『カッコウの許嫁』作者・吉河美希が語る、読者の共感を呼ぶ漫画表現 「〈あんなこといいな〉という憧れを描きたい」

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2020年11月17日 10:01  リアルサウンド

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凪とエリカが歩道橋で出会うシーン

 『週刊少年マガジン』(講談社)で連載中の漫画『カッコウの許嫁』の第4巻が11月17日に発売となった。2020年1月より連載を開始した本作は、高校2年生の海野凪が、名門私立高校に通う超お嬢様女子高生・天野エリカと出会うところから始まる学園ラブコメディ。


 「許嫁がいる」というエリカから強引に恋人のフリを頼まれ、振り回される凪。だが、実は2人は赤ちゃんのころに取り違えられた運命の相手であることが判明。そして、凪こそがエリカの婚約者だったのだ……。ずっと実の妹だと信じきっていた幸、そして凪が密かに想いを寄せる学年1位の秀才・ひろ、とエリカとは異なるタイプの美少女たち登場し、相関図はさらに複雑に!


 5月に発売された第1巻は各書店で売り切れが続出し、講談社史上初となる4週連続で重版に。さらに講談社史上最速の10刷りなど、次々と記録を更新。9月に発売した第3巻は1秒間に2冊のペースで売れており、1巻の3倍、2巻1.5倍と右肩上がりに売上を伸ばしている。


 作者は『ヤンキー君とメガネちゃん』『山田くんと7人の魔女』など話題作を次々と世に放った吉河美希。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍する吉河に、本作が生まれた背景から、制作現場の様子、そして自身の青春時代について聞いた。すると、読者を夢中にさせる学園ラブコメが生まれる理由が見えてきた。(佐藤結衣)


■「物語設定のカギは言葉の掛け合いが生まれるかどうか」


――大人気の『カッコウの許嫁』ですが、反響は届いていますか?


吉河:反響……うーん、どうなんですかね、あんまりわかんないです(笑)。連載が始まってすぐにコロナ禍で大変になっちゃったので、こっちもてんやわんやで。私も本作で始めてデジタル作画を導入したということもあり、パソコンがわからない状態のまま、アシスタントもそれぞれの自宅で作業することになったので、「一体ひとりでどうしたらいいんだー!」ってなっていました。なので、正直、反響とか気にしているよりも、「来週の原稿どうする!?」みたいな感じで。第1巻が発売されたときも「本当に発売した……んだよね?」くらいの実感のなさでした。


――デジタルに移行されていたからこそ、リモート作業が進みやすかったということはなかったのでしょうか?


吉河:私自身が慣れていないので、まったくその恩恵は感じられませんでしたね。本当はいろんなレイヤーとか駆使して描けばいいのに1枚のレイヤーに全部描いてしまうし、どうしても一発で線を描こうとしてゴリゴリに下描きもしちゃうし……結局紙に描いているのと一緒なんですよね。デジタルにしてよかったと思うのは、今のところ消しゴムのカスが出ないことくらい(笑)。


――そんな(笑)。


吉河:でも、全体的にデジタルにして幅は広がったとも思っています。今までだったら描きながら「あー、この配置、もっとこうすればよかった!」と思いついても、締め切り8時間前で描き直すのは物理的に無理だったんですが、デジタルだとそれができてしまう。満足のいく構図をギリギリまで粘って描けるっていう意味では……消しカス以外のメリットがあってよかった(笑)。


――改めて、この作品が生まれた経緯を聞かせてください。


吉河:最初は3本連続の読み切りの企画としてスタートした作品でした。1本目は今まで描いたことがないファンタジー+オフィスものにしようと考えて『東京ヘルヘブンズ』ができました。2本目は家族ものが描きたいなと思って『柊さんちの吸血事情』が生まれ……で、最後はやっぱり学園ラブコメかなと。実は『山田くんと7人の魔女』を描いていたときに、次にラブコメを描くなら「貧乏とお金持ち」みたいな設定がいいなって思っていたんです。ただ、その設定だけでは物語にはしにくいと考えていたところに、「取り違え」を組み込んだら面白く描けそうだなという感じでした。


――今回の主人公・凪が秀才である設定にはどんな狙いがあったのでしょうか?


吉河:勉強ができるという自信から、格差を超えてお金持ちと張り合う立場を確立させる、みたいなところがあったと思います。ならば、取り違えられたエリカは対照的に悠々と楽しく、勉強なんかしなくても生きていけるという余裕を見せようかなと。そういう対象的な暮らしぶりもまた、言葉の掛け合いの種になるのではと思いました。


――なるほど。また凪が自分の立場を確立する最初のステップとして、学年1位にならないと告白ができないという優等生のひろがいるのも効いていますね。


吉河:読み切りの段階では、ひろはいなかったんですよね。連載が決まったときにお嬢様のエリカと妹キャラの幸に、もうひと要素入れようという話になってできたキャラクターです。ひろのイメージは、少年誌の主人公なんです。凪が憧れてしまうカッコよさがある。ヒロイン3人には、そうした違いをつけていこうと考えました。


――確かに、住んでいる世界がクロスするきっかけがあって初めて「焼きそばパン知らないの?」みたいなことが起きますもんね。


吉河:そうそう! 私の漫画は、結構キャラクター同士の掛け合いが主軸で進んでいく描き方をしているので、そういう「ええ?」みたいな言葉のやりとりが生まれる展開が大切だなって。あとは、読者の共感ってやっぱり必要なので、「自分ももしかしたら取り違えられていて、本当はめちゃくちゃお金持ちの家の子だったらいいのに」みたいなことって誰もが一度は考えたことありそうだなと。漫画を描く上で、『ドラえもん』じゃないですけど〈あんなこといいな できたらいいな〉みたいな要素は絶対入れるようにはしています。


■「漫画だから描ける〈あんなこといいな〉が共感につながるはず」


――無粋な質問だとは思うのですが、この21世紀で男女の取り違えって……。


吉河:まあ、ないですよね。実際、助産師をやっている友だちがいるんですけど、聞いたら「絶対ない」って。「ですよね」って(笑)。


――でも、それを描けるのが漫画の持つ力ですよね。


吉河:そう思ってもらえると嬉しいですね。絶対ないかもしれないけれど、それでも「もしかしたら……」って思えたほうが世の中、面白いですから。


――そう考えると許嫁というのも、今のご時世なかなかないですよね。


吉河:そうですね。読み切り3作品を描いているときに、なんとなく心の中に「家族」のキーワードがあったんです。学園ラブコメを描くにしても、家族が絡んでくる「許嫁」を入れようと話を作っていきました。最近の子って、お母さん、お父さんと買い物とか旅行に行くみたいな、友だち親子が増えているそうなんですよ。一昔前だったら「許嫁? 知るか!」って終わってしまいそうですが、今なら「え、どうしよう。どうにかしなきゃ」ってなるのかなと思ったのも大きかったです。


――どういったところから、その「最近の子」たちの変化を感じ取ったのでしょうか。


吉河:具体的なエピソードがあったわけではないんですが、友だちの子供の話とか聞くとまだ年齢的にはちっちゃいですけど、すごく従順というか、親と距離が近い空気を感じたんです。「反抗期なく大人になった」みたいな話もよく聞きますし、わかりやすく尖っている学生も減ってきているような気がして。ただ、達観しているように見える学生さんたちも、「こんな家に住めたら超最高じゃん!」っていう憧れはあるはずだと思って、あの豪華なお屋敷での共同生活を描いています。


■「読者と同じ目線でキャラたちに驚かされています」


――物語の冒頭で、凪とエリカが歩道橋で出会うシーンがとても美しくて印象的でした。あの場所を選んだ理由はありましたか?


吉河:学生なので、始まりを4月にしたいっていうのから入って、桜が見えてほしかったんです。そこから逆算して桜が見える歩道橋に。 あれは実際にはない場所です。いろんなモデルの場所を組み合わせて、理想的な歩道橋を描きました。


――夢のあるシチュエーションが次々と描かれていますが、料理の絵についてはとてもリアルで思わずお腹が空いてしまいます。


吉河:料理に関しては、毎回こだわっていますね。同居生活が物語のメイン舞台になっている中で、生活=食って言うくらい大事な要素だと思っていて。もともと凪は、料理をするという設定はなかったんですけど、エリカが何もできない分、凪は一応定食屋の息子ということもあってごはんくらいは作れるんじゃないかと。


――作品を描いていく中で、キャラクターが鮮明に確立されていくというのはよくあることなのですか?


吉河:毎回そうですね。むしろ最初からガチガチに設定を作って描くのは難しくて。あくまで読者と同じ目線で、描いていきたいという思いがあるので。「あ、この子こんなことできるんだ」とか「こんなこと思ってたんだ」みたいなのを、描きながら一緒に発見していく感じですね。


――よく漫画家の先生方がおっしゃっている「キャラクターが勝手に動き出す」状態ってことでしょうか?


吉河:まさにそんな感じですね。先ほど「ひろは少年誌の主人公をイメージした」とお話したばかりですが、描いてみたら結構ズシンとしたところもあって。本当はもっと軽やかな感じの想定だったんですけど、「あれ?」って(笑)。幸も、もうちょっとお母さん寄りのヤンキーっぽさが受け継がれている予定だったんです。


――その想定外の人間味が、ヒロインたちそれぞれの魅力を深めているように思います。


吉河:「このヒロイン1人いればいいじゃん」って言わせるくらいに、3人を可愛くみせるっていう思いがあって。毎回「これはどうだ!」みたいな感じで描いてます。


――反響として、読者の中で誰が一番応援されているという感覚はありますか?


吉河:SNSとかだと、幸が強いように思いますね。ただ、発信しない静かな読者さんもいますので、そのへんはちょっとわからないですね。


――ご自身としては一番思い入れがあるヒロインは誰、というのはあるのでしょうか?


吉河:いや……全員大変だなって。個人的には、恋人にするならもうちょっと手のかからない人がいいですね(笑)。


――(笑)。今後もキャラクターの魅力が次々と発見されていきそうですが、言える範囲でこのさきの展開を教えていただきたいです。


吉河:一応「おっ!?」ってなる展開が、これから2発ぐらいはある予定です。ド――ン……ドンッ!みたいな。いや、意外とバンバンって連続でくるかもしれない。ぜひ読み進めながら「あのとき言ってたドーーンってこれか!」って楽しんでいただけたら嬉しいです。


■「最近、女の子3人組のアーティストが好きって気がつきました」


――ここからは吉河先生ご自身についてお聞きしたいのですが、作品を描いている時はどのような環境なのですか?


吉河:音楽をかけています。『山田くんと7人の魔女』までは、棚にCDがブワーってあって、アシスタントが順番にかけたい曲をチョイスしていく感じでした。それも、みんなでCDショップに行ってそれぞれのオススメを選んでもらったものなので、いろんなジャンルがありましたよ。邦楽から洋楽、演歌もありました(笑)。最近は、 定額制の音楽ストリーミングサービスで本日のピックアップみたいなのを再生していますね。


――このシーンを描いたときに、この音楽が流れていたな……といった記憶は?


吉河:ないですね。本当にBGMとして流れているという感じなので。そのなかでも個人的にゲームのサウンドトラックを聴くと、めちゃくちゃ集中力が上がるんです。1人でワーッて描きまくっているときは、ボス戦の曲とか聴きまくってます。あと、気づいたんですけれど、私、女の子3人組のアーティストが好きなんですよ。Perfumeとか、BABYMETALとか。気づいてなかったんですけど。3人組の女子好きだなっていう。


――なんと! 繋がっていますね。


吉河:グッとくるものがあるんでしょうね。もちろん曲も好きなんですけど、3人の関係性が好きなんです。


――音楽以外にも、例えば小説や映画など刺激を受ける作品はありますか?


吉河:映画をよく見ますね。邦画だと『南極料理人』が好きで、定期的に見返しています。


――あの作品も料理の描写がありますね。


吉河:確かに、あれもご飯ですね。それから空気感とかテンポがすごく好きで。洋画だと『LIFE!』とか『インターステラー』とかが好きです。あと、アメリカの連ドラもめちゃめちゃ好きです。最近観ているのは『THE BLACKLIST/ブラックリスト』です。色々斬新というか。映像がめちゃめちゃ綺麗ですし、BGMがすごくいいんですよね。基本的には、話題になった海外の連ドラはチェックしています。


――そういうお時間はあるんですか。連載されてる時って。


吉河:寝る前に観て気づいたら寝落ちしてるみたいな。3分しか観てないってこととかもあります(笑)。


――脳を休めてくらいの感覚なんですかね。


吉河:そうなんですかね、私、どうやって漫画描いてるんだろう(笑)。ネームのときは出てきたセリフを、コマ割って吹き出しの中にガーッてシャープペンシルで書くのに必死で、原稿に入るとキャラの表情と構図や配置のことしか考えていないので、他に何も入ってくる余地がないんですよ。


■「心が、ずっと男子中学生のままなんです」


――先ほど最近の10代の話になりましたが、ご自身はどんな学生だったのでしょうか?


吉河:バスケ部で、主にポイントガードをやっていました。カットして速攻で点数逆転するみたいな。家の中より、外に出かけるほうが好きなタイプでした。そんな中、友達の影響で漫画を読むようになりました。それが少年漫画だったという。そこからは、ずっと少年漫画ばかり読んでましたね。わかりやすいじゃないですか、手からバーンって何か出たり、事件が起きて解決したり。


――具体的にはどんな作品を読まれていたのでしょうか?


吉河:当時のマガジンだと『金田一少年の事件簿』とか『GTO』が好きでしたね。友だちに勧められて読んだら「おもろ!」って、すぐに夢中になりました。だからといって「漫画家になる!」なんてことは全然考えていませんでした。当時は、何かやりたいというものが特別なくて、ただ洋楽とか洋画が好きだったので、海外に仕事で行けたらいいなみたいな漠然としていました。だから、気づいたら漫画家になっていました。ふと描いてみようかなみたいな感じで描いて。「描いて満足した」みたいな感じで、海外に行こうとしたら「賞を獲ったので、描きませんか?」って言われて、「はい、じゃあ描きます」となり、今に至ります。


――才能としか言いようのない展開ですね。でも、先ほどのお話だとバイオレンスや事件には夢中になっていましたが、ラブコメについては……?


吉河:最初に投稿したのもSFみたいな感じですし、ラブコメの要素なんて一切ないです。その後、漫画家の卵をやっているときも、ラブコメは一切描いていなかったんですけど、担当さんから「ラブコメだけを集めた増刊が出るから、描いてみない?」と言われて初めて「えー! ラブコメって何を描けばいいんだ!?」って感じで、生まれたのが『ヤンキー君とメガネちゃん』でした。


――ラブコメ作品に触れてこなかったことで逆に先入観や前知識なしで、柔軟に描けるのかもしれないですね。


吉河:そうかもしれません。私の中で好きな作品はあくまで「好きな作品」なので、目標とか憧れにしたくないんです。読者として作品を愛していたい。だから「○○先生のような作品を作りたい」というのはないんです。「自分はどんな作品を生み出せるのか?」そこに挑戦しています。


――先ほど、キャラクターが思わぬ方向に動き出すとおっしゃっていましたが、ご自身の人生も……。


吉河:全然予想通りになんていかないです(笑)。気づいたら漫画を描いていて……、サイン会を海外で開いていただいたので、一応その辺の夢は叶ってるのかな(笑)。学生時代の自分よ、これでなんとか納得してくれ、という気分です。


――ここから先の目標はありますか?


吉河:健康で楽しく漫画を描けていたら最高ですね(笑)。あとはゲームが好きなので、そのための時間があれば。私のプレイスタイルは 1回クリアしても、いかにボスを早く倒すかみたいなタイムアタックとかしちゃうタイプなんで。『バイオハザード』も最初から最後まで、いかにヘッドショットだけしてコンボを繋げていくかみたいなチャレンジを自分に課して、やり込むのが好きなので時間がかかる(笑)。


――なんだか少年が抱く夢のような生活ですね。


吉河:私の心にはずっと男子中学生がいるんだと思います。いい加減大人になりたいんですけど、どうしてもダメですね(笑)。


――だからこそ、主人公をドキッとさせるようなハプニングも魅力的に描けるのでしょうか。


吉河:あれが私の中にいる中学生が憧れるシチュエーションの限界で(笑)。もしかしたら読者のみなさんの中にはもっと刺激の強い描写を求められる方がいるかもしれませんが、のレベルに合わせていると思って見守っていただけると嬉しいです!


――なるほど(笑)。では、最後に読者のみなさんにメッセージをお願いします。


吉河:本当にいつも応援ありがとうございます。本当に感謝しかないです。書店の特典ポストカードを楽しみにしてくださっている方がたくさんいらっしゃること、早く読みたくて初日に急いで買いに行ってくださっている方もいらっしゃること、キャラクターを好きになって応援してくれたり、ストーリーや展開に一喜一憂してくださることに、すごく力をもらっています。最初ポストカードは、本当におまけというか、カラーの練習として「いつも描いてない絵を描くいい機会かな」くらいに思っていたんですが、だんだんそうもいかない雰囲気になり……(笑)。もっと喜んでいただきたいと思い、もはや修行レベルで気合が入ります! 以前はTwitterでもデジタルの練習を兼ねて落書きをアップしていたんですが、最近は放置気味ですみません。デジタルが本職になってしまったもので(笑)。この先、もっといろんな形でお返しができるよう、たくさん計画していることもありますので、楽しみにお待ちください。これからも、よろしくお願いいたします!


(取材・文=佐藤結衣)


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  • ついでに4巻買ってきましたよ(((o(*゚▽゚*)o)))オチは頼むからヤンキー君とメガネちゃんみたいにせんといてや(((o(*゚▽゚*)o)))
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