第54回 2020 コロナ禍のテレビを振り返る

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2020年12月27日 02:10  ソーシャルトレンドニュース

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ソーシャルトレンドニュース

"第54回 2020 コロナ禍のテレビを振り返る"

嘘みたいな話だが、もう師走である。

――ということは、このコラムも2020年のテレビを振り返る季節になった。とはいえ、少々例年とは趣が異なる――コロナだ。新型コロナウイルス感染症。必然的に、今年のテレビを振り返ることは、コロナ禍のテレビを振り返ることと同義語になる。

そう、2020年は、テレビにとって大変な年になった。まぁ、大変なのはテレビ業界に限った話じゃないけど、他業界と比べても、テレビがかなり深刻な状況だったのは間違いない。もちろん、まだコロナは収束していないので、先行きは依然不透明だけど――。

現状、2020年のテレビにとって一番影響が大きかったのは、やはり東京オリンピック・パラリンピックの延期だったろう。各局、世紀の大イベントに向けて数年前から準備を費やしてきたし、7月クール(7〜9月)の3ヶ月間は、大会の番宣や中継に加えて、ドラマやバラエティなどの特番もかなり用意していたと聞く。

早い話が、それらが全部吹っ飛んだのだ。正式に延期が決まったのが、今年の3月24日。そこから7月クールを編成し直したのだから、これは前代未聞のことである。日本のテレビ67年の歴史の中でも、初めての経験だったに違いない。

今、コロナ禍のテレビを書き記す意味

思えば、日本のテレビの歴史は、数々の受難の歴史でもあった。1973年のオイルショックの時は、電力不足から深夜放送を自粛させられたし、1988年の秋から冬にかけての昭和天皇重篤化の際は、バラエティにおける過度な笑いがご法度になった。2011年の東日本大震災の後は、CMが軒並みACジャパンに差し替えられ、日々、お茶の間は「ポポポポ〜ン」と向き合うハメになった。

しかし――その度にテレビはそれら苦難を乗り越え、新しい扉を開いてきた。深夜番組は安易に削られないよう、その存在感を増し、バラエティはお笑いから学びまでテーマが多様化し、テレビCMはインパクトよりも共感を求めるようになった。となれば、このコロナ禍におけるテレビの記憶も、将来、何かプラスに働くかもしれない。

すべては“志村さんショック”から始まった

思い返せば、テレビで「コロナ」が遠い世界の出来事でなく、僕ら日本人にとって“肌感覚”で身近なものと意識されるようになったのは、コロナが報道されて2ヶ月以上も過ぎた、3月30日の月曜日の朝だったと記憶する。キッカケは、志村けんさんの訃報を伝えるニュース速報だ。「29日夜、新型コロナウイルスに感染して入院中のコメディアンの志村けんサンが死去。70歳」と。コロナ関連で、著名人初の犠牲者だった。

それまでテレビは、ニュースやワイドショーで再三コロナを報じても、どこか他人事のようだった。それが初めて“自分事”として、お茶の間も含めて「待てよ」となったのが、志村サンの訃報だったのだ。いわゆる“志村さんショック”である。


テレビの中もソーシャルディスタンスに

実際、この日を境に、ニュースやワイドショーのスタジオは、軒並み出演者が間隔を開けて座るようになった。ようやく“ソーシャルディスタンス”が実践されたのだ。それまでテレビが再三「3密」や「マスク」などの感染対策を呼び掛けても、今ひとつお茶の間に響かなかったのは、マスクは仕方ないにしても、当のスタジオが3密だったからである。

ただ、間隔を開けて座ると、以前と比べてカメラが引きの画になってしまい、出演者の表情が読み取りにくいという副作用も起きた。そこで、NHKの『ニュース7』が編み出した“発明”が、アナウンサー同士が前後に間隔を開けて立つ、“縦方向”のソーシャルディスタンスだった。なるほど、これなら寄りの画でも2人が同一フレームに収まる。さすが公共放送、NHKの知恵である。

志村サン追悼番組は軒並み高視聴率に

それはそうと、驚いたのは――各局が急遽編成した志村さんの追悼番組が、軒並み高視聴率だったこと。先陣を切って4月1日に放送されたフジテレビの『志村けんさん追悼特別番組 46年間笑いをありがとう』は、ドリフの3人のメンバーが総出演して、あえて湿っぽい演出を避け、明るく故人を送り出したのが功を奏したのか、なんと21.9%――。

その2日後の3日には、TBSの『中居正広のキンスマスペシャル 特別放送…1年前に志村けんさんが語ってくれたこと』が、同局の豊富な「全員集合!」のVTRを放出して、こちらも20.1%と高視聴率。更に翌4日の日テレの『天才!志村どうぶつ園・大好きな志村園長SP』に至っては、唯一のプライムタイムのレギュラー番組の強みを発揮して、追悼番組で最高の27.3%を記録した。

志村サンの訃報から在宅率が上昇

正直、生前の志村サンに、そこまで数字が付いているイメージはなかった。高視聴率の要因の1つは、著名人初のコロナの犠牲者というインパクトの大きさだろう。日本人が初めてコロナの恐怖を身近に感じ、夜の街を避けるようになった結果、皮肉にも在宅率が上がったのだ。また、“生涯一芸人”を貫き通した志村さん流の生き方も、ここへ来て故人のイメージを高める追い風になった。

興味深いのは、これは後に専門家会議などの検証で明らかになる話だけど――日本におけるコロナ感染の第一波のピークが3月末だったこと。そう、志村さんが亡くなられた時期とピタリと重なる。つまり、僕ら日本人は4月7日からの緊急事態宣言の前に、既に志村サンの訃報に接して、外出自粛やテレワークなどのコロナ対策に舵を切ったのだ。言うなれば、志村サンは死をもって、僕ら日本人に警鐘を鳴らしてくれたのである。

コロナ禍のファーストインパクト

さて、コロナを身近なものと初めて認識したのが志村サンの訃報だったとすると、コロナ禍におけるテレビ番組の変化を、僕らが初めて目にしたのはいつだったか。思うに――それは、3月8日に始まった「大相撲」の春場所の中継ではないだろうか。太平洋戦争の昭和20年以来、実に75年ぶりの無観客開催となった、あの場所である。

当時、プロ野球は既に無観客でオープン戦を行っており、特に違和感は覚えなかったので、場所前、僕らは「大相撲も似たようなものだろう」と甘く考えていた。しかし――初日のテレビ中継を見て、お茶の間はその異様な光景に愕然とした。

それは、土俵の背景に無人の座布団が一面に広がる、これまで見たことのない恐ろしい世界だった。プロ野球中継は、画面に映る8割はグラウンドである。無観客でも、それほど大きな違和感はない。一方、大相撲中継は、逆に画面の8割が、砂っかぶりと言われるタマリ席やマス席だ。それが一面――無人なのだ。

そう、あの満員の観客も含めて“大相撲の興行”だったことに、この時、僕らは初めて気づかされたのである。

無観客の大相撲が教えてくれたもの

一面に広がる無人の座布団――。
かつて見たことのない異様な光景に、お茶の間は息を飲んだ。だが、しばらく見続けていると、僕らはあることに気付いた。――音である。

呼び出しの声、仕切り中の力士の気合、行事の掛け声、立ち合いのぶつかり音、取組み中の息遣い、そして投げ技が決まって土俵に叩きつけられる音、etc――

それは、新鮮な発見だった。これまで満員の観客のざわめきにかき消されていた音が、無人の館内ゆえに掘り起こされたのだ。相撲が本来「神事」であり、また、肉体と肉体がぶつかり合う「格闘技」であることを、改めて認識させられた瞬間でもあった。「いや、これはこれで悪くないかもしれない」

もちろん、ずっとこれを見させられるのは困るが、一場所くらい、こんな大相撲も悪くない――あの時、多くの相撲ファンはそう感じたのではないか。そう、禍を転じて福と為す、と。

4月クールの連ドラが続々延期に

話を志村さんショックの頃に戻そう。
3月末、ようやくコロナが“自分事”と気づいたテレビ局は、4月に入ると一気にコロナモードへ舵を切る。

先陣を切ったのは、“ドラマのTBS”だった。年度初めとなる4月1日、4月クールのプライムタイムの3本のドラマ――『半沢直樹』、『私の家政夫ナギサさん』、『MIU404』の放送延期を早々に発表したのだ。ドラマは制作に携わるスタッフが多いので、どうしてもロケ移動やスタジオ収録に感染リスクが伴う。それを懸念しての措置だった。その辺りの行動の早さは、さすが民放一「労組」の強いTBSである。

これを機に、他局も一斉に追随する。テレ朝は『BG〜身辺警護人〜』、日テレは『ハケンの品格』、フジは『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』等々、各局とも4月クールの目玉ドラマの放送延期を次々に発表した。

そして4月7日――政府が全国を対象に一ヶ月を目途とした緊急事態宣言を発令するに至り、テレビは先の見えない“長いトンネル”に入ったのである。

にわかに注目を浴びた“再放送”の存在

さて、そうなると問題は、延期されたドラマ枠で何を流すか――という話になる。これまで日本のテレビ史において、諸般の事情で1、2週、新番組の開始が遅れることはあっても、一ヶ月以上も放送延期が続くのは前代未聞のことである。

そこで、にわかに注目を浴びたのが、“再放送”だった。そう、このコロナ禍に起きたテレビの3大潮流の1つが、再放送のクローズアップ――。とはいえ、サマーシーズンに、プライムタイム(19時〜23時)で普通にドラマの再放送を流すアメリカなどと違い、日本ではドラマやアニメの再放送は、午後の時間帯の“消化試合”という趣が強い。

日本の民間放送は、番組ごとにスポンサーが付いて制作費も拠出してもらう、世界でも独自のビジネスモデルである。一方、アメリカでは、スポンサーはテレビ局と直接契約して、番組制作には携わらない。どの番組でCMを流すかは、局の裁量になっている。

そう、日本でプライムタイムに再放送を流すとなると、番組を提供するスポンサーとの予算も含めた調整がネックになる。それもあって、日本では長らくプライムタイムの再放送は、タブーとされてきたのである。

「特別編」で、再放送を“新作”にする錬金術

だが、もはや四の五の言っている場合じゃない。代替番組を作る時間はないし、そもそも緊急事態宣言下では番組制作すらままならない。

そこで、民放各局が考えたのが、比較的最近のドラマで評判のよかった作品に一部編集を施し、「特別編」と称して再放送することだった。これならスポンサーには、一応“新作”と言い訳ができる。ある意味、錬金術だ。例えば、TBSの『MIU404』の代替番組は、2015年と17年に同じ「金曜ドラマ」枠で放送された『コウノドリ』の「傑作選」になった。これなら綾野剛と星野源が共演しているので、『MIU〜』の番宣にもなる。

また、テレ朝の『BG〜身辺警護人〜』や日テレの『ハケンの品格』といったシリーズものは、前シリーズを「傑作選」や「特別編」と銘打って再放送することにした。ただ、それはお茶の間をスムーズに新シリーズに誘導できる反面、やりすぎると新作の新鮮味が薄れるというデメリットも指摘された。その点、TBSの『半沢直樹』は、元々予定されていた前シリーズの総集編を一旦延期。そして、『半沢〜』と同じ福澤克維演出作品の『下町ロケット』や『ノーサイド・ゲーム』の「特別編」を流すことで、適度にお茶の間の飢餓感を煽ったのである。

15年前の作品ながら、話題と視聴率が急騰!

そんな中、ひと際異彩を放ったのが、日テレの『未満警察 ミッドナイトランナー』の代替番組だった。再放送に選ばれたのは、同じ「土曜ドラマ」枠で15年も前に放送された『野ブタ。をプロデュース』である。なんと2005年の作品だ。ジャニーズのバディものという以外、特に両ドラマに共通点もなく、番宣になるとも思えなかったが――いざ放送されると、「懐かしい」「面白い」とSNSで大盛り上がり。そして11.0%という、並みいる再放送の中でもトップレベルの高視聴率を叩き出したのである。


同ドラマ、メインキャストは、亀梨和也(修二)と山下智久(彰)のバディに、ヒロイン信子役に堀北真希。脚本は名人・木皿泉さんである。当時、亀梨クンと山Pは19歳と20歳。ホマキに至っては17歳で、彼らは違和感なく高校生を演じることができた。木皿サンも一番脂が乗り切っていたころで、当時、原作以上のクオリティとの評価の声もあった。更に、「修二と彰」が歌う主題歌『青春アミーゴ』もミリオンセラーの大ヒットを記録したのである。

そう、『野ブタ。をプロデュース』は紛うことなき傑作だった。つまり、面白いドラマは時代を経ても変わらず面白いことを、同ドラマは証明してくれたのである。

90年代の名作ドラマが再放送されない理由

かくして、『野ブタ〜』の成功は、テレビ界に思わぬ朗報をもたらした。名作の再放送はお茶の間の反響も大きく、十分、ビジネスになると。だが、名作ならなんでも再放送できるワケではなく、実はスポンサー以外に、再放送を拒む要因がもう一つあった――出演者である。

思えば近年、ドラマの再放送は減る傾向にある。要因として、午後帯のワイドショーが拡大した結果、再放送枠が減ったのと、諸般の権利関係で昔のドラマが再放送しづらくなったからである。

実は2000年代初頭、著作権法が何度か改正され、テレビ局はドラマの再放送でも、出演者へのギャランティの支払いが義務付けられるようになった。そのため、現在のドラマの出演契約は、あらかじめ再放送の回数を決め、それも含めた契約が行われている。一方、法改正前のドラマを再放送するには、その都度、出演者へ連絡を取り、ギャラを支払わないといけない。しかし、連絡のつかない俳優がいると――ドラマ自体が再放送できないのだ。

実際、日本国内の映像コンテンツの二次利用の権利処理を一括して担う「一般社団法人 映像コンテンツ権利処理機構」のサイトを見ると、連絡のつかない出演者の一覧がある。これが結構な数なのだ。連ドラ全盛期の90年代の有名作品も少なくない。近年、過去のドラマの再放送が激減したのは、そういう事情もあるのだ。

名作の再放送ブーム来たる

――とはいえ、テレビ局は、『野ブタ〜』で盛り上がった、この名作ブームの機運を逃したくない。そこで、権利関係が処理された以下の名作たちが、栄えある“再放送”に選ばれたのだった。

4/18〜5/3
『JIN−仁− 再編集版』(TBS)

5/19〜7/5
『逃げるは恥だが役に立つ ムズキュン!特別編』(TBS)

5/31〜6/21
『愛していると言ってくれ 2020 特別版』(TBS)

6/3〜7/12
『ごくせん(第1シリーズ)特別編』(日本テレビ)

――そして、いずれもオンエアされると、SNSで盛り上がったのは承知の通りである。中でも、5月末から6月中旬にかけて、4週連続で日曜の午後に3話ずつ再放送されたTBSの『愛していると言ってくれ』は、番組冒頭でメインキャストの豊川悦司サンと常盤貴子サンの25年ぶりのリモート同窓会も行われたりして、特にSNSの反響が大きかった。

若い視聴者も名作の再放送に好感触

そうそう、同ドラマ、改めて大きな収穫だったのは、初めて見る若い視聴者からも「感動した!」「こんなドラマを見たかった!」などの声が多数、聞かれたこと。そう、いいドラマは時代を経ても価値が変わらないことを、改めて証明したのである。これぞ、温故知新と言えよう。

とはいえ、それらはまだ序の口。なんと、予想もしなかった名作の再登板に、僕らは更に歓喜した。実に42年前のアニメ――それも、あの名監督の初監督作品が再放送されることになったのである。

42年前の名作アニメ、再放送へ

そのアニメの名は、『未来少年コナン』。そう、かの宮崎駿監督の記念すべき初監督作品だ。放映されたのは1978年。実に42年前のことである。

事の次第はこうである。
4月7日に緊急事態宣言が発令されると、アニメもドラマ同様、制作が困難になった。素人目には、アニメの制作環境はリモートに向いてそうだけど、実のところ、各工程で細かなチェックが求められ、今の脆弱なアニメプロダクションの設備では、完全リモート作業は難しいとか。それと、なんと言っても最終段階のアフレコ作業がどうやっても「3密」が避けられない。

かくして、NHKで放映中のアニメ『キングダム(第3シリーズ)』は3話をもって一時休止となり(来年春再開予定)、その代替番組として一躍抜擢されたのが、NHKで42年前に放映された『未来少年コナン』だったのである。

『コナン』の再放送が容易にできたワケ

このニュースが発表された時、SNSはちょっとした騒ぎになった。キムタクじゃないけど「ちょ待てよ」状態だ。瞬く間に「いいね」が3万を超えた。

なんたって宮崎駿監督作品だ。小うるさそうなオヤジなのに、短時間で再放送にすんなりOKが出たという意外性もあった。これ、種を明かすと、『未来少年コナン』の著作権を持っている会社は、かつて宮崎駿監督も在籍し、同アニメを制作した日本アニメーション。ジブリじゃないんですね。

もちろん、宮崎駿監督にも話を通してあるけど、最終決定権は日本アニメーションにある。おまけに、今回はNHKサイドも、42年前の本放送以来となる29分のノーカット放送(全編デジタルリマスター版)という配慮を見せ、宮崎監督も再放送に異論はなかったのである。

上下のカットに文句を言うのは筋違い

そうそう、今回、オンエアでは当時の4:3の画面サイズを現在の16:9に合わせるために上下をカットして放送したんだけど、これについて、SNSで「NHKは原作へのリスペクトが足りない」などと批判する声も少なくなかった。でも、僕なりの見解を言わせてもらうと、42年ぶりにノーカット放送してくれたことに、まず感謝しようよ、と。それに、本当に作品をリスペクトするなら、まず、あなた自身がお金を出してDVDなりBlu-rayを買って視聴することが本筋だろうよ、と。

まぁ、テレビというメディアは、その性質上、視聴者の8割くらいは目的視聴ではなく、“偶然視聴”のお客さんなんですね。深い理由もなく、たまたまテレビをつけたら、面白そうなので、そのまま見入った人たち。そんな彼らに楽しんでもらうために、上下をカットして画面いっぱいのフルサイズで見てもらうことは、テレビ局としては当然の処置。つまり、四の五の文句を言う前に、みんなで同じ時間に『コナン』を見られて、感想を共有できることに感謝して、素直に楽しもうよ、と――。

オール宮崎アニメの原点

それにしても、今回、僕自身も久しぶりに『コナン』を見ているけど――いやはや、42年前とは思えぬ面白さに改めて驚く。キャラ、ストーリー、台詞、絵、演出、すべてにおいて秀逸。全26話、まるで捨て回がない。

それもそのはず、宮崎アニメがまだエンターテインメント志向だった時代の作品なので“冒険活劇”全開だし、コナンとラナの“ボーイ・ミーツ・ガール”の要素もある。更には、後に『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』、そして『もののけ姫』らに受け継がれる“自然との共生”という大テーマも背景にある。つまり、オール宮崎アニメの原点だ。これが面白くないワケがない。

ただ、笑ったのが、冒頭のナレーションで「西暦2008年7月…」って、言っちゃうところ。オンエア当時は遥か未来に思えたけど、令和の時代からすれば、10年以上も過去の話。もはや『むかし少年コナン』だ。要するに、42年という時間は、それくらい長い年月だったんです。

4月クール連ドラ“生き残りレース”

さて、4月クールの連ドラについて、一応、その後の動きもフォローしておこう。

前述の通り、開始前に早々に放送を延期する作品たちが見られた一方、早めにクランクインした関係で「行けるところまで行く」と、男前(?)な展開を見せる作品たちもあった。ただ、それらが週を追うごとに1つ去り、また1つ去りと、まるで生き残りゲームのような様相を見せたので、これはこれで見応えがあったのも事実である(笑)。

フジの『SUITS/スーツ2』は、他局の目玉ドラマが軒並み初回から棄権するのを横目に、「ウチは準備期間が違うんでネ」とばかりに1話、2話と積み重ねるも、そこであっさりストックが尽きて、3週目以降はあえなく『コンフィデンスマンJP』傑作選へ――。

その一方、俄然、存在感を増したのが、テレ朝のシリーズドラマたちだった。シリーズものゆえの安定感からか、『特捜9』と『警視庁・捜査一課長』は順調に3話、4話と回数を重ねるも――やはり、こちらも弾が尽き、前者は4話で脱落。後者も6話で休止となった。

勝者は意外な結果に!?

その結果、プライムタイムで残るのは、クランクインが図抜けて早かった日テレの『美食探偵 明智五郎』と、テレ東の『行列の女神〜らーめん才遊記〜』の2つに絞られた。ところが――「この壮絶な連ドラ生き残りゲーム、勝者の行方はいかに?」と思われた矢先、『美食〜』は7話以降、収録できておらず、一方の『行列〜』は全話撮影済みであることが判明。ここに至り、まさかのテレ東のドラマが、4月クールをただ一人、リアルタイムで完走することが決したのである。

その様子は、まるで2002年のソルトレークシティ冬季五輪のショートトラックで、前を走る選手らが全員転倒。一人残った最後尾のオーストラリアのブラッドバリー選手が金メダルを取ったレースを彷彿とさせるような珍事だった。

スタジオはリモート体制へ

話を戻します。このコロナ禍におけるテレビ界の3大潮流の1つが「再放送」だとすると、2つ目は――さしずめ「リモート」ではないだろうか。

そう、ワイドショーや情報番組などにおいて、スタジオにおける3密回避やソーシャルディスタンスの必要性から取り入れられた措置である。出演者をMCなどの最小人数に減らし、ゲストなどは、外部からリモート出演してもらう。実際、4月7日の「非常事態宣言」の発令を受け、その週から各番組とも一斉にリモート体制に入った。

とはいえ、正直、まだまだリモート体制に技術的な改善の余地があるのは、お茶の間の皆さんも感じていたと思う。最大の問題は“タイムラグ”だ。ネット回線だと、どうしても時差が生じて、スタジオとのやりとりがちぐはぐになる。まるで海外とやりとりしているように。

可哀想なのは、リモート出演する、ゲストのお笑い芸人たちだった。彼らはスタジオとのやりとりを通して、単なるコミュニケーションだけでなく、“笑い”も取らないといけない。でも、タイムラグがあると、ほんの0.1秒でもズレたら、ウケるものもウケない。これは芸人たちにとっては致命傷だった。

『とくダネ!』は逆パターンに

そうかと思えば、逆に、番組の「総合司会」がリモート側に回るケースもあった。フジテレビの『とくダネ!』の小倉智昭サンである。まぁ、73歳というお年を考えれば、妥当な措置だったろう。それはいいんだけど、驚いたのは、これがお茶の間の意表を突くクオリティの高さだったのだ。

まず、小倉サンのモニターはいつも座っている定位置に置かれ、しかも等身大で画像が表示されるので、ぱっと見、まるでそこに座っているかのように錯覚する。しかも、リモート先の小倉サンの書斎の背景の本棚と、スタジオの背景のセットの棚を同じ高さと色合いにする凝りよう。更に画像の解像度はめちゃくちゃ高く、スタジオとの会話のタイムラグも全くなかった。


リモートでタイムラグがなかった理由

そう、完璧なリモート中継だったのだ。これ、種を明かすと、通常のリモートはインターネット回線でつなぐところ、『とくダネ!』は小倉サンの書斎のあるビルの屋上に専用のアンテナを設置し、事件現場の中継に使われるのと同じFPU回線を使って、やりとりしていたんですね。要は、1日限りのゲストじゃなくて、毎日出演するMCだから、ちゃんとお金をかけてリモート体制を整備した、と。だから、スタジオにいるゲストとタイムラグなく会話ができたんです。ある意味、“逆転の発想”が生んだ成功例だった。

ただ、ちょっと笑ったのが、小倉サンのモニターが木目の額縁で、まるで“遺影”のようでもあり、中の小倉サンがあまりに自然にスタジオの伊藤利尋アナらと会話するもんだから、まるで天国にいる小倉サンが地上と交信しているように見えたこと――。おっと、冗談です(笑)。

気概を見せた日テレのバラエティ

もちろん、リモート体制はそれらワイドショーや情報番組に止まらない。バラエティやドラマにも及んだ。

バラエティでよく見られたケースは、冒頭でMCがフリだけ入れて、あとは総集編を流すパターンだ。わざわざスタジオを設ける必要がないので、会議室などで背景をクロマキー処理した画面にMCが登場して、冒頭で軽くテーマ振り。あとはひたすらナレーションベースの総集編。まぁ、事実上の再放送だ。

ただ、全てのバラエティがそうしたワケじゃなくて、ここで微妙に他局に差をつけたのが日テレだった。例えば、『今夜くらべてみました』は、スタジオにMCのフットボールアワーの後藤サンが1人だけいて、他の出演者は全員リモート出演。SHELLYサンや指原莉乃サンらレギュラー陣を始め、ゲストも複数人登場して、そんなZoom会議のような体制で、なんと力技で新作の3時間スペシャルを作ってしまった。

また、同局の『有吉反省会』に至っては、広大なスタジオに出演者全員、過剰なソーシャルディスタンスを確保して、笑っちゃうくらいバラけて着席。そんな異様な光景を楽しみつつ、普通にレギュラー放送をこなしていた。

笑いの見せ方にこだわったフジ

そうかと思えば、元祖「楽しくなければテレビじゃない」フジテレビのように、コロナ禍でも笑いの見せ方にこだわる局もあった。例えば、『ホンマでっか!?TV』は、スタジオに明石家さんまサンと心理評論家の植木理恵サンの2人だけがいて、他はリモート出演。さんまサンに「やっと2人きりになれたね」と言わせながらも、植木サンに近づこうとすると足元に引かれた線で近づけないという、ちゃんとソーシャルディスタンスを生かした笑いを見せてくれた。

また、同局の『全力!脱力タイムズ』は、スタジオにいる有田哲平サンらMC陣と、別室にいる“全力解説員”の吉川美代子サン、岸博幸サンらが「テレワーク」と称してやりとりするも――肝心なところで回線が悪くなるというベタな演出(バラエティのお約束ですね)。こちらも、リモートというネガティブな環境を逆手にとった笑いを提供してくれた。

コロナ禍で可視化された大事なバラエティ

これら一連のバラエティのリモート演出で分かったことがある。それは、各局が力を入れているバラエティの“可視化”だ。要は、単純に総集編で済ませた番組と、試行錯誤しながらも新作をオンエアした番組の差である。もちろん、後者の方が局として大事にされているのは間違いない。

興味深いのは、TBSの『水曜日のダウンタウン』のように、総集編を流しながらも、MCのダウンタウンを出演させなかったケース。要は、2人を出すからには総集編であれ、リモートであれ、それなりにクオリティの高い笑いを提供しないといけない。それができないなら、いっそ出さない――恐らく、同番組の演出を担当する藤井健太郎サンには、そんな思いがあったのだろう。これもまた、局として大事にされている番組の証しである。

リモートもいいけど、やっぱりロケ

ただ、お茶の間にしてみれば、コロナ禍のロケができない状況でも、頑張って新作をオンエアしている番組は評価したいけど――じゃあ、それが面白いかと問われれば、それはまた別の話。ぶっちゃけ、当初は物珍しさで見ていたけど、次第に変わりばえのしないリモート画面に飽きてきたというのが、正直な感想だろう。やはりみんな、ロケの広い画を見たいのだ。

考えてみれば、2020年は本来、オリンピックイヤーであり、同大会の中継を始めとして、高画質の4K放送や8K放送がクローズアップされる予定だった。それが一転、リモート放送の粗い画面と音声のタイムラグという、テレビ草創期に立ち返ったような初歩的な“ローテク”に悩まされる日々が来ようとは、なんとも皮肉な話である。

リモート・ドラマの矜持とは?

一方、ドラマにおけるリモート体制は、さすがに映像や音声面での技術的な問題はなかったものの、こちらはこちらで、また別の意味で考えさせられものだった。

例えば、NHKは民放に先駆け、「テレワークドラマ」と銘打ち、打ち合わせからリハ、本番収録に至るまで全てテレワークで進めるドラマを制作し、5月上旬に3夜連続で放送した。まぁ、その種のチャレンジングな姿勢は大いに評価したい。素晴らしい。でも――これもまた、お茶の間にとって最良の選択であるかは、また別の話なのだ。

実際、この話を聞いた時に僕が一抹の不安を覚えたのが、手段が目的になってしまうケース。つまり、“リモートで作る”ことに重きが置かれ、物語が疎かになり、それで作り手が自己満足してしまうケースである。

案の定、第一夜に放送された『心はホノルル、彼にはピーナツバター』が、申し訳ないけど、若干そんな匂いがした。物語は、コロナ禍で結婚式が中止になった遠距離恋愛中の2人が、リモートで会話するうちに夫婦(?)喧嘩を始めるという他愛のないもの。そう、まんまリモート・ドラマだ。だが、これは本当にお茶の間が見たいドラマだろうか。作り手の自己満足で見せられる中途半端なクリエイティブほど、お茶の間にとってつらいものはないのである。

正しいリモート・ドラマとは?

だが、そんな僕のモヤモヤとした気持ちは、翌日、あっさりと解消された。第二夜に放送された『さよならMyWay!!!』が、リモート・ドラマであることを忘れてしまうほど、めちゃくちゃ面白かったのだ。ネタバレになっちゃうけど――回避したい方はこの「正しいリモート・ドラマとは?」のブロックを読み飛ばしてください――こんな話だった。

40年連れ添った妻(竹下景子)を突然、脳卒中で失った夫(小日向文世)。四十九日を前に、悲しみに暮れながら自宅で仕事をしていると、突然パソコンにビデオ電話がかかってくる。出ると、なんと死んだ妻だ。驚く夫に、離婚届を突き付けてくる妻。「どうして?」「私に関するクイズを10問出します。6問以上正解したら、離婚を回避してあげる」

ワケが分からぬまま――とにかく妻と話ができるからと、クイズに付き合う夫。だが、答えていくうち、自分が妻について、実は何も知らないことに愕然とする。趣味も特技も、得意料理も何も知らないのだ。「どうして、彼女のことをもっと知ろうと努力しなかったんだろう――」。

その時、不思議なことが起きる。夫がクイズに5問間違える(つまり失格する)と、なぜかドラマは冒頭のシーンに戻り、ビデオ電話がかかってくるところからリプレイされるのだ。夫に以前の記憶はない。再びクイズに挑戦する夫。そして5問間違え、再び冒頭に戻ってリプレイ――面白いのは、リプレイの度に2人の間で同じやりとりが繰り返されるのではなく、妻の受け答え次第で夫の台詞も変わり、夫婦の会話に微妙に変化が生じること。リプレイを重ねるごとに、2人の会話は深く、そして長くなった。

――そう、この“会話”こそ、妻が望んだことだった。離婚話もクイズも、生前思うように心を通わせられなかった2人が自然と話せるようにと、妻が仕組んだ口実に過ぎなかった。更に驚くべきことに――脳卒中で死んだのは、実は夫のほうだった。ひょんなことから、成仏前の夫とビデオ通話できることを発見した妻による、全ては周到な作戦だったのである。

かくして、夫婦は絆を取り戻し、四十九日を迎えた夫は、安らかにあの世へと旅立った。

――これだ。これが僕の見たかったリモート・ドラマだ。というか、普通に「世にも奇妙は物語」でオンエアされてもおかしくないレベルである。そう、リモート・ドラマはあくまで作り手の手段。お茶の間には、それと感じさせない面白いドラマを届けてこそ、真の作り手の矜持なんですね。

“習慣化”で、テレビの脅威となった「動画配信」

さて、コロナ禍におけるテレビの三大潮流――1つ目を「再放送」、2つ目を「リモート」とすると、ずばり3つ目は「動画配信」だと思います、ハイ。

そう、動画配信。言わずもがなYouTubeを始め、NetflixやHulu、Amazonプライム・ビデオなどのネットを介して動画を配信するサービスのこと。スポーツを専門に扱うDAZN(ダゾーン)などもそう。もっとも、それらの攻勢は今に始まったことでなく、ここ数年、ずっとテレビを背後から脅かしてきたけど、ここへ至り、いよいよテレビと真正面から対峙するようになったという次第――。

早い話が、コロナ禍によるテレビのコンテンツ不足や、毎日空騒ぎを繰り返すワイドショーに辟易した視聴者が、テレビを消してインターネットを起動して、動画配信サイトにアクセスするのを“習慣化”し始めたんですね。

そう、習慣化――。実はテレビにとって、これが最大の脅威。テレビがネットに勝る優位性って、“毎日、同じ時間になんとなくテレビをつける”習慣性にあるんです。このアドバンテージを奪われることが、テレビにとってどれだけ脅威かって話。

YouTubeのゴールデンタイムはテレビと同じ

――実際、既にそんなテレビの優位性は、ネットに浸食されつつある。皆さん、YouTubeが最も見られる時間帯って、ご存知です? 比較的、自分の時間を作りやすい深夜帯だと思ってません? 実は、夜の19時から22時の間なんです。そう、テレビが最も見られるゴールデンタイム(19時〜22時)と全く同じ。

現に、日本最大の900万人のチャンネル登録者数(ちなみに、全国紙で最大部数を誇る読売新聞が790万部。それより多い)を持つ「はじめしゃちょー」は大体、毎日19時から21時台の間に動画をアップしている。あの「HIKAKIN」は子供の視聴者が多いためか、それより少し早い17時から18時台に動画をアップする。

そう――彼らカリスマ・ユーチューバーたちは、最もYouTubeが見られる“ゴールデンタイム”を狙って動画を投稿し、一方、視聴者も習慣的にゴールデンタイムに彼らの動画を見る――既にそんな構図が成り立っているのだ。もはやYouTubeは特殊な嗜好を持つ人たちに向けたカルトなメディアでなく、ごく普通の人たちが毎日習慣的に視聴する総合メディアなんです。

貴ちゃんねるずは『みなおか』のつづき

まさに、そんなYouTubeの総合メディア化の象徴とも言える存在が、今年の6月、とんねるずの石橋貴明サンがTVディレクターのマッコイ斉藤サンに誘われて開設した「貴ちゃんねるず」ではなかろうか。まだ開始半年も経たないのに、登録者数は140万人を超え、早くもメジャー・ユーチューバーの仲間入りを果たしている。

面白いのは、その動画をアップする曜日と時間。なんと、毎週木曜日の21時――そう、かつてフジテレビで『とんねるずのみなさんのおかげでした』がオンエアされていた時間である。言うまでもなく、同番組の総合演出もマッコイ斉藤サンだったワケで、もはや確信犯だ。

で、やってる内容と言えば、貴サンの誕生日企画にサプライズゲストでGACKTサンや清原和博サンが参加したりと、相変わらず超豪華。要は、かつて『みなおか』を見ていたとんねるずファンは、今も変わらず木曜21時に「貴ちゃんねるず」に“チャンネル”を合わせてるってワケ。

同番組が教えてくれたこと――。人気お笑い芸人と熟練のTVディレクターが組めば、YouTubeで最強ということ。いくら「はじめしゃちょー」や「HIKAKIN」が人気でも、喋りはプロのお笑い芸人の方が遥かに勝るし、編集の腕も、やはりベテランTVマンのほうが上。その“最強座組”を編み出した点で、「貴ちゃんねるず」は今年を象徴する動画配信番組だと言えよう。今後、この最強座組はスタンダードになるに違いない。

三谷幸喜脚本『12人の優しい日本人』のリーディング劇

そうそう、YouTubeと言えば、こちらも忘れちゃいけない、コロナ禍のエンタメの重要トピックの1つ――三谷幸喜監督の代表作『12人の優しい日本人』のリーディング劇(朗読劇)のライブ(生)配信である。

そう、忘れもしないゴールデンウィーク最終日の5月6日。YouTubeで無料公開され、Twitterのタイムラインを占拠した、あの“Zoom劇”だ。


かの作品、かつて三谷監督が、自身が主宰する劇団「東京サンシャインボーイズ」のために書き下ろした舞台劇である。同劇団を一躍“チケットの取れない”人気劇団に押し上げた歴史的作品としても知られる。

タイトルからも分かる通り、映画『十二人の怒れる男』へのオマージュだ。「日本にもし陪審制があったら……」という架空の設定で作られたシチュエーションコメディ。1990年の初演以来、何度も再演され、91年には中原俊監督の手で映画化もされた。そちらをご覧になられた方も多いだろう。

今回、そんな舞台劇を、初演の東京サンシャインボーイズのオリジナルに近いメンバーで、リーディング劇として、YouTubeを使ってライブ配信したのである。Zoomだと、演者の12人は画面に横4人×縦3列に配列され、収まりもいい。

コロナ禍で見えた、ドラマにとって一番大切なこと

――で、これがTwitterのトレンド入りするくらい、めちゃくちゃ面白かったんですね。リーディング劇と言っても、そもそもオリジナルが舞台転換のない一幕劇なので、ほとんど違和感はない。僕らは普通に舞台を楽しむように、役者たちのやりとりを楽しんだんです。

また、舞台劇の面白さと言えば、“ライブ(生)”であること――。
これこそ、テレビではなかなかできない、制約の少ない動画配信ならではのメリット。もちろん、生だからミスも起こり得るワケで、そんな緊張感が面白さに更に拍車をかけたのは言うまでもない。僕自身、ドキドキしながら、2時間を超えるリーディング劇に釘付けだったけど、本当にあっという間だった。このコロナ禍に放送された、あらゆるドラマの中で、掛け値なしで一番面白かったと思う。

同リーディング劇が教えてくれたこと――。
結局、ドラマ作りで一番大事なのは、脚本なんです。昨今、演出のテクニックで見せるドラマ(例えば『半沢直樹』)が増え、それはそれで面白いけど、ドラマの本質はやはり脚本。よく言われることだけど、一流の脚本は三流監督が演出しても面白いが、三流の脚本を一流監督が演出しても面白くならない――そういうこと。

コロナ禍だからこそ可視化された、改めて心に留めたい貴重な教訓である。

動画配信が話題を作った1年

もちろん、今年、話題になったエンタメは、それらYouTube発のコンテンツに止まらない。振り返ると――ドラマでは、Netflixで配信された韓国ドラマの『愛の不時着』が大いに人気を博したし、バラエティ(リアリティーショー)では、Amazonプライム・ビデオで配信された「バチェロレッテ・ジャパン」が良くも悪くもSNSを賑わせてくれた。音楽面では、Huluが配信した日韓合同のオーディション番組『Nizi Project』から生まれた「NiziU」を置いては語れないだろう。――そう、いずれもテレビ番組ではなく、動画配信番組がお茶の間の関心を引いた点で、いずれも今年を象徴するトピックだろう。

まぁ、ある意味これは必然で、いずれも莫大な制作費がつぎ込まれた番組。そのターゲットは世界市場であり、そもそもスポンサーの広告費で作られる日本のテレビ番組とは成り立ちが異なる。しかも、動画配信番組はユーザー自身がお金を払うので、テレビより内容面で、より“攻められる”という利点もある。

今年上半期最大のヒットドラマ『愛の不時着』

実際、先に挙げた韓国ドラマの『愛の不時着』がそうだろう。

ご存知の通り――韓国ドラマは国の政策の後押しもあって、もう何年も前から国際市場をターゲットに作られている。“愛不時”も今年の2月から、Netflixで日本向けの配信が始まり、コロナ禍の日本の連ドラの供給不足もあって、一部のドラマウォッチャーから火が点いて、瞬く間にSNSで「面白い」と評判が広まった。掛け値なしに、今年の上半期で最大のヒットドラマと言っていいだろう。


改めて、同ドラマのサワリを紹介すると――ある日、財閥令嬢のユン・セリが乗ったパラグライダーが竜巻にあおられ、38度線を越えて北朝鮮側の非武装地帯に不時着する。そこで、北朝鮮の軍人のリ・ジョンヒョクと運命の出会いを果たし、2人は反発しあいながらも、互いが気になり始める。ジョンヒョクはセリを匿いながら、韓国へ帰国させようと様々な計画を企てるが、ことごとく失敗。そうこうするうち、2人は恋に落ちて――という、よくある禁断のラブストーリーだ。

なぜ、“愛不時”はヒットした?

まぁ、これに日本人がハマった。ラブストーリーと言えば、2人の恋愛を阻む「カセ」が重要なポイントになるが、同ドラマは韓国の財閥令嬢と北朝鮮の軍人という、敵国民同士の恋。そう、韓国と北朝鮮は今も公式には休戦状態にあり、戦時中なのだ。もはや最高レベルのカセと言っていい。

それに、俗に「戦争が物語を作る」と言われるように、古今東西、大体ヒットするドラマは戦争が関わっている。戦争とは、個人の努力では抗えない強大な“時代の力”が働くもので、否応なく人々の運命を左右する。だから、そこに物語が生まれる

朝ドラの『エール』が後半盛り上がったのも、戦争が始まり、主人公・古山裕一(窪田正孝)が時代の波に呑まれ、戦時歌謡を手掛けるようになったから。一時は、自分の曲が人々を戦争に駆り立て多くの若い命を奪ったと、自責の念に苛まれて筆を折るが――戦後、それを乗り越え、再起するところに物語が生まれた。

思えば、日本は戦後75年間、平和を謳歌し、僕らは戦争の影に怯えることなく、安心して日々を過ごしてきた。一方、お隣の韓国は休戦状態とはいえ、今も戦時下にある。徴兵制もある。そう、日本では絶対に作れない物語だからこそ、日本人がハマったのである。

4月クールは事実上の7月クールに

さて、このコラムの冒頭で、僕はコロナ禍で起きた2020年のテレビ界の最大の事件が、東京オリンピック・パラリンピックの延期だと書いたが――ここに至るまで、まるでその話が出ていないことにお気づきだろうか。

実のところ、これは結果オーライなんだけど――本来なら、大会延期で空いた7月クールの3ヶ月間をどう乗り切るかという話だったのが、4月7日の緊急事態宣言を受け、4月クールの連ドラが軒並み延期されたり、力尽きて休止に至ったりした結果――事実上、それらが7月クールにスライドされたんですね。もともと、7月クールは連ドラ枠の多くがオリンピック・パラリンピック中継に割かれていたこともあり、結果的に空いた五輪枠を、延期された連ドラたちがピタリと穴埋めしてくれたと。

で、その代わり――テレビ界にとって真の意味で“緊急事態”となったのが、先に触れた「突然空いた4月クールの連ドラ枠をどう穴埋めするか」問題だったと。もはや準備期間はなく、四の五の言わずに再放送で急場をしのいだところ――これが思いのほか大好評(笑)。そう、結果良ければ、全てよし。

舞台裏の攻防

――とはいえ、4月クールの連ドラがスムーズに7月クールにスライドできたかと言うと、それはそれで舞台裏では大変だったんです。

少ないとはいえ、7月クールの連ドラとして控えていた作品もあったし、そもそもスライドするにしても、普通、地上波の連ドラに出るクラスの役者なら、そのクールが終われば、次のクールは別の仕事が入っているもの。簡単にスケジュールを変えられないんです。

まぁ、結果的にそれが出来たのは、ひとえにテレビ局が各方面に頭を下げ、特別に“リスケジュール”してもらえたから。ある意味、局やジャンルを越えて、エンタメ界が1つになった出来事だった。

コロナ禍で起きたテレビ界のパラダイムシフト

そんな次第で、7月クールは結構カオスな状況となった。丸々延期されて1話から始まった4月クールのドラマ、途中から再開された同クールのドラマ、『BG〜』みたいに諸事情から短縮されたドラマ、逆に『SUITS/スーツ2』のように通常の1クールより長く放送されたドラマ、少し遅れて本来の7月クールとして始まったドラマ――。

気がつけば、もはや7月クールという枠組みはどこかへ消え、9月の番組改編期もよく分からないまま通り過ぎて、例年なら一斉に始まる10月クールのドラマも、各局いつの間にか始まっているような状況だった。

これ、もしかしたら、今後テレビ界で、連ドラの“年4クール体制”が、なし崩し的に消滅する予兆かもしれないんですね。もともと、全ての連ドラが10話や11話という定型フォーマットに収まるのは不自然だし、NHKの連ドラのように4、5話で終わる作品があってもいい。あるいは、昔の『太陽にほえろ!』みたいに延々と続くドラマがあってもいい。

そう、禍を転じて福と為す――じゃないけど、この2020年は、コロナ禍だからこそ見えた、テレビ界の旧態依然の慣習が可視化された1年でもあったんです。もしかしたら、今年起きたテレビ界の変革は、パラダイムシフトの予兆になるのかも――。

世帯視聴率から個人視聴率へ

そうそう、コロナ禍に起きたテレビ界のパラダイムシフト。実は「視聴率」の世界では、既に始まっているんですね。

ちなみに今、テレビ局に行くと、僕らは異様な光景を目撃する。以前なら、そこかしこに高視聴率の番組の札が掲げられていたものだけど、今もあるにはあるけど――そこに書かれた数字が一様に低いのだ。4%とか5%とか、昔だったら絶対に取り上げられない数字である。

しかも、もっと驚くことに――そこに記された番組は、話題のドラマや人気のバラエティたち。「えっ、こんなに視聴率が低かったっけ?」と一瞬驚くが、すぐに疑問は氷解する。

それらの数字、実はこれまで僕らが目にしてきた「世帯視聴率」ではなく、「個人視聴率」なんですね。個人視聴率とは読んで字のごとく、個人が見た割合のこと。世帯視聴率だと4人家族のうち誰か1人でも見たら世帯人数の「4人」とカウントされるけど、個人視聴率なら、ちゃんと「1人」とカウントされ、しかもその年齢層まで分かる。つまり“誰が見たか?”という正確な情報が把握できるのが個人視聴率なのだ。大体、世帯視聴率の5〜6割に下がると言われる。

高齢化が進んだテレビ界

そう、誰が見たか――。これこそが、今のテレビ局が求める新しい指標なんです。そこで、今年4月に民放各局で一斉に、それまでの世帯視聴率に変わり、新しい指標として「個人視聴率」が導入されたというワケ。

振り返ると、ここ10年ほど、テレビはすっかり“高齢化”が進んでしまった。ドラマは『相棒』を始めとするテレ朝の刑事モノのシリーズドラマが安定して視聴率を稼ぐようになり、バラエティは各局とも“情報バラエティ”なるジャンルが幅を利かせるようになった。いずれも、高齢者によく見られる番組である。

一方、若者向けのラブストーリーや、純粋なお笑い番組や音楽番組は少しずつ減少した。その間、スマホの著しい進化もあって、気がつけば、若者たち(特に女性)はスマホから日々の情報を得るようになり、“若者のテレビ離れ”がまことしやかに叫ばれるようになったのである。

そう――世帯視聴率を指標としている限り、スポンサーの広告費に頼る民放は、若者が好む低視聴率の番組を削り、高齢者が好む高視聴率の番組を残すしかない。そうなると、更に若者のテレビ離れが進む悪循環に――。

その悩みはスポンサーも同じである。若者に商品を売りたいのに、高齢者ばかり見る番組が増えたら、肝心のCMが若者たちに届かない。そこで――テレビ局・スポンサー双方の利害が一致する形で、「若者が見ている番組を可視化させよう」と取り入れられたのが、個人視聴率だった。

各局、狙いはコア層

そんなこんなで、コロナ禍もあって、あまり騒がれないけど――今や民放各局は、若者をコアとしたターゲットを独自に設定し、ようやく彼らへ向けた番組作りを始めている。

ちなみに、そのコア層の呼び名と対象年齢は各局それぞれ。日テレはストレートに「コアターゲット」(13歳〜49歳)、TBSはちょい年齢層が上がって「ファミリーコア」(13歳〜59歳)、フジは「キー特性」(13歳〜49歳)という具合。要は、スポンサーが最も商品を売りたいターゲットである。

今のところ、その取組みの成果が早くも表れているのが、TBSの火曜22時のドラマ枠だろう。1月クールは、ドSな男性医師(佐藤健)と頑張り屋の女性看護師(上白石萌音)のベタなラブストーリーを描いた『恋はつづくよどこまでも』(略称:恋つづ)がスマッシュヒット。続いて、4月クールから7月クールに延期された『私の家政夫ナギサさん』も、仕事はできるが家事はからきしダメなアラサーOL(多部未華子)と、周囲を包み込むスーパー家政夫おじさん(大森南朋)の奇妙な関係(恋?)を描いて、こちらも大ヒット。いずれも、世の女性たちの共感を得ると共にSNSも盛り上がり、同局がターゲットとするコア層に届いたのである。

バラエティもコア層狙いに

一方、バラエティもコア層狙いの成果は現れ始めている。代表的なのは、日テレで今年4月にスタートした『有吉の壁』だろう。19時台という浅いゴールデン帯ながら、初回の2時間SPから世帯視聴率12.8%、個人視聴率8.5%と、上々の出だし。要は「若手芸人が有吉を笑わせる」というシンプルなコンセプトが、若者層にストレートに届いたんだと思う。

また、フジテレビがこの10月に始めた『千鳥のクセがスゴいネタGP』も、旬の芸人らが普段の持ちネタとは一味違う「クセがスゴいネタ」を披露し、大悟が判定するという、こちらも1コンセプトもの。放送枠はかつて『とんねるずのみなさんのおかげでした』の木曜21時で、今を時めく千鳥をMCに起用し、演出は同局の『全力!脱力タイムズ』の名城ラリータDという、フジが久々に力を入れているバラエティだ。

情報詰め込みから、シンプルなユルい作りへ

そうそう、TBSが日曜20時の激戦区(日テレの『イッテQ』とテレ朝の『ポツンと一軒家』の枠)に殴り込みをかけた『バナナマンのせっかくグルメ!!』も好調だ。同番組も、日村サンが全国各地に出向いて、地元の人からオススメの店を聞き出し、その店を訪れるシンプルなフォーマット。9月第4週には世帯視聴率12%、個人視聴率8%台と、今や同時間帯の3強の一角に入る勢いである。

そう、これらの番組に共通して言えるのは、これまで隆盛を誇った情報バラエティにありがちな“情報詰め込み型”の番組とは一線を画す、シンプルなユルい作りであること。そんなところにも、若者をベースとしたコア層ねらいの新たな機運が生まれつつあるのが分かる。

『半沢直樹』なぜ再びヒットできたか

ここから先の話は長くない。
コロナ禍の2020年を振り返る上で、あのドラマを語らずに終わるワケにはいかない。言うまでもなく、今年の下半期最大のヒット作『半沢直樹』である。


かのドラマ、前作から7年を経ての続編で、日曜21時の「日曜劇場」枠と福澤克維監督と主演・堺雅人サンの鉄板のトライアングルは変りない。ただ、1つ変化があって、それは脚本家。比較的ストーリーを丁寧に描いた前作の八津弘幸サンと異なり、今作の丑尾健太郎サンのホンは、もはやキャラクターショー。まぁ、福澤監督のオーダーだろうけど、細かなスジよりも登場人物をクローズアップして、歌舞伎のように見栄を切らせる方が、今の時代は見やすいと判断したのだろう。ある意味、それは正しかった。

世帯視聴率は平均24.7%、最終回は驚異の32.7%。民放の連ドラがNHKの朝ドラの数字を上回るのは、実に7年ぶりのことだった。要するに、前作の『半沢』以来だ。

ヒットの要因はお祭りへの飢餓感

――とは言え、僕は『半沢』の大ヒットは、多分にコロナ禍が生んだ現象とも思う。それはつまり、お祭りへの“飢餓感”である。

そう、コロナ禍で人々は長らく集うことを封じられてきた。映画、スポーツ観戦、ライブ、夏フェス、祭り、観劇、イベント、フリーマーケット――etc 緊急事態宣言が解除されても、再開されたのはプロ野球とJリーグと映画館くらい。多くのイベントは延期や中止となり、人々の祭りへの飢餓感は最高潮に達した。

そのタイミングで、7月後半、『半沢直樹』が始まったのだ。皆が同じ時間に、同じドラマを見て、盛り上がる――もはや、それは祭りだった。TBS側もそれを見越していて、敢えて『半沢』はTVerの見逃し配信をしなかった。

実際、『半沢』の面白さの半分はSNSのタイムラインだった。その意味で、まるで歌舞伎のようなキャラクターショーはSNSと相性がよかった。だから、同ドラマは録画したものを見てもツマラナイ。ぶっちゃけ、もう一度見返そうとも思わない。スポーツ観戦のように、オンタイムで見てこそ楽しめたのだ。

これ、映画界における『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の大ヒットと同じ構図なんですね。あちらの場合は、メジャーな洋画作品が軒並み公開延期となり、シネコンは上映する作品に事欠くような状況だった。そのタイミングで『鬼滅』が公開されたので、シネコン側は空いているスクリーンを総動員して、フル稼働で上映した結果――祭りが生まれたんです。とにかく今、皆で同じ映画を見て、等しく盛り上がりたい。“この波に乗り遅れるな”と――。

『半沢』と『鬼滅』、両作品のヒットの源泉にあるのは、人々のお祭りへの飢餓感だったんです。

10月クールで気になった2つのドラマ

最後に、直近の10月クールの連ドラを振り返って、この長いコラムも幕を閉じたいと思う。とはいえ、全てに触れる気はない。個人的に気になった2つの作品に絞らせてもらう。1つは、日テレの『♯リモラブ』、もう1つは、テレビ東京の『共演NG』である。

まず、『♯リモラブ』。主演は波瑠サン、脚本は水橋文美江サンで、チーフ監督とプロデューサーは、波瑠サンと『世界一難しい恋』を組んだ制作チームという座組だ。簡単に言えば、コロナ禍のラブストーリーである。

何が凄いって、このスピード感。よく「ドラマは時代の鏡」と言うけど、ぶっちゃけ、現在放映中のドラマはどれも“コロナのない世界”の話。要はパラレルワールドの話だ。一方、『♯リモラブ』は緊急事態宣言下にリモートで出会った2人のラブストーリー。まんま、僕らの住む世界の話である。

『♯リモラブ』が面白ったワケ

おっと、誤解なきよう、これは単にコロナ禍という設定だけのドラマじゃない。誰とは言わないが、作り手サイドの「俺たちやった」感で終わらないところが、水橋文美枝サンを始め、この制作チームの偉いところなのだ。

ざっくりストーリーを解説すると、緊急事態宣言下に一人で過ごす時間が増え、ふと人恋しくなったヒロイン(波瑠)が、SNSを通じて顔も名前も知らない男性に恋をする。しかも、相手は同じ社内にいる人物らしい。しかし、会社はテレワーク中で、出社して確かめることもできず――というコロナ禍を実に巧みに恋愛の“カセ”に落とし込んだのが素晴らしい。

基本、出演者は全員、マスクをつけており、他のドラマが撮影で苦労している中、堂々と感染対策をとりながら撮影できている点も素晴らしい。

今後、5年、10年経って、2020年を振り返る際、多分、同ドラマは必ず紹介される。「コロナ禍の中、こんなドラマも生まれました」と。その意味で、今年中に放映する必要があった。まさに、記憶に残るドラマになったのである。

今っぽさ×王道の『共演NG』

そして、もう1つの気になったドラマ――『共演NG』である。原作は秋元康サン、脚本・演出は『モテキ』の大根仁監督で、主演は中井貴一サンと鈴木京香サンというテレ東らしからぬ豪華座組にまず驚いた。

ストーリーは、25年前に共演NGとなった主役2人が、新作ドラマで共演することになり、他の出演者たち(彼らも共演NG同士が集められた)のトラブルに巻き込まれながらも、2人で協力して解決していくことで次第に距離を縮めていくもの。“共演NG”というワードや、あえてコロナ禍を生かした設定は今っぽかったけど、ストーリーの構造自体は王道である。その辺り、実にエンタメの申し子の大根監督らしい。

感心したのは、“ショーランナー”なる聞き慣れないポジションで斎藤工サンがキャスティングされたんだけど、それは、アメリカのドラマなどで製作総指揮に当たる呼び名で、これをスカした野郎の体で演じる斎藤サンが実にハマり役だったこと(褒めてます)。

神2話を見るべし

僕は常々、優れた連ドラはニコハチが面白い(最初の平常運転の2話、物語が一旦盛り上がって後半への繋ぎとなる5話、終盤へ向けた主人公の自分探しが始まる8話)と唱えてるんだけど――『共演NG』は全7話だから、必ずしもこの法則が当てはまるワケじゃない。ただ、最初の平常運転の2話だけは、掛け値なしで神回だった。

この回に斎藤工サン演じるショーランナー市原龍の存在が明らかになるんだけど、ドラマのクランクイン当日、その市原の指示で主役の遠山英二(中井貴一)のシーンが書き足される。ネタバレになっちゃうけど、それが大園瞳(鈴木京香)とのキスシーン。しかし、この変更脚本は遠山にだけ渡され、大園には渡っていなかった――。

そう、ここがミソ。ここで、コロナ禍におけるキスシーンはリハーサルなしで、本番1回のみOKというテレビ局のガイドラインが生きてくるんですね。で、ぶっつけ本番で遠山英二が大園瞳にキスをすると、それを受け止めながら、素で驚きの表情を見せる大園瞳が実にいいシーンになっているという――。

これ、これなんです。コロナ禍を逆に生かした神シーン。テレビ局のガイドラインという内輪ネタをぶっこみながら、キレイに収める。さすが大根監督である。ちなみに、同ドラマ、岡部たかしサンが劇中ドラマの監督を演じてるんだけど、これが笑っちゃうくらい腰が低くて、全然偉ぶってなくて、多分、大根監督が自身を投影していますね(褒めてます)。

とにかく――未見の方はこの神2話を見られることをおススメします。

2021年のテレビの展望

そんな次第で、間もなく波乱の2020年も終わり、2021年が幕開ける。コロナの終息はまだ当分先になりそうだけど――焦ったところで、モノゴトが好転するワケでもない。一人一人が感染予防に気を付けながら、できるだけ日常生活を続けることが、この戦いに勝つ唯一の道だと個人的には思います。

まぁ、夜の飲み会を控える代わりに、この機会に、家でテレビでも見て過ごすのも悪くありません。多分、2021年は今年よりもっとテレビが面白くなるでしょう。世帯視聴率が個人視聴率に変わり、各局とも若者をベースにした新たなターゲット層に向けて番組作りを本格的に加速させるのが、まさに来年です。ドラマ、バラエティとも、斬新な発想と等身大のリアリティで、僕らをもっと楽しませてくれるはず――。

それを期待しつつ、この長いコラムもそろそろ閉めたいと思います。
――(気合を入れて)よいお年を!


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