写真 切り絵風「鬼滅の刃」のキーホルダー(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable |
「切り絵」アニメが盛り上がっている。なかでも、12月4日に最終23巻が刊行された『鬼滅の刃』を題材にした切り絵の人気ぶりはすさまじい。
【写真】切り絵で人気の「ヒカリの森の黒うさぎ」(テレビ東京系) ユーチューブには、「鬼滅の刃の切り絵の作り方」の動画が並び、SNSには連日、鬼滅の刃の切り絵作品が投稿される。
人気切り絵サイト「みんなの切り絵展」は、『鬼滅の刃』の映画公開に合わせて個人から投稿されたウェブの切り絵企画展を開催し盛り上がりをみせた。サイトを運営する20代男性のNきゅうりさんは、こう話す。
「和柄が多用されている鬼滅ーーは、切り絵と相性がいいのです。もともと切りやすい絵柄なので、鬼滅がきっかけで、切り絵に挑戦したという人もいますね」
アニメ雑貨にも切り絵は、使われている。雑貨メーカーのツインクルは、『鬼滅の刃』のキャラクターを切り絵風にデザインしたシャーペンやボールペン、缶バッジにキーホルダーまでを販売する。
「漫画やアニメの絵柄は、切り絵で表現するのに向いています。とくに『鬼滅の刃』は、大正時代が舞台の作品。切り絵の太いタッチは、レトロな世界観を体現するのに向いていました」(同前)
日本の伝統工芸である切り絵を取り入れた商品は、同社がこだわりをみせる「日本ブランド」のイメージにぴったりだという。
日本切り絵協会事務局の筑間美輪さんは、アニメをテーマにした切り絵を楽しむ10代、20代の若者が増えていると話す。
「切り絵とアニメの親和性は非常にいい。切り絵には高い洋紙や和紙を使うのが一般的。しかし、若い人はアニメの絵柄のようにこまかな細工をしやすいコピー用紙をうまく使い、お金をかけずに楽しんでいます。パソコンにデザインを取り込んで創作の幅を広げるなど、若い人がどんどん進化させている。わたしに、作品を見せにきてくれる若い人もたくさんいますよ」
切り絵とアニメの歴史は深い。「切り絵アニメ」と言われるアニメーションは、古くから存在した。社会風刺やブラックジョークでおなじみの、米国アニメ『サウスパーク』も切り絵アニメだ。
東京工芸大学の関連施設、杉並アニメーションミュージアムの担当者は、切り絵アニメは芸術性の高いアートアニメだと話す。
「一般的なテレビアニメは30分のアニメをつくるのに数千枚の絵を描き、1枚ずつ動かして動きを表現します。しかし、切りアニメは、福笑いのように、目と鼻と口や手足をパーツに切り分けて動かします」
日本でも、今年4月にはじまった子ども向け番組『シナぷしゅ』(テレビ東京系)で放映中の切り絵アニメ「ヒカリの森の黒うさぎ」が話題を集めている。
光が差し込む豊かな森を舞台に、黒うさぎの赤ちゃんがアリやチョウ、カエルに猿など森の生き物と出あいを描いた物語。黒うさぎの赤ちゃんが雨がやんだ後にできた水たまりに自分の姿を映しジャブジャブと遊ぶなど、小さな発見と成長が丁寧に描かれる。
この切り絵アニメの制作者は、名取祐一郎さん。
名取さんは作曲家の妻と3人の子どもの5人家族。7年前に、豊かな自然のなかで子育てをしたいと、歴史と文化にも恵まれた石川県加賀市に移住した。名取さんは切り絵という昔ながらの技法とICT(情報通信技術)を駆使して作品を作りあげる、令和時代の切り絵アニメ作家だ。
「ヒカリの森の黒うさぎ」のアニメは、一枚一枚が手描きだ。水彩画やクレヨンを使うことで絵に深みや味わいを出す。
「キャラクターの目や手足といったパーツを切り分けて、パソコンに取り込んだら全国に在住するアニメスタッフに送ります。彼らが動きをつけてくれる。スタッフとの打ち合わせは、主にテレビ電話。音楽は、作曲家の妻が担当です。コロナ禍前からの在宅ワークですが、地方住まいでも不自由はないです」(名取さん)
日本切り絵協会理事の杉浦正道さん(76)さんによれば、切り絵の歴史は紀元前までさかのぼる。生れたのは、古くから紙の文化を持つ中国の地。はさみや彫刻刀で模様をつける剪紙(せんし)紙は、農村を中心に各地で伝承され広がった。
「昔から、神と紙は貴重なものでした。日本では、『きりがみ』としてお寺や神社の祭事、正月や七夕の飾り紙、能の舞台などで使われてきた。自由な創作切り絵が一般に浸透したのは、ここ半世紀ほどです」(杉浦理事)
いまでは、切り絵専門の美術館が全国に建ち、切り絵作家の個性あふれる作品を楽しむことができる。
gardenさん(37)は、草花や動物の繊細な図案が人気の日本人切り絵作家だ。なかでも、浮世絵を図案にした切り絵本は、男性に受けた。「富嶽三十六景」「名所江戸百景」、「見返り美人」など浮世絵の名画を図案にした点が、知的好奇心とオタク心を刺激したのだろうか。
「お見舞いでプレゼントされて以来、没頭しています」「切り絵で、無心になれます」ーー。
男性からの感想がぞくぞくと届いた。
「切り絵は老若男女を問わず、楽しめる芸術です。実際、切り絵人口は、増えたとなあと感じます」(gardenさん)
いまはスマホゲームやバーチャル世界が、どんどん日常に浸透している。
「そうした環境になると逆に、人間は実感を求めて手にカッターナイフを握り、紙を切る。体感を伴う作業に回帰したくなる生き物なのかもしれません」(同前)
(本誌 永井貴子)
※週刊朝日オンライン限定記事