一見“元気な爺”でも…作家・黒川博行がテニスで走りまわるワケ

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2020年12月03日 16:00  AERA dot.

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写真黒川博行・作家 (c)朝日新聞社
黒川博行・作家 (c)朝日新聞社
 ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は、自身の健康について。

*  *  *
 よめはんがダイニングボードのいちばん上の棚からポン酢を出してくれといった。わたしは扉を開け、手をいっぱいに伸ばしてポン酢をとろうとしたが、木の盆が落ちてきて頭を直撃した。

「あいた、たた……」

 そのとたん、よめはんはキャハハと笑った。

「ちょっと待て。ここは笑う場面か」「だって、おかしいもん」「それはありがとう」「ピヨコかて笑うやんか。わたしがマキに耳を噛(か)まれて泣いてたら」

 確かに、それはある。よめはんがアシナガバチに刺されたときも、犬の糞(ふん)を踏んだときも、わたしは笑った。わが夫婦は相手が難儀したときに笑う癖(へき)がある──。

 サラダにポン酢をかけて昼飯を食い、かかりつけの病院へ行った。わたしは二種の降圧剤と逆流性食道炎、痛風、高脂血症、前立腺肥大を抑える薬を毎日、服(の)んでいる。

 診察室に入り、前回の血液検査の結果を聞いた。尿酸値が“7”を超えていると主治医がいう。

「ちょっと危ないですかね」「発作は出ないと思いますが、水を飲みましょう」

 処方箋(せん)をもらい、調剤薬局に寄って帰った。冷蔵庫からペットボトルの茶を出して飲む。一日二リッターが目標だ。

 医者に聞くと、わたしの齢で常時六種類の薬を服んでいるのは多いほうらしい。これで血糖値まで高くなると立派な病人になってしまう。糖質を控え、せっせとテニスをしているのは糖尿病が怖いからだ。

 専業作家になった四十代のはじめ、ダイエットもしないのに見る見る痩せたことがあった。いつも動悸(どうき)がして、夜、眠れない。暑くもないのに汗をかく。症状をよめはんにいうと、バセドー病かも、といわれた。当時はネットがないから『家庭の医学』で調べるとすべてがあてはまった。心拍数と血圧の上昇、不整脈、異常発汗、震え、不安、神経過敏、睡眠障害、体重減少など、甲状腺機能亢進(こうしん)によって新陳代謝が過剰になるのだった。心拍数を測ってみると、夜眠る前でも百を超えていたから、一日中、走っているようなものだろう。体重が減るはずだ。わたしの母親も五十代のころ、ガンで甲状腺をとったから遺伝性があるのかもしれない。

 バセドー病は専門医にかかり、メルカゾールという薬を服んで四年後におさまったが、その五年後に再発し、また二年、薬を服んでおさまった。完治ではなく、いまは寛解という状態だろう。

 痛風はこの二十年で十数回、発作が出た。痛いのは確かだが、“風が吹いても痛い”というほどではない。ただ、尿酸値が高いと血管を傷めるらしいから、痛風の薬は欠かせない。

 四十代の半ば、前庭神経炎という病気にも襲われた。夜、原稿を書いているときにひどい目眩(めまい)がし、床に倒れても天井がぐるぐるまわっている。洗面器いっぱいに嘔吐(おうと)し、担架に乗せられて救急病院に運ばれた。目眩はバセドー病や痛風よりつらい。寝ても起きても吐き気がする。このメニエール病にも似た症状は一年ほどもつづいたが、メリスロンとセファドールという薬を服みつづけてなんとか治った。

 毎週、テニスをして走りまわっているから、わたしのことを“元気な爺(じじい)”とみんなはいうが、ほんとうは蒲柳の質なのだ。麻雀で勝っているとき「しんどい。もう寝よ」といい、負けているとき「まだ、やめへんぞ」というのは、セコいからではありません。

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

※週刊朝日  2020年12月11日号

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