『鬼滅の刃』不死川実弥、最大の強みは“優しさ”? 稀血を流し続けた漢が証明したもの

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2020年11月19日 11:01  リアルサウンド

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『鬼滅の刃(17)』

※本稿には、『鬼滅の刃』のキャラクター、不死川実弥についてのネタバレが少なからず含まれています。原作を未読の方はご注意ください(筆者)


■鬼を酔わせる「稀血(まれち)」の持ち主


 『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)の各回のトビラ絵では、時々、本編のストーリーとは直接関係のない、キャラクターたちの日常の一場面を切り取ったようなカットが描かれていることがあるのだが、これがなんというか、いずれも「良い絵」だ。たとえば、うれしそうに食事をしている甘露寺蜜璃の横で、彼女をあたたかい眼差しで見つめている伊黒小芭内の姿を描いたカット(14巻収録・第124話のトビラ絵)などもなかなか味わい深いものがあるが(蜜璃の旺盛な食欲に驚いている蛇の鏑丸もかわいい)、個人的に最も印象に残っているのは、いつもは険しい表情をしている乱暴者の不死川実弥が、微笑みながら野良犬(?)に握り飯を食べさせている第167話(19巻収録)のトビラ絵である。これなどは、実弥が本当は心の優しい漢(おとこ)であることを一枚絵で見事に表しているカットだと思うが、彼の“優しさ”については、のちほどあらためて述べることにする。


参考:『鬼滅の刃』伊黒小芭内の奮闘はなぜ胸を打つ? 悲劇の少年が運命を乗り越えるまで


 不死川実弥は、鬼狩りの組織「鬼殺隊」の剣士の最高位――「柱」のひとりである。「風の呼吸」を極めた彼は「風柱」と呼ばれ、現役の柱の中では、おそらく「岩柱」の悲鳴嶼行冥と一、二を争うほどの戦闘能力を持つ(最強の敵のひとりである上弦の鬼・黒死牟いわく、「恐らくはこの二人が… 柱の中でも実力上位」)。さらには鬼を酔わせる特殊な「稀血(まれち)」の持ち主でもあり、彼の血の前ではたいていの鬼は動きを鈍らせる。


 愛用の「日輪刀」の刀身には波状の模様があり、また、鍔は複数の菱形を風車のように円形に組み合わせたもので、それらはいずれも「風」をイメージしてデザインされたものだと思われる。


 さて、この不死川実弥だが、血走った目にぼさぼさの髪、さらには全身傷だらけで(そのうえ気性は荒く、喧嘩早い)、どちらかといえば「悪役」の記号で形作られたキャラではある。しかも物語初登場時(6巻)には、主人公・竈門炭治郎の妹である禰豆子を刀で刺したり(注1)、血を吸わせようと挑発したりしているため、おそらく読者の第一印象はあまりいいものではないはずだ。


注1……禰豆子は鬼化しているので、刀で刺されても死ぬことはない。だが実弥の刀が、鬼を狩るために鍛えられた日輪刀である以上、それなりの苦痛はあっただろう。


 しかし、物語が進むにつれ、徐々に実弥の“真意”が明らかになり、読者はきっと彼のことが好きになる。
【再度注意】以下、ネタバレあり


■兄弟は決裂したまま戦いに身を投じていく


 実は炭治郎の同期に不死川玄弥という隊士がいるのだが、名字からもわかるように、彼は実弥の弟である。にもかかわらず、なぜか実弥は玄弥に「俺には弟なんていねェ」などといって突き放すのだった。それどころか、「テメェは見た所 何の才覚もねぇから 鬼殺隊辞めろォ」とまでいう。


 ただ、自分に才覚がないということは玄弥のほうでも充分わかっており、だからこそ彼は、「鬼の体の一部を喰うことで短時間の鬼化を可能にする」(注2)という異能を身につけていたのだった。


注2……これは玄弥の優れた咬合力と特殊な消化器官のなせるわざであり、そういう意味では彼に“才覚”はあるのだ(ただし、強い剣士になるために必要な「呼吸法」は使えないので、彼はメインの武器として刀ではなく銃を使う)。


 だが、そのことが実弥をさらに激怒させ、兄弟は決裂したまま、(鬼殺隊と上弦の鬼たちとの最終決戦の場である)「無限城」での戦いに身を投じていくのだった……。


 ちなみに、不死川兄弟には、かつて母親が鬼化して、彼らの弟と妹をすべて殺害してしまったという悲しい過去がある。そしてその母の暴走を止めた――つまり、鬼になった母を殺したのが実弥だったのだが、混乱していた玄弥はその様子を見て、兄に「人殺し!!」といってしまうのだった。のちに何が起きたのかを理解した玄弥は、兄に心から謝りたいと願い、それが彼の鬼殺隊入隊の最大の動機となっている。


 なお、無限城の戦いでは、まず、「霞柱」の時透無一郎が先述の鬼・黒死牟と対決することになるのだが、その場に玄弥も現れる。なんとか無一郎を助けようとして陰から発砲する玄弥だったが、いきなり黒死牟に背後をとられ、両腕を切断、さらには胴を両断されてしまう……。


 「鬼喰い」である玄弥はかろじてそんな状態でも生きながらえてはいたが、冷酷な黒死牟は、首を切ってとどめを刺そうとする。と、その時――どこからか強靭な“風”が吹き、もうひとり、その場に鬼殺隊の剣士が現れるのだった。そう、不死川玄弥の兄・実弥が、弟を助けるために、そこに駆けつけたのだ。実弥はここで、ようやく(読者が待っていた)この言葉をいう。「テメェは本当に どうしようもねぇ“弟”だぜぇ」。そしてまた、こうもいう。「テメェはどっかで所帯持って 家族増やして 爺(じじい)になるまで 生きてりゃあ 良かったんだよ。お袋にしてやれなかった分も 弟や妹にしてやれなかった分も お前が お前の女房や子供を 幸せにすりゃあ 良かっただろうが。そこには絶対に 俺が 鬼なんか来させねぇから…」


 ちなみにこの場面、吾峠呼世晴の画(え)的な演出は冴え渡っており、読者はもちろん、玄弥からも実弥の表情は一切見えないようにあえて描かれている。だが、このとき、間違いなく実弥が優しい“兄の顔”をしているであろうことは、誰の目にも明らかだ。


 黒死牟との死闘はこののち、「岩柱」の悲鳴嶼行冥も交えて、すさまじい展開を見せていくのだが、その結末については、実際に単行本を読まれたい。


 いずれにしても、心が優しい人間から先に死んでしまうという悲しい現実を知っていた実弥は(矢島綾によるノベライズ『風の道しるべ』などを参照)、弟の“優しさ”を心配していたのである。だから彼に冷たくあたり、一刻も早く鬼殺隊を辞めさせようとしていたのだ。そんな兄に、ぼろぼろになっていまにも消えてしまいそうな弟はいう。「同じ…気持ち…なん…だ… 兄弟だから…(略)俺の…兄ちゃん…は… この世で… 一番…優しい… 人…だから…」。


 その言葉を聞いた実弥の目からは大粒の涙がこぼれ落ちるが、弟もまた、兄の優しさを知っていたのだ。兄自身がそれに気づいていたかどうかはわからないが、少なくとも、「風柱」の強さの秘密は、そのあたりにあるような気がしてならない。つまり、不死川実弥にとっては、“優しさ”は弱点ではなく、“武器”なのだ。そうでなければ、いくら鬼の動きが弱まるからといって、自分以外の誰かを守るために、自らの体を傷つけて、稀血を垂れ流すような戦い方は、いつまでも続けられるものではないだろう。そのことは、彼の体に無数に刻み込まれた傷跡が証明しているといっていい。


 そう――実は不死川実弥という鬼殺隊きっての乱暴者は、すべてをなぎ倒す荒々しい暴風などではなく、人々を優しく包み込むあたたかい風だったといっても過言ではないのだ。


【筆者注】本稿で引用した漫画のセリフは、読みやすさを優先し、一部、句点を打つなど、わずかに手を加えている箇所がございます。


■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。


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