「昨今まれに見る最悪の意見」──デジタル庁の議論「データ共同利用権」に専門家が異議 “プライバシーフリーク”鈴木教授に論点を聞く

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2020年11月27日 18:22  ITmedia NEWS

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写真オンライン取材に応じた鈴木教授
オンライン取材に応じた鈴木教授

 「デジタル庁」設立に向けた議論に、法律の専門家からの異議が出た。



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 日本政府は、菅義偉首相の指示に基づき新組織「デジタル庁」を2021年にも新設し、官民からデータを集め官公庁のデジタル改革を推進する方針だ。その準備として「デジタル改革関連法案ワーキンググループ」がこの2020年10月から立ち上がり、IT基本法などデジタル庁に関連する法律の改正へ向けた議論が始まっている。



 このワーキンググループの第2回会合(10月28日開催)で提案された「データ共同利用権(仮称)」に対して、情報法を専門とする鈴木正朝教授(新潟大学大学院現代社会文化研究科・法学部、一般財団法人情報法制研究所理事長、理化学研究所AIP客員主幹研究員)は「昨今まれに見る最悪の意見」と厳しい評価を下した。



 鈴木教授は今までに個人情報保護法改正などに取り組み、自由な立場でプライバシー関連の社会問題を論じる「プライバシーフリークの会」の活動でも知られる。鈴木氏は「(提案は)ふわっとした書き方で、日本国憲法の定める基本的人権を書き換えようとしているにひとしく、語るに値しない」と話す。



●「人権」という言葉の使い方は妥当なのか



 一体、「データ共同利用権(仮称)」とはどのようなものか。



 現時点での手掛かりは前出のワーキンググループの提案資料である。資料には「21世紀の基本的人権」として「公益性があるデータの共同利用」の「権利」を認めるという内容が書かれている。具体例として、本人同意を得ずに医療データを活用する取り組みを挙げている。



 気になるのは、「基本的人権」という言葉だ。これは日本国憲法が定める基本的人権の書き換えを迫っているようにも読み取れる。人権とは決して奪えない個人の権利を指す言葉だ。



 しかし、提案内容は公益のためのデータ利用を推進しようというもので、むしろ個人の権利であるプライバシーを一部制約しようとしているように見える。このような議論のために「人権」という言葉を持ち出したことは不適切だったのではないか。



 この「データ共同利用権(仮称)」の真意について、提案者である宮田裕章教授(慶應大医学部)に取材を申し込んだが、今回の記事の締め切りまでに取材することはできなかった。



●データ活用は、既存法の改正や新たな立法で実現できる



 鈴木教授に今回の提案の懸念点を聞いた。



 鈴木教授はデータの自由な流通には賛同する立場だ。デジタル庁の設立や、日本政府が進めるデータ国際流通の枠組み「DFFT」(Data Free Flow with Trust、信頼されたデータの自由な流れ)については「日本の国際競争資力を高める最後のチャンス」と見ている。だからこそ現状の議論への懸念を隠さない。



 「大事なことは、個人情報の活用に当たって『同意の有無』を問題視する手続き論よりも、人権侵害があるかどうかだ。個人情報が人権侵害に使われた事例には、ヨーロッパではナチスのユダヤ人虐殺がある。日本でも、ハンセン病患者の強制隔離があった。最近では『リクナビ事件』がある」



 リクナビ事件では、就活生から得た個人情報を基に推定した「内定辞退率」を、就活生に不利な材料として使われる可能性があるにもかかわらず、企業側に提供したことが問題とされた。問題の本質は手続きを守ったかどうか以前に、そこに人権侵害があったか否か、ということだ。



 「今までの個人情報保護法は形式的かつ手続き的な規律にすぎなかった。利用目的を示して同意を取るなら『人権侵害となっても内定辞退率予測をしてもいい』という結論になってしまう」と鈴木教授は指摘する。



 このような法律の不備を、立法の努力の積み重ねで解消していくことが本筋であり、その努力をせず「データ利用の同意を得るかどうか」の手続きだけを問題にするのは本末転倒というわけだ。



 実際、努力は続いている。2020年6月、個人情報保護法一部改正法案が国会で可決された。「今回の個人情報保護法の改正案では『不適正な利用の禁止』が入った」(鈴木教授)



 「必要なことは、個別の領域に応じた、憲法の理念を個別の具体法に落とし込む形の緻密な立法に基づくデータ活用だ」と鈴木教授は言う。今の段階で「ふわっとした」新概念を持ち出すことは、むしろ有害だとするのが鈴木教授の立場だ。



 「サービスごとに各論で悩むべきだ。適正な利用目的を法律で根拠付けていくことが必要だ。ふわっとした表現の『公益』があれば良しとする態度は、説明不足を助長する」(鈴木教授)



●「データ植民地」化を避けよ



 今回のデジタル庁の議論の背景には、日本政府が推進するデータ流通の枠組みDFFT(信頼されたデータの自由な流れ)の存在も見逃せない。



 このDFFTは、19年の「ダボス会議」で当時の安倍晋三首相が提案し、同年のG20で各国が合意した。いわば国際貿易のように国境を越えてデータを自由に流通させ、デジタル経済の成長に寄与する狙いがある。重要なことは、日本、米国を含む主要国がDFFTの大きな枠組みに合意していることだ。



 鈴木教授が懸念しているのは、データの国際流通によるデジタル経済圏が成長する中で、日本の法整備が追い付かないために結果として日本の競争力が阻害されてしまう事態だ。鈴木教授は「公益性」のような「ふわっとした」表現に逃げて各分野ごとの緻密な立法を避けてしまったり、海外の概念を直輸入してしまう動きを警戒する。



「ふわっと」していると海外の著作権やブロッキングを受け入れてしまう恐れも



 日本政府が提案したDFFTに関して米国のシンクタンク「ITIF」(Information Technology & Innovation Foundation)がDFFTに関連して発表した報告書には、興味深い提言が書かれている。犯罪捜査のために他国のデータにアクセスしたり、著作権違反コンテンツや児童ポルノのコンテンツをブロッキングする取り組みを、国境を越えて行えるようにしようと提言しているのだ。



 こうした国際的なデータのアクセスやブロッキングがもし本格化するなら、根拠法となる国内法が曖昧なままでは国際的なデータ流通の場で他国にデータを明け渡さなければならない事態や、逆に他国の要請でWebサイトのブロッキングを受け入れる事態にならないとも限らない。つまり日本が「データ植民地」と化してしまう恐れがある。



 鈴木教授は、取材の中で「アクセルを踏むような言い方しか認めない風潮のままでは、無責任な言葉に振り回されてしまう懸念がある」と警戒を示す。「批判すべき点は批判し、立法の手を抜かずに進め、データ利活用を進めながら『データ植民地化』を回避するべきだ」と鈴木教授は警鐘を鳴らす。


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