【洋楽を抱きしめて】 数奇な運命をたどった名曲「愛はかげろうのように」

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2020年12月05日 09:11  OVO [オーヴォ]

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写真『愛はかげろうのように/シャーリーン』(USMジャパン)
『愛はかげろうのように/シャーリーン』(USMジャパン)

 1980年代に青春時代を送った人たちの間では、シャーリーンのヒット曲「愛はかげろうのように(I’ve never been to me)」を覚えている向きも多いだろう。元々は70年代後半の作品だが、彼女による'82年の大ヒットまで数奇な運命をたどった名曲である。
 作詞ロン・ミラー、作曲ケン・ハーシュによるこの作品が最初にリリースされたのは'76年で、ランディ・クロフォードの歌ったバージョンであった。
 シャーリーンは同年にこの歌を録音、翌年にシングルとして発売するが、米ビルボード誌のチャートの最高位で97位と、振るわなかった。
 '78年にはメアリー・マグレガーによる歌唱版(邦題「幸福(しあわせ)はかげろうのように」)がイージーリスニング・チャートでスマッシュ・ヒットとなった。
 複数の歌手にカバーされる一方で、シャーリーンのバージョンが脚光を浴びるには'82年まで待たねばならなかった。同年初め、フロリダ州タンパのラジオ局WRBQのDJスコット・シャノンがシャーリーン版「愛はかげろうのように」をかけ始めると、問い合わせが殺到するなど、同曲の人気が急上昇したのだ。
 そのころ、シャーリーンはレコード契約も打ち切られて、夫の母国である英国にいて、お菓子屋で働いていたが、モータウン・レコードのジェイ・ラスカー社長自身が彼女の居場所を突き止めて個人的に彼女を説得し、再契約させて、「ねえ、考えてみて、幸福って何かしら」で始まる「語り」の部分を中心に同曲の新たな録音を急きょ行わせた。
 米国ではヒットチャートの最高位3位を記録し、英国、アイルランド、カナダでは首位を獲得した。オーストラリアでは6週連続ナンバーワン。ノルウェー、ニュージーランド、オランダ、ベルギーでも人気を博し、チャートを上昇させた。
 苦労人シャーリーンが自身の人生を歌ったかのような「愛はかげろうのように」。世界中いろいろな場所に行き、いろいろと良い思いもしたし、いろいろな経験を積んできたが、結局は自分自身のことが分かっていなかったのね、と年輪を重ねた女性が人生を振り返る含蓄(がんちく)に富む歌詞が多くの人々の共感を呼んだのだ。
 人生の機微を歌った「愛はかげろうのように」は日本でも多くの歌手によってカバーされてきた。椎名恵の日本語カバー版「Love is all〜愛を聴かせて」、小室みつ子の「夢をたどって」というタイトルの日本語版、岩崎宏美の日本語バージョンなどである。
 あのテレサ・テンもこの歌をカバーしたことで知られる。
 だが、シャーリーンはその後、ヒットチャートを賑わせることはなかった。特に80年代はマドンナ、シンディ・ローパー、デボラ・ハリ―といった個性の強い女性シンガーが活躍していたため、30代という年齢のうえ、どちらかといえば地味なシャーリーンという歌手はシーンの陰に隠れてしまったのである。

文・桑原亘之介

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  • 語りが臭いが名曲ですね。
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