『人生おたすけ処方本』著者・三宅香帆が語る、ミーハー読書論「文学オタクもアニメオタクと同じ」

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2020年12月22日 22:21  リアルサウンド

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三宅香帆

 今年も読書週間(10月27日〜11月9日)が、やってくる。さて、本でも読もうか。はて、何を読もうか? 今の気分にピッタリの本を、誰かに見繕ってほしい……そんなかゆいところに手が届く本がある。書評ライター・三宅香帆による『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』(以下、『人生おたすけ処方本』)だ。


参考:『逃げ恥』海野つなみ先生が語る、“ざっくり”な愛情論 「もっとゆるい感じで繋がっていていい」


 眠れないとき、恋愛がしたいとき、死にたいとき……さまざまなシチュエーションにピッタリの1冊を処方(紹介)するというコンセプト。京都大学院で国文学専攻し、書店ライターとしても活躍してきた彼女。親しみやすいエッセイから古典文学まで実に幅広く、その媚びないセレクトもこの本の大きな魅力だ。


 また、その切り口も実にユニークで、風呂に入りたくないとき、カップラーメンを待つ3分間、合コン前の夜など「そのシーンに、この本?」と斬新なチョイスも。だが軽妙な解説を読み進めるうちに「なるほど」と納得してしまう。それも『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(サンクチュアリ出版)でベストセラーとなった三宅ならでは。今回このユニークな本が生まれた背景、さらに本作に込めた想いについて、三宅本人に聞いた。(佐藤結衣)


■「本もエンタメ。もっとミーハーで、不真面目に読んでいい」


ーーどのような流れで、この本ができあがったんですか?


三宅香帆(以下、三宅):私、1冊目の本が書評の本で、ちょっと経ったタイミングで、編集の方に「同世代の人に読んでもらえるような書評の本を」とお声がけいただいたのがきっかけですね。1年くらい前かな。私が大学院にいたころで、このまま研究者になろうか、就職しようかって迷っていた時期で。結局、就職してこの本を書きました(笑)。


ーー研究者でも、作家でもなく、一般企業に就職された?


三宅:はい。専門的な本を出すんだったら、研究者になって専門性を突き詰めるほうがよかったんだと思うんですが、私が書きたいのはみんなに読んでもらえるような本だったので。今は、Web系のマーケティングの仕事をしています。副業がOKの会社なんで、ライター業は続けながら。


ーー一般企業で働きながら、執筆もして……となると、普段はどのくらいのペースで読書を?


三宅:社会人になってからは、ひと月に10〜15冊くらいです。私にとって本は息抜きなんですよ。ちょっと休憩、みたいな感じで手にとるので。それで原稿が遅れることもあったり(笑)。


――本は、昔からよく読まれていたんですか?


三宅:はい、子どものころから本を読むのは好きでしたね。でも小学生のころはどちらかといえば、漫画がメインでした。みんなで『リボン』を読んだり。今、私は25歳なんですが、ちょうど中学生のときに『テニスの王子様』とか、ちょっと少年漫画ブームが女子の中で起きたんですよね。そのうちBL系とかで盛り上がっている友だちが増えて。私も読んだんですけど、そっちにはがっつりハマらず。行き場を失った結果、本にいったという感じですね。


――具体的には、どんな本を手にとったんですか?


三宅:氷室冴子さん、恩田陸さん、有川浩さんの作品とかですね。読み進めるうちに海外文学や古典を元ネタにした作品があると知り、そこから“元ネタも読みたい”という感じで入っていきました。それから俵万智さんの『恋する伊勢物語』という解説本と出会って、文学部に行って古典を勉強しようって思うようになったんです。そういう学部に行ったら、同じように話せる友だちがいるかも、という期待もあり。


ーー実際に、そういうお友だちは増えましたか?


三宅:文学部に行って1番よかったのは「川端康成の『雪国』のあそこがいいよね」とか、平安時代のコスプレをして寝殿造りに泊まれる旅行に行って「源氏物語を今キャスティングするなら誰?」っていう話で盛り上がれる友だちができたところですね。当然ながら、光源氏役を誰にするかでモメました。とりあえず、そのときは堺雅人さんで満場一致を得ました。紫の上は、綾瀬はるかさんで(笑)。


ーーコスプレにキャスティング! 古典が一気に身近に感じますね。


三宅:文学って、基本ミーハーに楽しまれてきたものなんじゃないかと思っていて。私は本好きというか、もう文学オタクなので。好きなものについてファミレスや電話でいつまでも話せるので。アイドルオタクとか、アニメオタク、みたいなくくりとまったく同じです。読書や文学が高尚になったのって、本当に最近のことなんですよね。……ちょっと語ってもいいですか? 例えば『伊勢物語』って、その時代その時代で、人が書き写して伝承されていったものなんですが、“この恋の話、実はあの人とあの人のことだよ”ってゴシップ風に書き換えられた歴史があるって研究で知って、面白いなーって。それから鎌倉時代に書かれた宝物集の一編では「紫式部は人に嘘をついた罪で地獄に堕ちる」みたいな説話が結構流行ったんです。でも、後の時代で紫式部と『源氏物語』が好きな人によって、「実は仏様になったのよ」っていう話に書き換えられた、みたいな話もあって。私、感動したんですよね。「ファンによる二次創作じゃん!」って(笑)。


――それって、現代にもよく見かける風景ですよね!


三宅:そうなんですよ。作品に対する解釈は変わっても、ファン心理って変わらないんだって興奮しちゃって! 


ーーお話を聞いて、古典文学をもっと読んでみたくなりました。


三宅:そう言ってもらえると、すごく嬉しいです。今だったらアニメとか漫画とか舞台とか、TVドラマでも古典や海外文学を原作にしたものもよく見かけます。本だってエンタメだし、もっとミーハーで、不真面目に読んでいいんじゃないかと思っているんです。衝撃だったのが福沢諭吉先生が「小説は体によくない」みたいな感じのことを言っていたらしくて。明治のころの小説って、全然今と捉えられ方が違うなって思ったんですよね。夏目漱石先生のおかげですよ、こんなに小説の地位が向上したのは。


ーー今と全然違いますね。


三宅:本当にそう思います。考え方って時代によって変わりますからね。それこそ文学しか楽しみがなかった時代には、もっと下世話な本もたくさんあったでしょうし。そうやって、残ってきたものだから立派な本ばかり、っていう印象になったのかもしれませんが、基本はもっと気楽に手にとってもらいたいなって。


■「スマホのネット記事では救われないところを、本が救ってくれる」


――『人生おたすけ処方本』でも、「○○なとき」っていうのがすごくユニークですよね。「お風呂に入りたくないときに読む本」とかすごくリアルで笑っちゃいました。


三宅:このお悩みのところは、編集者さんが考えてくれました。そのお題に対して、どう答えようかなっていう感じで進めていったんですけど。無茶振りに近いところも(笑)。それに対して私も天邪鬼なので、あんまりそのまま素直に出すみたいな方がむしろ少ないみたいなところがあって。


ーー確かに「カップラーメンができあがるのを待つときの本」の本は、絶対3分で終わる本がくると思ってたんですけど……。


三宅:普通だったらそうですね。だから逆に、めちゃくちゃ長い本を出しました!「合コン前に読む本」も、どっちも長い海外文学にしたんですけど、この前男の子の友だちから、「ちょうど合コン前だったから見てみたけど、あんな長いの読む暇ないから!」ってツッコまれました。ちなみに、その後「合コン惨敗した」と連絡がきたので「読んでないからだよ、今度はちゃんと読んで行って」と念を押しておきました(笑)。


ーーその後が気になりますね(笑)。でも、こういうリアルな場面を逆引きにすることで、生活と読書が繋がりやすくなるなと感じました。


三宅:ありがとうございます。本って、もちろん楽しい趣味として読むのもいいんですけど、自分の中で悩んだときとか、辛いときに助けられる、みたいな場面もすごく多くて。「処方本」という形にしたのも、スマホで読むネット記事では救われないところを救ってくれる本っていうコンテンツがあるよって、伝えたかったんですよね。


――なるほど。たしかに、ネットで記事を読むタイミングに比べて、本を手に取るきっかけは減っているかもしれません。


三宅:やっぱりスマホとかだと自分向けのコンテンツがメインになっちゃうんですよね。例えば同世代の同性の人が書いたブログとか、読んでてすごく面白いんですけど、それだけだとやっぱり世界が狭くなっちゃうというか、偏っちゃうなと。


――同じところでグルグルしそうだったら、いっそ読むものを変えるのも手と?


三宅:はい。本だと、全然知らない国のおじさんの考えてたことを読んで「へー、こんな時代もあったんだ、でもめっちゃ共感できるー!」みたいな発見もあります。やっぱり古典文学って、時代をこえて現代まで残ってるってことは、それだけ考えが深められていることが多いんですよね。だから、そういう意味ではすぐに結論がでる悩みにはネット、人生をかけて答えを見つける悩みは本、という感じで捉えると相性がいいのかもしれません。


――本を手に取るハードルが、グッと下がりました。


三宅:それは、すごくありがたいですね。本って、ちゃんと読み終わらきゃとか考えすぎないほうがいいんじゃないかって思うんですよ。ちょっとかじって面白かったら読み続けて、そうじゃなかったら閉じるくらいの感覚で。難しい本とか、一語一句理解して登場人物全員覚えて……とかしなくてもいいんじゃないかなって。なんとなく読んでるうちにだんだん意味がわかってくる、とかもありますから。


■「“こういうことがしたいんだ”と、原点回帰できる本を」


ーー今までたくさんの本を読まれて、文章を書く上で影響を受けた方はいますか?


三宅:この本の中だったら豊島ミホさんの『夏が僕を抱く』(2009年/祥伝社)とか、さくらももこさんの『たいのおかしら』(1993年/集英社)、マーガレット・ミッチェルさんの『風と共に去りぬ』(1936年/新潮社)も、何度も読み返してますね。めちゃくちゃ元気が出ます。なかでも、影響を受けたのは橋本治さんの文章でしょうか。難しいことを噛み砕いて説明していて、すごくいいなって思います。今回も『恋愛論』(1986年/講談社)をご紹介させていただいているんですが、恋愛をテーマにした本って、だいたいハウツー的な実用書になるか、自分の体験を語るエッセイになるか、どちらかだと思うんですが、橋本さんの場合はそこがちゃんと接続しているのがすごいなと思っています。


――講演の様子を、まとめられた本ですよね。


三宅:はい。その展開がすごくスリリングで、かつ人間の深淵を見た、みたいな気持ちになるというか。最初は一般論で始まるんですけど、最後は泣き出すくらい自分の恋愛の真理みたいなところにたどり着くんです。“薄々そうだと思ってたけど、やっぱりそうですよね”みたいな。“ですよねー”と思いつつも、わかっちゃうとちょっと悲しいみたいな。


ーー何年もかかって噛み砕くっていうようなフレーズとか。


三宅:そうですそうです。だから『恋愛論』とかもやっぱり若いときに読んで、そして年取ってから読み返すとか楽しそうだなと思います。私これ最初に読んだの20代になってからだったので、10代のうちに読みたかったなって。


ーー最後に、個人的な質問なんですが「原稿の締め切りに追われているときに読む本」はどれですか?


三宅:私は、「原稿書かなきゃ、でもなかなか書き出せない〜」っていうときには、恩田陸さんのエッセイをいつも読みますね。本当、もう暗唱できるくらい読んでます。“こういうテンションで文章書けたらいいな”って読みながら思うんですよ。原稿を書かなきゃーって追いつめられたときは、自分の書きたい文章に似た本を読むのがオススメですね。


ーーなるほど。“私、こういうのが面白いと思ってた”みたいな、心地いいリズムを取り戻せる感じですね。


三宅:そういうのありますよね。そういう原点回帰みたいな本を、何度も読み返すのがいいと思います。新しい本を読むとちょっと読みすぎちゃうので(笑)。あと、田辺聖子さんとか、俵万智さんとかもリズムが合うので読んだりしますね。


ーー確かに『人生おたすけ処方本』も、『恋する伊勢物語』のように作品の魅力を読みやすくして紹介しているという意味では近いですもんね。


三宅:「自分はこういうのがやりたいんだ」に近いことをやり遂げた人の本は、とても勇気をもらえるのでオススメです。自分を落ち着かせて、さらに少しだけ勢いをつけてくれる本を、ぜひ見つけてほしいですね。(佐藤結衣)


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