騒音おばさんがモチーフの映画「ミセス・ノイズィ」がまさかの大傑作だった

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2020年12月06日 11:32  ねとらぼ

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ねとらぼ

写真布団叩きから始まる、お隣さんとの仁義なき戦い/(C)「ミセス・ノイズィ」製作委員会
布団叩きから始まる、お隣さんとの仁義なき戦い/(C)「ミセス・ノイズィ」製作委員会

 12月4日より、映画「ミセス・ノイズィ」が公開されている。本作がモチーフにしているのは、大音量の音楽を流すなどして騒音を出し続け、「騒音おばさん」の名前で有名になった2005年の奈良騒音傷害事件だ。とはいえ、事件を再現する実録ものではなく、フィクションのオリジナルストーリーとなっている。



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 「騒音おばさんを映画化する」というコンセプトを聞いた時は、正直に言って“ネタ”としか思えなかった。しかし、実際のこの「ミセス・ノイズィ」は、個人的に終盤で嗚咽(おえつ)するほどに感動した、2020年の日本映画の中でも屈指の完成度を誇る、ネタなどと思っていた自分の浅はかさを反省するしかない、まさかの大傑作であったのだ。



 そして、本作はネタバレなしでの紹介がものすごく難しい。「何も予備知識を入れずに見るのがいちばん良い」というのは、あの「カメラを止めるな!」や「ドロステのはてで僕ら」並みかそれ以上。それこそ、「騒音おばさんの映画って、何だそりゃ?」という態度のままで見たほうが、本作をより楽しめるだろう。



 そんなわけで、「ミセス・ノイズィ」を予備知識のない、最高の状態で見たい方は、ここまででストップ。劇場情報を確認し、映画館へと走ってほしい。以下からは核心的なネタバレはないように書いたつもりであるが、それでも本編にある重要な“仕掛け”に気付いてしまう可能性がある。ご了承いただけたら幸いである。



●1:お隣さんとの仁義なき戦いに大笑い



 36歳の真紀は母としてまっとうに生きていたが、今は本業の小説家としての仕事が大スランプに陥っていた。そんな彼女の前に立ちはだかったのは、52歳の隣の住人である美和子による、けたたましい騒音、そして嫌がらせの数々だった。



 本作でまず面白いのは、このいい年をした大人2人による、仁義なき戦いだ。初めこそ主人公はお隣さんへの対応を当たり障りのない程度で済ませていたのが、やがてその嫌がらせが「一線を超えた」状態となったたため冷静ではいられず、やがて反撃に出てしまい、その後はどんどんエスカレートしていく。



 どちらも本人は真剣そのものなのが、はた目から見ればそのバトルの様子はなんともしょうもないという、黒い笑いに満ち満ちている。特に、とあるモノをお隣さんが持ち出した瞬間は爆笑もの。「アホらしいことを真剣にやっている(その姿を客観的に見る)」というのは、笑いの基本と言ってもいいだろう。まずは、ストレートに笑えるコメディーを期待して見てほしい。



●2:次第に笑えなくなり、精神的に追い詰められる



 序盤こそコメディーとして笑える本作であるが、次第に「笑えない」事態になっていく。このお隣さんの日に日に増していく騒音と嫌がらせのせいで、仕事の小説の執筆は一向に進まず、あまつさえ家族ともギクシャクし、ストレスはたまり続け、心の平穏が奪われていくのだから。



 「お隣さんとのトラブル」は誰もが現実で遭遇するものであるし、それにより精神的にまいってしまうことも、十分にあり得ることだ。その意味で、本作は身近な恐怖を描くホラー映画と言ってもいいのかもしれない。



 また、主人公の夫がなかなかそのストレスを理解しようとせず、それどころか「お隣さんではなく君のほうにこそ問題がある」という趣旨のことすら口にする。そこには正論も含まれるのだが、もっとも信頼を置きたい家族からも追い詰められてしまうということもまた恐ろしい。その夫の振る舞いから、「自分もパートナーを苦しめていないだろうか」と危機感を覚える方もいるだろう。



 さらに、主人公には人見知りをあまりしない、かわいい幼稚園児の娘もいる。この幼い娘が、ひょっとしてお隣さんに「何か」をされていないか、疑ってしまう事態になっていくのも……親御さん視点で見た場合には何よりの恐怖だろう。



●3:SNS炎上やメディアリンチも絡んだサスペンスに



 コメディー、ホラーと来て、本作はさらに「SNS炎上」や「メディアリンチ」など、現代ならではの問題をはらんだ、社会派ともいえるサスペンスへと展開していく。このさまざまなジャンルがミックスされ、「次にどんなことが起こるんだ?」とハラハラさせられる連続こそが、この「ミセス・ノイズィ」の面白さのいちばんの理由であるだろう。



 SNS炎上およびメディアリンチの側面は、主人公がお隣さんの嫌がらせを題材とした小説を書き始めたこととも絡み、さらに加速していく。いったん膨らんでしまった悪意がさらに増幅していき、もう後戻りができない事態になっていくのだ。



 構想に3年をかけ、本作のオリジナル脚本を執筆した天野千尋監督(共同脚本は松枝佳紀)は、本作で描いた“SNSの暴力性”についてこう語っている。「個々人が気ままに発する無数のつぶやきが、時にものすごい凶器となって人に襲いかかったり、本人の意図しない形で広がったりする。それは人を傷つけることもあれあれば、自分に跳ね返って傷つくこともあります」と。



 そうなのだ。SNSで何げなく発信した、しかし攻撃性のある言葉は、「人を呪わば穴二つ」になりかねない。誰しもが陥りかねないその事態の恐ろしさを、強烈な展開でもって教えてくれる本作は、何よりの教材となるだろう。



●4:「正しさ」があるかからこその争い



 本作のテーマについて、天野千尋監督は“「正しさ」について考えること”にもある、と語っている。その背景には「争いごとが絶えない根本は、正しさが1つではなく、立場や思想によって異なるから。だから私たちは、自分が正しさを貫くだけだけでなく、相手の正しさにも目を向けることが必要」との思いがあるという。



 そうなのだ。争いごとにおいて、自分が間違っていると思って戦っている人はほとんどいないだろう。自分の正しさを信じて戦っているからこそ、重要なことが見えなくなっていたり、過ちを犯してしまうことも、誰かを深く傷つけてしまうこともあるはずだ。



 そうならないために必要なことの1つが、「なぜ相手がそのことを正しいと思っているのか」と想像することなのではないだろうか。本作はとある巧みな語り口をもって、間違いを犯さないために何ができるのか、もしも間違いを犯してしまった時にどうすれば良いのか、その答えを提示してくれている。



 本作は「お隣さんとのバトル」という発端こそミニマムな物語ながら、SNSの問題に限らない、この世に偏在する全ての「争い」に通ずる寓話になっている。コメディー、ホラー、サスペンスと来て、さらに学びの多いヒューマンドラマに発展する点でも、大きな感動がある。



●5:まとめ(ネタバレが厳禁な真の理由)



 この「ミセス・ノイズィ」は俳優陣の演技も実に素晴らしい。主演の篠原ゆき子の“普通の女性”からにじみ出る倦怠感や怒りの感情は文句のつけようがないし、強烈なお隣さんを演じた大高洋子は個性派俳優として大きな話題になりそうなハマりっぷり。その他の脇を固める面々に至るまで、本当にこういう人はいそう(いる)と思える実在感があるからこそ、本作の物語は真に迫ったものとして感じられるはずだ。



 そして、本作のネタバレが厳禁である理由は、物語中のとある“構造”にこそある。それ自体は名作とされる映画でもよくあるものなのだが、この「ミセス・ノイズィ」においては前述した「争い」および「正しさ」という普遍的なテーマと密接に絡んでいるという点で重要だ。その構造を用いて物語を描いた理由が、「ある瞬間」ではっきりと分かった時、筆者は嗚咽するほどに涙したのだ。



 ぜひ、本作を見終わった後は、自身の行いにフィードバックして、考えてみてほしい。「自分も正しさを信じすぎて、何かを見誤っていないか、争いの中で誰かを傷つけてやしないか……?」と、きっと襟を正すことができるだろう。



(ヒナタカ)


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  • 予備知識ほぼゼロで観たけど、ほんと面白かった。ついでに今日の武蔵野館では、生ナレーション+サプライズの終映後のメインキャストによるマスクプレゼントとお見送りも♪
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