995年、岡山県出身。中学・高校と芸能事務所で演劇・歌のレッスンを受けていた。現在はエンタメ全般のコラムやイベントのレポートやインタビュー記事を執筆している。Twitter


■書籍情報
『A子さんの恋人』7巻完結(ハルタコミックス)
著者:近藤聡乃
出版社:KADOKAWA
出版社サイト(7巻ページ)


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