落合博満、工藤公康、山武司…「アラフォー移籍」で大活躍した男たち

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2020年11月28日 07:21  webスポルティーバ

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 今季限りでソフトバンクを退団する内川聖一。大きなケガや不振ではなく、栗原陵矢ら若手の台頭により一軍での出場機会を得られなかった内川は、他のチームに活躍の場を求めている。現役最多となる通算2171安打、通算打率.303をマークしている"安打製造機"の進路は、今オフの大きなトピックスになるだろう。




 現在38歳。同学年には今季も元気な姿を見せた青木宣親(ヤクルト)や中島宏之(巨人)らがおり、内川もまだまだ十分にやれるはずだ。過去にも、アラフォーで移籍したあとに印象的な活躍を見せた選手は多くいる。

 まずは、現ソフトバンク監督の工藤公康。左のエースとして西武黄金時代を支え、1994年オフにダイエーに移籍。ダイエー在籍の最終年となった1999年には11勝(7敗)を挙げるなど、4度目の最優秀防御率と2度目の最多奪三振のタイトルを獲得し、チームの福岡移転後初となるリーグ優勝に貢献した。

 同シーズン終了後、当時36歳だった工藤はFA権を行使して巨人に移籍し、1年目から12勝(5敗)と期待に応えた。2年目は左肩の故障に苦しみ1勝に終わったものの、巨人在籍7年で3度のふた桁勝利を挙げるなど、年齢を感じさせない投球を続けた。

 その後も、43歳になった2006年オフにはFAで巨人に移籍した門倉健の人的補償で横浜へ。戦力外通告を受けた3年後のオフに、46歳で古巣の西武に復帰して48歳で引退。現役29年間で224勝と球史にその名を残した。

 39歳にして自身2度目の本塁打王に輝いた、山武司も忘れてはならない。1996年に本塁打王を獲得するなど長く中日の主砲として活躍し、2002年に平井正史との交換トレードでオリックスに移籍。1年目は22本塁打を放ったものの、2年目はわずか62試合の出場で4本塁打と不振に。2004年に戦力外通告を受けて一度は現役引退を考えたが、37歳の山は楽天への移籍を決意した。

 すると移籍1年目から25本塁打を放ち、名将・野村克也監督のアドバイスなどもあって、39歳となった3年目には凄まじいペースで本塁打を量産。自己最多となる43本塁打、108打点で2冠王を獲得する。最後は古巣の中日に戻ってユニフォームを脱いだが、楽天移籍後に通算本塁打(403本)の半分近い192本塁打(楽天で191本、中日で1本)を放つなど、「アラフォーの希望」と呼ぶべき打者だった。

 一方で、通算404本塁打を誇る中村紀洋のように、単純な移籍ではなくさまざまな紆余曲折があった例もある。近鉄では"いてまえ打線"の象徴的存在として君臨。しかしメジャー挑戦を経た2006年オフ、オリックスとの契約交渉がまとまらず、翌年1月に自由契約選手になった。

 そんな中村に、中日からテスト生でのキャンプ参加の声がかかり、育成枠での入団が決定。オープン戦で結果を残し、リーグ開幕直前に支配下選手契約を結ぶと、出場機会を増やして2年連続20本塁打以上をマーク。2007年には日本シリーズMVPを獲得する大活躍を見せ、そのヒーローインタビューでは大粒の涙を流した。

 2008年にFAで移籍した楽天では、2年目のシーズン終了後に戦力外通告を受けて退団すると、獲得する球団が現れずに "浪人"生活へ。横浜が2011年5月に獲得を発表した際には38歳だったが、2年目には開幕直後から主軸として活躍し、8年ぶりにオールスターにも出場。その第1戦で逆転の決勝2点本塁打を放ち、史上5人目となる両リーグでのMVPを獲得した。

 2013年には史上43人目となる2000本安打を達成したものの、翌年には首脳陣との"いざこざ"もあって戦力外通告を受ける。その後はNPBの球団からのオファーはなかったが、退団するごとに球界をザワつかせた稀代のスラッガーとしてファンの記憶に残っている。

 ちなみに、中村が中日に在籍していた時の指揮官、落合博満は"アラフォー移籍"で活躍したパイオニアのような存在だった。FA制度が導入された初年度の1993年オフ、中日から巨人に移籍した落合はすでに40歳だったが、1年目は129試合に出場して打率.280、15本塁打、68打点を記録。2年目、3年目は3割以上をマークするなど4番に座り、3番の松井秀喜と共に打線を牽引して2度のリーグ優勝に貢献した。

 晩年に古巣に戻った選手は、球団が"花道を用意する"という意味合いも強いが、今季限りで現役を引退した五十嵐亮太は、もうひと花咲かせてみせた。

 長年ヤクルトでリリーバーとして活躍し、2010年にメジャー挑戦。メッツ、ブルージェイズ、ヤンキースと渡り歩き、2013年にソフトバンクで日本球界に復帰した。2014年には44ホールドを挙げるなど常勝チームで活躍したが、2018年オフに戦力外になると、39歳で古巣のヤクルトに復帰した。

 その復帰1年目、4月はリリーフ登板のみで5勝を挙げる。同年5月には史上7人目となる通算800試合登板を、8月には史上4人目となる日米通算900試合登板を達成した。今シーズンは引退試合の1登板のみとなったが、最後まで代名詞のストレートでファンを沸かせた。

 同じく今季限りで引退する40歳の細川亨も、コーチの打診を受けながらも現役にこだわり、36歳で楽天に、38歳でロッテに移籍。選手としてだけでなく、若手の手本としてもチームを支え続けた。

 昨今のプロ野球では、40歳前後でも第一線で活躍する選手が多い。ましてや、内川のような実績と技術を持ちあわせた選手は引く手あまただろう。若手の躍動にもファンはワクワクするものだが、長いペナントレースを戦っていくためには経験豊富なベテランの存在が欠かせない。複数の球団による内川の争奪戦が行なわれているという報道が多くなっているが、その行く末に注目したい。

このニュースに関するつぶやき

  • 山崎は中日時代の本塁打王を獲った時と同じくらいの成績を残したから,山崎の努力も凄いけど,配球の読みとか,ノムさんの存在も大きかったと思いますよ。
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