写真 「アイデア凄い」と話題を呼んでいる『プラセプラス』 |
全く効果のない薬が話題だ。かつて製薬会社で働いていた水口直樹氏が開発した偽薬『プラセプラス』。有効成分は入っておらず、医薬品ではなく薬の形をした食品である。認知症で1日に何度も薬を飲んでしまう人や、薬の飲みすぎを抑えたい人など、介護を始め様々な場面で重宝され、1ヵ月に300個ほど売れている。効果があると思い込むことで、症状が改善する“プラシーボ効果”も期待されており、数々のメディアで紹介された11月には品薄状態に。果たしてその実態と、開発の経緯とは? 開発者のプラセボ製薬代表・水口氏に聞いた。
【画像】本物そっくり?”偽薬”として活用されている『プラセプラス』■臨床試験で“偽薬”でも効果が出ることに着目 医療費軽減の可能性も
――『プラセプラス』を作ろうと思われた理由を教えていただけますでしょうか?
【水口さん】もともとは製薬会社の研究開発部にいて、新商品プロジェクトで偽薬を提案したのが最初です。結局商品化には至らず廃案になったのですが、いろいろとリサーチしたら需要を感じて。会社を辞め、新たに会社を立ち上げて、偽薬として『プラセプラス』を開発しました。
――偽薬に可能性を感じたということですか?
【水口さん】かねてから医療費が高騰していることに問題意識を感じていて、今何か手を打たないとこの先さらに苦しくなると思ったんです。商品化してみなければ分からない部分も大きかったのですが、偽薬を使うことで医療費を抑える提案ができる可能性を感じていました。
――製薬会社で働く中で、薬に対する問題を感じていらっしゃったのでしょうか?
【水口さん】医薬品で利益を得ることを考える以上、医療費を抑えようと言うよりは、どうしても売れる薬を作ろうということになります。利益を追求すればするほど、社会問題が拡大する可能性は感じていました。医療費高騰の問題は、誰が責任を持って抑制しようとしているかというと曖昧で、誰も自分事としてとらえていないように感じます。プラシーボ効果も、研究や教育であまり触れられていないんですよね。私は薬学部出身ですが、プラシーボ効果についての授業はなかったですし、それについて考えを深める機会もありませんでした。
――これまでに、水口さん自身が“プラシーボ効果”を強く実感された経験はありましたか。
【水口さん】医薬品は臨床試験を経て販売に至るわけですが、その際効果を比べて検証するんです。例えば血圧を下げる薬で、偽薬と比べてどれだけ下がったかを比較するのですが、偽薬でも必ずと言っていいほど数値が下がる結果が出るんですよね。ほとんど効果の差がない場合もあります。それでも、さぞかしちゃんと効果があるかのように薬が販売されていることも多々あるんです。
――そうしたことから、医薬品の効果よりも気持ちから治る可能性を感じていたのでしょうか?
【水口さん】そういうわけではなくて、『プラセプラス』は効かないことに価値があるんです。買ってくださる方に効果があったと言っていただくことはあるのですが、本来は薬の飲みすぎや効きすぎを、効かないもので抑えることが狙いです。だから、“プラシーボ効果があるから買ってください”という打ち出し方はしていません。
■子どもの緊張抑制や自分の薬の飲みすぎ防止のために買う人も 偽薬のデメリットは?
――偽薬の原材料は、どのようにして選ばれたのでしょうか?
【水口さん】主成分は還元麦芽糖です。製造を委託している健康食品の会社が他の食品でも使っているものになります。糖質なので少し甘みがありますが、感じる人もいれば、感じない人もいるようです。
――実際に発売されてみて、反響はいかがですか?
【水口さん】大々的に告知をしていない時から見つけて買っていただいたり、リピートしていただいたりして、需要がある感触はありました。介護施設などから「実際に使ってみて有用だと思った」「思いつかなかったアイデア」など、様々な声をいただきました。
――購入されているのは、どのような方が多いのでしょうか?
【水口さん】病院や介護施設などで、介護用途で使っていただいている印象はあります。あとは、お子さんの酔い止めや、習い事の発表会で緊張しないように使われている方もいて、様々な使われ方があるなと思いました。それから、自分で飲むために買う方もいらっしゃいます。オーバードーズと言われる薬の過剰摂取をしてしまう方や薬依存に悩む方は、辞めようと思っても辞められないケースもあります。であれば害のない物を飲もうと、選んでいただいている方もいるようです。
――偽薬を使うことで、抑えられることがあるんですね。
【水口さん】“握薬”と言って、薬があるから気持ちが落ち着くことがあるんです。パニック発作があるけれど、手元に偽薬があることで安心して発作がおさまっているという方もいらっしゃいました。
――たとえば、ラムネやタブレットを「薬」だとするよりも『プラセプラス』を利用するメリットはどのような点でしょうか?
【水口さん】問題が解消されるなら、何でもいいと思うんです。ただ、包装が本物っぽい方がよかったり、使っていることを気づかれたくなかったりする場合もあります。あとは、物自体よりも、情報と言う観点で重要かなと。介護で薬を飲みたがることに困っていて、ラムネ等で代用しようという発想がない場合、「介護用の偽薬です」というものがあれば、困っている人に届きやすくなる。困っている人は、同じような方がどうやって対処しているかという情報を求めていますよね。そういった意味で、Amazonなどでレビューが見られるのは、利点かなと思います。
――では逆に、偽薬を使うことによるデメリットやリスクは?
【水口さん】偽物だと分かった時に信頼関係が壊れる可能性があります。“いつも飲んでるこの薬”に対して強い依存がある方もいるので。その薬にそっくりなものを作って欲しいというリクエストもありますが、そのままはできないので。ある程度似たものを、いろいろなバリエーションで出せるのが理想です。
■これまでの“だますもの”から、きちんと「偽薬」と伝える“オープンラベルプラシーボ”へ
――偽薬の開発や販売を通して、新たな発見はありましたか。
【水口さん】今7年目で商品としての偽薬は珍しいものとして扱われていますが、古くから医療業界や介護業界で偽薬的に使われてきたものはたくさんありました。ただ、今までは“表に出せないもの”という認識だったのが、最近になって『プラシーボ効果』を科学的に解明しよう、偽薬を医療に活用しよう、という話が出てきている動きがあります。
――業界内でも偽薬の受け入れ方が変わってきているのでしょうか?
【水口さん】それは感じますね。『病は気からを科学する』という本がプラシーボ効果をポジティブに捉えていたり、医療応用を視野に入れていて、イメージはかなり変化していると思います。今までプラシーボ効果は、患者さんに本物を飲んでいると思い込ませるという考え方でしたが、今はラベルを隠さずに偽薬だと伝えるオープンラベルプラシーボも出てきています。これまでは“だます”という倫理的な課題がありましたが、表に出すきっかけになりましたし、良い方向に変わってきていると思います。
――「偽薬」という響きだけだとネガティブなイメージを持たれているように感じます。偽薬の意義をどのようにお考えですか?
【水口さん】そこはすごくナイーブな問題でもありますね。他社が持っている医薬品を模倣した「偽造医薬品」を「偽薬」と称することもあって、それも間違いではないので難しいところではあります。「偽薬」という字だけ見たら確かに印象が悪いのですが、変えることは難しいので、プラセボ製薬という社名にしている部分はあります。
――今後、偽薬の課題をどのように考えていらっしゃいますか?
【水口さん】偽薬を知らない人がパッと見た時に受けるイメージが悪すぎるという問題はありますよね。偽薬ではなく「喜薬」と呼ぼうと提案している教授もいますし、中国語では「安慰剤」と呼ばれているんですよね。違った観点からだと、米津玄師さんの最新アルバムで「プラシーボ」という曲があって。そこで初めてプラシーボ効果や偽薬を知る方もいらっしゃいます。海外でも「プラシーボ」というイギリスの人気ロックバンドがいて、そういった表現する立場の方が題材にしてくださることで、いろいろ変えていただけることもあるのかなと思っています。
――今後、偽薬をどのように利用してほしいですか?
【水口さん】今は物珍しい商品として取り上げられていると思いますがが、もっと普通なものとして、どのドラッグストアでも売っているようになればいいなと思っています。例えば、数字のゼロって何もないことを表す数字ですよね。大昔はゼロを使わない社会で、そこにゼロを持ちこんだら大きな反発があったそうです。でも今は普通にあって、なくてはないものとして受け入れられ広まっている。それと同じことが偽薬にも起こると良いなと思っています。
(文=辻内史佳)