小説『家族じまい』は「終う」より「仕舞う」 作家・桜木紫乃が語る

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2020年12月04日 18:00  AERA dot.

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写真桜木紫乃(さくらぎ・しの)/1965年、北海道生まれ。2002年「雪虫」でオール讀物新人賞を受賞。13年『ホテルローヤル』で第149回直木賞を受賞しベストセラーに。20年『家族じまい』を刊行。(撮影・露木聡子)
桜木紫乃(さくらぎ・しの)/1965年、北海道生まれ。2002年「雪虫」でオール讀物新人賞を受賞。13年『ホテルローヤル』で第149回直木賞を受賞しベストセラーに。20年『家族じまい』を刊行。(撮影・露木聡子)
 現代の家族が抱える問題を描いた小説『家族じまい』。著者の桜木紫乃さんが、小説に込めた思いを語る。

*  *  *
 家族についてふり返りたくて、この小説を書きました。北海道のどこにでもある核家族の歴史です。自分にとってのあたりまえを書いただけですが、これが皆さまにおもしろく受け止められたのでしたら何か本質的なものに触れられたのかもしれません。

 わたしの出身は釧路市です。わが家には家系図も屋号も家紋もなく、本家・分家もない。明治生まれの夫婦二人が親きょうだいを捨てて北の大地にやってきて、自分たちの家族を作るところから始まっているからです。親や親戚ともう二度と会わないという覚悟のもと、津軽海峡を越えて北海道に移住。そんな親に育てられた2代目がわたしの父世代です。父は祖父が建てた墓も墓じまいし、仏壇も処分しました。わたしも妹も嫁ぎましたから、不要と思ったのではないでしょうか。血縁が思わぬ負荷となってきたいま、ひとたび考えてみたのがこの一冊で、柱になっているのが「核家族」のあり方です。この小説が中央公論文芸賞を受賞したときの選考委員代表の鹿島茂さんによる講評の一部を抜粋します。

「かたちだけは核家族であっても、独立した人格とはとうてい言えない貧弱な個人がまるで互助会のように利益の相互供与だけで結ばれながら、家族を装っているうそ寒い日本型核家族」

 欧米のようになれなかった日本の核家族の限界に気づかされます。小説をどう受け止め、何を感じるかは読者の皆さまにお任せします。親子であっても、さまざまな事情が重なり、結果として気持ちの上では「他人」ということも起こってくる。その気持ちを否定しても、明るいものは見えてきません。血のつながりは保険ではないのでしょう。

「家族じまい」の「しまい」には、「終う」という意味合いもありますが、「仕舞う」というほうがしっくりくると思っています。家族を一枚の風呂敷に例えるとわかりやすいでしょうか。目の前に出しっぱなしにしていると、しわや汚れが気になりますが、キレイに折りたたんで視界に入る場所に仕舞っておくと、忘れないでいられます。責任と世間体でお互いを縛り合う関係を、親もわたしも、考える時期にきているのかもしれません。

※週刊朝日  2020年12月11日号

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