多様化するバックグラウンド 「料理好きの少年」の視点から描いた家族再生の物語

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2020年11月28日 17:00  AERA dot.

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写真Fernando Grostein Andrade/1981年、ブラジル・サンパウロ生まれ。2011年に麻薬戦争をテーマにしたドキュメンタリーを発表し、ブラジル国内で話題を集める。社会や政治に関する問題を扱ったコンテンツをYouTubeなどで積極的に発表するなど、幅広く活動。影響を受けた映画作家は、アルフレッド・ヒッチコック、ペドロ・アルモドバル、スタンリー・キューブリック(写真:ポニーキャニオン提供)
Fernando Grostein Andrade/1981年、ブラジル・サンパウロ生まれ。2011年に麻薬戦争をテーマにしたドキュメンタリーを発表し、ブラジル国内で話題を集める。社会や政治に関する問題を扱ったコンテンツをYouTubeなどで積極的に発表するなど、幅広く活動。影響を受けた映画作家は、アルフレッド・ヒッチコック、ペドロ・アルモドバル、スタンリー・キューブリック(写真:ポニーキャニオン提供)
 AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。

【画像】映画「エイブのキッチンストーリー」の場面写真はこちら

*  *  *
 パレスチナを巡るイスラエル人とパレスチナ人の物語は、これまでも多くの映画のなかで描かれてきた。だが、「エイブのキッチンストーリー」はそれらのどの作品とも似ていない。物語を貫くのは12歳の少年エイブの真っすぐな視線であり、彼が抱く疑問を通して、観客も豊かで複雑な世界を知ることになる。

 米ブルックリン生まれのエイブ(ノア・シュナップ)は、イスラエル系の母とパレスチナ系の父を持ち、宗教や文化の違いから生まれるすれ違いに悩まされる日々を送る。ある日、エイブは世界各地の味を掛け合わせてつくる“フュージョン料理”を手がけるブラジル人シェフのチコ(セウ・ジョルジ)に出会う。料理好きなエイブは、自分にしかつくれない料理で、家族を一つにしようと奮闘する。

 監督のフェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ(39)は、ユダヤ系とカトリック系の両親を持つ。それぞれが2度目の結婚だったため、義理のきょうだいを含め多様なバックグラウンドを持つ人々に囲まれて育った。

「珍しいケースだったけれど、クリスマスなどにみなでテーブルを囲むのはとても楽しい時間だった。でも同時に、『こんなに楽しい時間を過ごせるようになるまでに、自分の家族はどれだけの問題を乗り越えてきたのだろう』という気持ちもあった。そうした想像力を働かせながら脚本を書いていったんだ」

 物語を生むうえで大切にしたのは、「パレスチナ人の苦しみに対して誠実でいたい」ということだった。そのため、脚本の第一稿は自身で書き上げたが、パレスチナ系アメリカ人の脚本家にリライトしてもらったのだという。

「パレスチナ人は自分たちの住む場所を失い、大きな苦難を経験したということを知っているからこそ、ユダヤ系の自分は彼らの文化をリスペクトしていきたいという気持ちがあった。それは、最初から最後までずっと意識していたことなんだ」

 エイブに影響を与えるチコもまた、アンドラーデ監督の強い思いから生まれたキャラクターだ。チコは黒人のシェフとして、アメリカで生活をしている。苦しんでいるのは、パレスチナ人とイスラエル人だけではない。同じように、歴史のなかで痛みを抱えながら生きてきた黒人のキャラクターから何かを学ぶことが、エイブが成長するためには必要だと考えた。

「自分の家族の問題を取り上げ、それこそがこの世界に存在する唯一の問題であるかのように見せることはしたくない。そんな気持ちが僕のなかにあったのだと思う」

 アメリカ国内の映画祭では、イスラム教徒、キューバ移民など多様なバックグラウンドを持つ子どもたちの目に触れる機会があった。そのなかで、一人の少女が作品を観て涙を流していた。

「自分をスクリーンのなかのエイブに重ねていたのかもしれない。その姿を見て僕も胸がいっぱいになったよ」

◎「エイブのキッチンストーリー」
料理好きの少年エイブは、オリジナルの“フュージョン料理”を通して家族を一つにしようと決意する。公開中

■もう1本おすすめDVD「ちいさな哲学者たち」

「エイブのキッチンストーリー」の主人公、エイブの頭のなかは「なぜ?」であふれている。宗教によって、お祝いの席で食べるものが異なるのはなぜ? そもそも宗教ってなに? 子どもたちの素朴な疑問はときに大人たちに気づきを与えてくれる。

 フランスのドキュメンタリー「ちいさな哲学者たち」(2010年)もまた、子どもたちの“言葉”を通して私たちが生きる世界が浮かび上がってくるような作品だ。

 舞台はパリ近郊の幼稚園。さまざまな人種の子どもたちが通うこの幼稚園では、月に2、3回「哲学のアトリエ」が開かれている。「豊かってどういうこと?」「リーダーって?」。教師からの問いかけに、子どもたちは懸命に言葉を紡ぎ、自分なりの考えを伝えようとする。そして、ある子どもは「自由とは優しくなれること」と口にする──。

「エイブのキッチンストーリー」のフェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督は、「この世はバービー人形の世界よりももっと複雑なのだから、子どもたちもそうした物語に触れるべきだ」と口にしていた。どちらも、他者について“想像すること”の大切さを教えてくれる作品だ。

◎「ちいさな哲学者たち」
発売元:ファントム・フィルム
販売元:アミューズソフト
価格3800円+税/DVD発売中

(ライター・古谷ゆう子)

※AERA 2020年11月30日号

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