【介護離婚】ワガママ夫を介護する妻に脳腫瘍が発覚、“限られた人生”を前にした決断

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2020年12月13日 20:00  週刊女性PRIME

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週刊女性PRIME

※写真はイメージです

 行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は「介護離婚」を決意した妻の事例を紹介します。

「老老介護」という言葉が世の中に溢れて久しいこのごろ。しかし、悲惨なのは老老介護だけではありません。病人が病人を介護する「病病介護」はもっと大変です。実際のところ、介護疲れがたたって途中で病気を発症するケースも多いのですが、今回の相談者・京子さんもその1人です。

 法律(民法752条)には「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」と書かれています。条文を知らなくても、「夫婦だから」という大義名分があるので、相手を助けなければならないし、相手が助けを求めてきても断りにくいのは実情です。もし自分が病気を発症し、これ以上、相手を助けたくない場合はどうしたらいいのでしょうか? 夫婦だから助け合わなければならないのなら、夫婦をやめればいい。今回、紹介するのは京子さんが「介護離婚」するに至った経緯です。

<登場人物(全て仮名、年齢は相談時点)>


夫:郁夫(60歳。無職)


妻:京子(59歳。パートタイマー。年収160万円)


子ども:幹也(23歳。郁夫と京子の長男。会社員。年収350万円)


夫の弟:隆夫(56歳。会社員)


夫の弟の妻:聖子(55歳。専業主婦)

脳梗塞で倒れた夫を2年間、介護してきたが…

 京子さんの夫が脳梗塞で倒れたのは2年前。脳の器質性障害のため左片麻痺の症状が残ったそう。そのため、障害等級第1級の認定を受け、労災年金と障害年金を受給しながら苦しい生活を強いられてきたようです。京子さんは2年間、夫の身の回りの世話、家事の全般、そして介護を担ってきたのですが、夫のキレやすい性格は昔から変わらず。些細なことで言い合いになるのですが、それでも喧嘩を繰り返しながら結婚生活が続いていくのだろうと思っていたそうです。しかし、事態は一変しました。

 京子さんは8月、市が行っているがん検診を受診したところ、がんではなく脳腫瘍が見つかったのです。担当医は「病気の一因は過度のストレスだろう」と診断しました。「ストレスの対象は主人以外にいません!」と京子さんは泣きそうな顔で筆者に言います。例えば、夫は京子さんの病気が発覚する直前に1人10万円の特別定額給付金を「好きに使わせろ!」と吠えたり、ワガママ放題。これらのことが積もり積もった結果だと言うのです。京子さんは「あんたのせいでしょ!」と伝えたのですが、夫は「俺は関係ない」と突っぱねるだけ。

 京子さんが筆者の事務所へ相談しに来たのは離婚を覚悟したタイミングでした。

「もちろん、私はこれまでの苦痛をお金で保証してほしいという気持ちはありますが、残りの人生は限られています」

 と、苦しい胸のうちを明かします。本来、京子さんは離婚すれば財産分与を請求することができるし、慰謝料だって払ってほしいでしょう。しかし、夫を説得するのに無駄な時間を使い、離婚が遅れ、また苦痛が膨らむようでは本末転倒です。「主人が今すぐ離婚してくれるなら、1円もいらないですよ!」京子さんはとにかく急いでいる様子でした。

このまま結婚生活を続けたら、命にかかわる

 京子さんがいくら「病気の原因はあなたにある」と訴えても、夫は「そのくらい大したことはない」の一点張り。夫は過去の言動について何も悪くないと思っているのでしょう。一方で、京子さん自身は今まで夫に苦しめられ、傷つけられ、悩まされ続けてきた結果、大きな病気にかかったという強い思いがありました。これは、長年にわたり積もり積もった苦痛がどれだけ大きかったのかを表しています。そこで筆者は「因果関係を強調するのはどうでしょうか?」と投げかけました。

「そしてこれ以上、旦那さんと一緒にいたら、病状がどうなるのかを伝えることが大事です」と筆者はアドバイスをしました。今後、京子さんの腫瘍が大きくなったり、良性から悪性に変わったりしたら大変です。それを踏まえた上で京子さんは夫に「このまま結婚生活を続けたら、命にかかわります!」と言い、離婚を切り出したのです。それでも夫は「それなら死んでしまえ!」と強がったのですが、夫婦の間には1人息子(幹也さん)がいます。京子さんは「幹也は私があんたに殺されたって思うでしょうね。一生恨むはず!」と続けたのです。

「上等じゃないか!? 俺がいなくても、やれるものならやってみろよ!!」

 夫はそう吐き捨てると、勢いに任せて離婚届の住所、氏名の欄に記入したのです。夫が離婚の意味……京子さんが夫の介護をやめることを理解していたかどうかは定かではありません。そして、それ以外の箇所は京子さんが記入し、証人の欄は京子さんの妹2人に記入してもらい、すべての欄が埋まった状態で、離婚届を役所へ提出し、無事に受理されたのです。

 筆者が「よかったですね」と言っても、京子さんは嬉しそうな顔を見せないのが気がかりでした。「あいつがハンコを押したんだから!」京子さんは裏返った声でそう言いますが、25年も連れ添った夫と別れたばかり。ようやく夫という存在から解放され、喜びや嬉しさ、そして達成感などを口にしてもよさそうなものですが、京子さんに笑顔はありませんでした。なぜでしょうか?

離婚は悩みに悩んだ末の結論

 法律上、2人は夫婦という間柄だからこそ、夫は妻を、妻が夫を支えていかなければならないのですが、逆にいえば、2人が離婚し、間柄が「元夫婦」に変われば、その限りではありません。元妻が元夫に尽くし続けるかどうかは個人の自由。離婚すれば介護を強いられることはないので、離婚届は紙っぺら1枚ですが、離婚するかしないかは京子さんにとって大違いです。

 息子さんはまだ社会人1年目。夫は実の父親とはいえ、息子さんに夫を引き取らせるのは酷です。そこで近くに住んでいる(夫の)弟夫婦に「あとは任せたから」と一方的にメールを送り、まるで逃げるように家を出てきたのです。後日、京子さんの元に返信はなかったというので、弟夫婦が何とかしたのでしょう。

「今さらあいつ(夫)に何を言われても構いません!」

 京子さんはそんなふうに開き直りますが、決して感情的に突っ走ったわけではなく、悩みに悩み、迷いに迷った末の結論だったことがうかがえました。前述の通り、確かに法律的には何の問題もなく、後ろ指をさされる筋合いはありません。しかし、社会的、常識的、そして倫理的にどうなのか……京子さんには罪悪感や後ろめたさ、後悔の念はこれからも付きまとうでしょう。しかし京子さんは「(離婚届に)ハンコを押したほうが悪い」と元夫に責任転嫁をすることで、何とか精神状態を維持しているように見受けられました。

 離婚が成立したことで、京子さんはようやく手術を受けることになりました。普通の夫婦なら手術の立ち会いや入退院の手続き、身の回りの世話を夫に任せるので、京子さんも離婚を躊躇(ちゅうちょ)したでしょう。しかし、京子さんの夫はまだ麻痺が残っており、何もできる状態ではありません。「(ストレスの対象でしかない)主人がお見舞いに来たら別の病気を発症してしまいそうですよ」と京子さんは苦笑いします。すでに息子さんには話を通しており、手術のときはいろいろ手伝ってもらうつもりだそうです。

介護離婚できるかどうかのチェックポイント

 このように京子さんは介護離婚という苦渋の決断を下したのですが、実際のところ、誰しも踏み切れるわけではありません。介護離婚できるかどうかのポイントをチェックリストにまとめましたので、参考にしてください。

1.すでに夫の介護を始めているかどうか

 まだ夫が元気で心身ともに丈夫なら「もし介護が必要になったら、誰が引き取るのか」をこれから親戚一同でゼロから話し合って決めることができます。

 一方、すでに妻が夫の介護を担っている場合、妻がこれから介護を続けたくないのなら、代わりの人間に頼まなければなりませんが、夫の親戚筋もそれぞれの事情(子どもの教育にお金がかかるので経済的に無理、配偶者の親の面倒をみているので肉体的に無理、兄弟姉妹間の仲が悪かったので心理的に無理など)を抱えているので、説得できない可能性もあります。

2.離婚検討中もしくは協議中かどうか

 離婚検討中や協議中に夫が倒れた場合です。離婚したのに元妻が元夫の世話をしているケースを私は聞いたことがありませんが、すでに「夫との離婚」が頭をよぎった時点で、妻のなかでは「夫に尽くす」という気持ちは消え失せているのでしょう。なぜなら、夫が倒れる前に離婚が成立せず、検討中や協議中の段階にとどまっていたとしても、妻の心のなかでは「離婚したも同然」だからです。「夫を介護したくないから」ではなく、「もともと離婚するつもりだった」というのも介護離婚の理由になり得るのです。

3.過去に「もし夫が倒れたら、どのように暮らしていくか」を個別具体的に検討したことがあるかどうか

 妻が前もって用意周到な準備……例えば、法律等を調べたり、他の親戚に相談したり、自分の心を整理したりした結果、「夫が倒れても家に残る」「倒れたら家を出る」の2択のうち、後者を選んだ場合です。特に躊躇せず、離婚を切り出すことができるでしょう。

 逆に何の準備もせず、その日を迎えた場合や、他の親戚への根回しもせず、夫が倒れた場合はすでに手遅れです。

 なぜなら、夫が倒れた後、妻が何も言わずに夫の世話を始め、ある程度時間が流れていくと、親戚一同のなかで「今のままで」という暗黙の了解ができあがってしまい、今さら「主人のことなんですけど」とお伺いを立てるのは雰囲気的に難しいからです。

4.夫を任せられる兄弟姉妹等がいるかどうか

 今現在、夫と衣食住をともにし、家事全般を妻が行っている状態で夫が倒れた場合、夫を引き取ってくれる夫の兄弟姉妹等がいるかどうかです。引き取り手がいないのに、要介護の夫を残して出ていくのは現実的に難しいです。

 もともと妻1人で夫の世話をしていたのだから、「これ以上、1人で面倒をみるのは無理」と頼み込んだところで、他の親戚は「最後まで面倒見なさいよ!」と門前払いするでしょう。しかし、親戚の中には夫の遺産目当てで妻を厄介払いすべく「あなた(妻)に任せられない!」と猫をかぶるケースもあります。

 妻が「介護離婚」をするなら、事前の準備やタイミング、夫の親戚との関係性が重要だと心得ておきましょう。

露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/

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