なぜ人は『極主夫道』にハマってしまうのか? 考え抜かれた作風を紐解く

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2020年11月19日 09:01  リアルサウンド

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『極主夫道』1巻

 ミスマッチはキャラクターを立てる、効果的な方法である。近年の成功例として、おおのこうすけの漫画『極主夫道』を挙げることがでるだろう。主人公は、元伝説の最凶ヤクザで、今は専業主夫をしている龍。最凶ヤクザが専業主夫をしているというミスマッチから生まれるドタバタ・ストーリーが楽しめるコメディ作品だ。もともと人気作だったが、2020年10月から放送されている、玉木宏が主役の龍を演じたテレビドラマによって、さらに注目が集まっている。未読の人は、これを気に、単行本を手にしてはどうだろうか。


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 物語の始まりは、いささか唐突である。第1話を見てみよう。背中に龍の彫物を背負い、身体と顔に傷を持つ目つきの鋭い男が、ズボンの後ろにドスを差し込む。ここまで2ページ。どう考えてもヤクザである。ところが次の3ページ目で、男はエプロンを付けて、玉子焼きを作り始める。以後、妻の美久のために、お弁当を作ったこと。慌てて仕事に出かけた妻が、持っていくのを忘れたお弁当を届けようと自転車を飛ばし、警官に尋問されるまでの顛末が描かれている。


 この第1話では、主人公がかつて“不死身の龍”と呼ばれた伝説の最凶ヤクザであることと、現在は専業主夫をしていることしか分からない。妻の名前も出てこない。きわめて情報が少ないのだ。それでもスラスラ読めるのは、ミスマッチな龍のキャラクターを絵の力で際立たせ、ワン・エピソードのストーリーを勢いよく回すからだ。忘れたお弁当を持って妻を追いかけるとき、お弁当をジッパー付のビニール袋に入れるという、いかにもな専業主夫ぶりを発揮しながら、さらにそれをジェラルミンのケースに入れて怪しさ満点になる。こうした専業主夫と最凶ヤクザを想起させる、ふり幅の大きさが、読者を笑わせてくれるのである。


 ところで先に、きわめて情報が少ないと書いたが、第2話以降も同様である。龍が美久とどうやって出会い結婚したのか。なぜ専業主夫になったのか。そのあたりのことは、きちんと説明されない。ただし話が進むと、断片的な情報が増えていく。第3話で龍の元舎弟の雅が登場。龍が所属していたのが「辰崎組」という組であり、彼がいなくなった後、解散したことが明らかになる。第5話では、妻の美久(ここで、ようやく名前が出てくる)がデザイナーとして働くキャリアウーマンであり、アニメの「クライムキャッチポリキュア☆」が大好きなことが分かった。こうした描かれざる過去は、読者の興味を惹くフックとして機能している。だがそれは最初だけだ。話が積み重なると、龍と周囲の人々のドタバタ騒ぎが面白くて、過去はどうでもよくなっていくのである。物語世界を受け入れてもらうために、かなりシリーズとしての構成を考えているように思えた。


 もちろん基本的に1話読切りのストーリーも考え抜かれている。ヤクザ時代の言動そのまま(小麦粉などを、必ず“白い粉”というのが笑える)で専業主夫に徹する龍が、騒ぎを引き起こしたり巻き込まれたりする。このパターンを踏襲しながら、各話の内容は多彩だ。その大きな理由を、他の人物の出し入れに求めることができるだろう。


 龍にかかわる人々は多い。まず妻の美久。次いで、元舎弟の龍。他にも、不死身の龍と双璧をなすといわれた超武闘派ヤクザだったが、今は露天商をしている剛拳の虎。近所の主婦や、婦人会のメンバー。「クライムキャッチポリキュア☆」好きのオタク男。美久の両親。町内の子供たち。解散した「茜井組」の姐さんだった茜井雲雀。まるでローテーションのように彼らを登場させ、龍と絡ませる。それぞれに個性的なキャラクターと、いつでもどこでも変わらない龍を組み合わせることで、多彩な内容になり、常に新鮮な気持ちで読めるのである。


 なかでも特に感心したのが、龍と美久の飼っている銀という猫の扱いだ。現在、単行本は6巻まで刊行されているが、銀が大きくストーリーに絡む話は、今のところ第6話しかない。その代わりなのか、巻末のおまけ漫画では主役を張っている。だからメインのストーリーに、ちらりと登場するだけで、レアキャラに出会えたような嬉しさを感じてしまう。これも作者の計算なのか。やはり考え抜かれた作品なのだ。


 などと書いてきたが、あくまでも本作はコメディである。サクッと読んで、楽しむだけでいい。龍と周囲の人々が繰り広げる爆笑ドラマが、いつまでも続くことを望んでいるのだ。


(文=細谷正充)


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