「良い動画」って再生回数なの? デビューから10年の朝井リョウが描く、移りゆく映像業界の中でもがく2人の青年の葛藤

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2020年11月29日 16:11  ダ・ヴィンチニュース

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ダ・ヴィンチニュース

写真『スター』(朝井リョウ/朝日新聞出版)
『スター』(朝井リョウ/朝日新聞出版)

 誰もが発信者になれる今の時代、プロとアマチュアの境界線は消えてしまった。では、私たちはどういうコンテンツを良いものだと判断し、どういうものを良くないものだと判断すればいいのだろうか。たとえば、映像作品。世の中には、高い技術をもちながらも世に出ていないクリエーターがいる一方で、そんなに技術が高いとは思えないYouTuberの動画が人気となることだってある。再生回数が多ければ良い動画なのか? やはり大切なのは完成度か?それとも利益が出せるかどうかか? 受賞歴の有無なのか?——作品の質や価値は何をもって測られるべきなのだろうと考えると途端にわからなくなる。特に、「質の高いものを届けたい」というプロたちは、戸惑いも多いことだろう。

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 朝井リョウ氏の『スター』(朝日新聞出版)は、そんな映像業界の中でもがく2人の青年を描いた物語。朝井リョウ氏のデビュー10年周年記念作品でもあるこの作品を読んで感じたのは、朝井リョウ以上に「今の時代」を巧みに描ける小説家はいないのではないかということだ。誰もが発信者になれる今の世の中でクリエーターたちが感じる苦悩をありありと描き出したこの物語は、ときに読んでいて苦しい。そして、葛藤しながらも、自分なりの答えを見出していく姿に、静かな感動を覚える。

 主人公は、新人の登竜門となる映画祭でグランプリを受賞した立原尚吾と大土井紘。「どっちが先に有名監督になるか、勝負だな」などと周囲に言われながら大学を卒業した彼らは、それぞれ別の道を歩むことになった。選んだ道は、尚吾は著名な映画監督への弟子入り、紘はあるジムの公式YouTubeの運営担当と、正反対ともいえる職業。だが、目まぐるしく変わりゆく映像業界の中で、彼らは苦悩することになる。

 尚吾は、確かな技術をもつ映画監督のもとで、高品質なものを作り上げるすべを学んでいく。しかし、映画監督になることを目指し、「YouTubeは素人のもの」と考え、ネットで作品を公開することを嫌う尚吾は、高い能力をもちながらも、その能力が世の中で知られることはない。紘の運営する公式YouTubeは何万人にも拡散されているというのに…。はやく一人前になりたいと焦りを感じる尚吾は、同棲している恋人で一流シェフを目指している千紗との時間も削り、自分が作りたい映画とはどういうものなのか、あれこれ考えを巡らす日々を送っていた。一方で、担当した公式YouTubeが話題の紘も悩みがつきない。YouTubeの動画は、映画と違って無料であるから、拡散されやすく、多くの人の目に触れやすい。だが、その分消費されるスピードも速く、そのペースについていくためには、たくさん動画を作成することが第一優先となってしまう。「今の時代、質より量だ」という声に紘は疑問を抱き、動画の質が担保できなくなる現状に困惑していた。彼らが信じて疑わなかった信念は、移りゆく時代の中で、揺らいでいってしまうのだ。

 誰もが発信者となれる時代、価値判断が混沌としている時代の中で、どんなものさしをもてばいいのか。尚吾や紘をはじめとする登場人物たちは、考えに考え抜いて、自分なりの答えを見つけ出していく。その過程は、私たちにさまざまな問いを投げかける。何を良いものとみなすかという問いは、映像業界だけの話ではない。ものづくりをするすべての人にとって考えなければならない問題なのだろう。

 この本には、今の時代がありありと描き出されている。クリエーターを目指す人はもちろんのこと、今の時代の変化に違和感をおぼえる人、その中で必死で生き抜こうという人、すべての人に読んでほしい一冊。

文=アサトーミナミ

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