エヴァ完結に備え「ラブ&ポップ」「式日」「キューティーハニー」を見る 「シン・ゴジラ」へと至る問題作 実写・庵野作品の系譜

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2020年12月05日 11:33  ねとらぼ

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写真映画「ラブ&ポップ」より。独特なアングルが多用される
映画「ラブ&ポップ」より。独特なアングルが多用される

 庵野版「ゴジラ」の製作が報じられた2015年4月。12年ぶりの和製ゴジラ復活に寄せられた声は、その全てが好意的なものではなかった。



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 前年に公開されたハリウッド版「GODZILLA ゴジラ」の世界的な成功と、監督・樋口真嗣が手掛けた実写版「進撃の巨人」に漂う不穏な気配。そして「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」に対する風当たりの強さとエヴァ完結編公開の見通しの立たなさに、庵野秀明への批判もかなり強かった時期である。



 庵野が実写映画作品を撮っていたこと自体は、「エヴァ」ファンの間でも広く知られていた。2004年までに実写長編3本の監督をつとめており、それらは「シン・ゴジラ」公開直前に「庵野秀明 実写映画作品集 1998-2004」としてあらためてBlu-ray BOXとしてリリース。「ラブ&ポップ」「式日」は2020年7月にオンデマンド配信も開始され、12月5日現在、Amazon Primeビデオ見放題対象にもなっている。



 これらは「エヴァ」並みに、または「エヴァ」を超えるほどに、庵野ファンの中でも評価が分かれる作品だ。いずれも普通の作品ではなく、言ってしまえば非常にクセが強い。



 しかし「シン・ゴジラ」を経て彼の作家性が改めて評価された今のタイミングで見直してみると、これら3作品がいずれも「エヴァ」の、そして今の庵野秀明に通じるところが多いと分かるはずだ。



 女子高生の日々を奇妙に切り取る「ラブ&ポップ」、男女の虚実が入り乱れる「式日」、ポップな特撮コメディー「キューティーハニー」。連載第2回では、これら庵野秀明の実写作品を振り返る。



●渋谷を“第四惑星”に変える「ラブ&ポップ」(1998年)



 「時代の寵児・村上龍が援助交際を題材に選んだ原作を映画化」「女子高生のリアルな姿を描いた青春ドラマ」という情報につられて本作を見始めたなら、大半の視聴者は面食らうことになるだろう。



 強く歪んだレンズで切り取られるリビングルーム、主観での洗顔シーン、スカートの隙間から床を見下ろしたり、ワイシャツの隙間からネクタイを見上げる奇妙なアングル。目まぐるしく切り替わるこれらのカットをつなぐのは床を縦横無尽に駆け回るプラレール……。



 被写体の前に遮蔽物を多用し、絵にぎょっとした印象を与えるのは、たびたび影響を公言している実相寺昭雄のオマージュ(通称・実相寺アングル)だ。ウルトラセブン「第四惑星の悪夢」にて大仰なセットを用いることなく、地球を未知のロボット惑星に演出してみせたその手腕を用い、女子高生の日常を不気味な非日常に変質させてみせている。そこに同じくウルトラマン 「地上破壊工作」にみられる矢継ぎ早のカットをもたせ、112分の上映時間で観客を未知の感覚に包み込む。



 この映画に現れる「おとこのおとな」は、いずれも変人である。街中で呼び込みのように現金をチラつかせてお茶を交渉しては、自分の作るスパゲティを食べてほしがったり、噛まれたあとの粒マスカットをほしがったり、ぬいぐるみと話す暴力男であったりする。



 援助交際やテレクラといった今はもう聞かない言葉を通し、1990年代の渋谷、その空気感を全面に出しているにもかかわらず、そこに確かな現実は写っていない、という不思議な作品である。



●“1000人いたら、数人しかわからないと思う” 「式日」(2000年)



 「ラブ&ポップ」は演出こそ独特であったものの、物語の筋が理解できない、というような作品ではない。主人公である吉井裕美には明確な目的があり、そのために(手段はともあれ)努力をする物語であるからだ。ただしそこから約3年の月日を空けて公開された「式日」は難解このうえない。毎朝「明日は私の誕生日」と繰り返し、廃ビルからの自殺を試み続ける女の妄想と、故郷で出会ったその女の妄想に徐々に侵食されていく「カントク」なる男の出会いを描いた作品だ。



 本作の初公開は東京都写真美術館でのもの。繰り返される同じ会話、実相寺アングルを用いた奇抜なカットや逆光に加え、光を抑えた屋外のシーンに対してときおり挟まれる廃墟地下の強烈な赤……、というようなアート感のかなり強い作品になっている。



 が、妄想の世界に逃げ込み続け、やがて自分自身であることすら拒絶する女。救いの手を振り解き、廃墟のバスタブの中で全てを拒絶して眠る女。そこに否応なくやってくる現実に対し、向き合え、と説得するカントク。……という構図は「新世紀エヴァンゲリオン」の後半に通じるものがある。



 本作において、2人の出会いとなる場所は線路の上。それに対する女とカントクの発言が印象的だ。「機械的建造物な感じがいい」(カントク)、「線路は2本ないと完成しないし、その2本は絶対に交わらない」(女)という趣旨の言葉は、作中によく線路を登場させる庵野自身が繰り返しインタビューで語っていることでもある。



 隣にいるにもかかわらず、決して交わることのない2つの存在。2020年4月に公開された「シン・エヴァンゲリオン」のポスターにも、線路は象徴的なかたちで現れる。横から交わり、入り組む2つの線路。それは本作「式日」のポスターでとった手法と同じだ。



 本作では、そして「シン・エヴァ」では、誰と誰の線路が交わることになるのか、またはならないのか? 庵野が章題のように述べている通り、一筋縄にはいかない。



●アニメと実写のいいとこどりを狙った「キューティーハニー」(2004年)



 前2作に比べれば、最も普通の作品である。メディアミックスの繰り返された永井豪の大人気作品を原作にした特撮アクションである本作は上映時間も唯一100分を切り、観客を突き放すような手法も少ない。ただ冒頭に流れる今石洋之のハイテンポ・アニメーションが象徴するように、「アニメと実写のいいとこどり」を狙った演出が各シーンに見られる。



 特に冒頭・うみほたるでの殺陣では繰り返される早回し、秒速で現れるパンサークロー戦闘員の登場カット、いわゆる「板野サーカス」的作画に人物を合成する、といった試みを重ねている。庵野は後年、本作が脚本準備中に製作会社の事情から予算が突然半分以上減額されてしまったと明かしている。



 こうして、当初の予算は前出のうみほたるのシーンにて使い果たしてしまったらしく、後半にいくにつれ先鋭的な試みは残念ながら姿を消していく。加えて佐藤江梨子の露出や、突然歌い始める倖田來未や及川光博などからはどうしても大人の事情を感じてしまう。



 それを踏まえて、東宝単独出資の「シン・ゴジラ」では粘り強い交渉の末、製作費の必要額を死守したというエピソードがある。「好きにする」ためには、相応の経験値が必要だったというわけだ。



『ただ、脚本は予算規模に最低限合わせておかないと『キューティーハニー』(2004)の二の舞になってしまうので、早めに決めて欲しかったんです。『ハニー』の時は脚本準備中に製作会社の事情から突然半分以上予算が減額されて、結果的には脚本の内容をそのまま維持できるバジェットじゃなくなっていました。プロデューサーと途方にくれたんですが、3年以上も待たされた企画なので今更止めるのも辛いからと、無茶を承知で始めたら、当然ながら無茶だったんですよ(悲)。もちろん、その制作費で現場では「何が何処まで可能なのか」という実戦経験がなく、クオリティ・コントロールの判断が出来なかった僕の力不足が主な原因です。頑張って作りましたが、現場では「やりたいことではなく、やれることだけをやる」日々でした。その経験から、企画内容は予算枠に同期させないと、まずい事になると。脚本が先か予算枠が先かというのはありますが、先に決まった内容に合わせた現場にしたかったんです。』



【『ジ・アート・オブ シン・ゴジラ』 p.496 庵野秀明インタビューより】



 記録的なヒットとなった「シン・ゴジラ」に至るまで、庵野は手を変え品を変え、試行錯誤を重ねてきた。ここでも述べたようなウルトラシリーズでの実相寺昭雄の手法や、「トップをねらえ!」での「激動の昭和史 沖縄決戦」(岡本喜八)オマージュなど、彼の作品はこれまで見てきたもの・触れてきたものを生かして作られている。庵野作品がどのように形作られてきたのかを知る上でも、これらの実写作品は大いに参考になるだろう。



 「エヴァ」完結編、そして「シン・ウルトラマン」を控えた今、ぜひ触れてみてほしい。



(将来の終わり)


このニュースに関するつぶやき

  • 『式日』は主題歌のCoccoのRainingがとにかくもう印象強かったですね。庵野秀明とCoccoの組み合わせは奇跡。
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