コロナ、都知事選、終末医療……2020年、ノンフィクションは何を描いたのか?

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2020年12月31日 09:01  リアルサウンド

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 2020年のノンフィクションを振り返ってみた。


関連:【画像】『コロナ時代の僕ら』書影はこちら


 2020年は新型コロナウイルスにより日本だけでなく世界規模で特殊な1年であった。政府や行政の通達や要請などから生活習慣や行動様式を変化せざるをえないほどのインパクトであったため、世の中が国家や国民といった大きな単位で右へ左へ動いていたと感じる。


 そのために消費やトレンドも過度に集中したものになった一年だろうと期待して書店や取次などのベストセラーランキング(※)を覗いてみると、『鬼滅の刃』の大ヒットや、在宅ワークなど生活スタイルの変化によって「学習」需要からくるビジネスや自己啓発本の好調が注目されたこともあったが、ノンフィクションのジャンルでは期待したほど明確に世相を反映したタイトルというものがなかった。


 出版社に目を向けると、4月の緊急事態宣言の発令時では取材が難しくなるなど雑誌や書籍の製作が滞り、雑誌では合併号や休刊が相次いだ(7月には老舗カメラ雑誌『アサヒカメラ』が休刊、女性誌の『JJ』が12月発売から不定期刊行に、婦人誌の『ミセス』は2021年4月で休刊)。


 しかし早くも4月下旬には早川書房からパオロ・ジョルダーノ『コロナ時代の僕ら』というエッセイが刊行されている(小説では7月に宝島社から海堂尊の『コロナ黙示録』が刊行されている)。本格的なノンフィクションが刊行されたのは8月に平凡社新書から『ドキュメント武漢 新型コロナウイルス 封鎖都市で何が起きていたか』(早川真/平凡社)が、続いて9月には武漢在住の作家方方(ファンファン)氏が記した『武漢日記 封鎖下60日の魂の記録』(河出書房新社)が刊行される。以後続々とコロナ関連のノンフィクションが刊行されると思いきや、社会評論や過去のウイルス禍の歴史などの本が目立つものの、ルポルタージュとしてのノンフィクションはまだまだ少ない。もちろんベストセラーの上位でコロナに関するノンフィクションを見かけることはなかった。


 新型コロナ以外のノンフィクションで目立ったのは都知事選を前にして5月に刊行された『女帝 小池百合子』(石井妙子/文藝春秋)だ。都知事選のあった6月には総合で5位にランクインしている(日販調べ)。


 都知事選、オリンピック、コロナ対策と連日テレビに登場していた小池都知事の本ということで注目度は高く、都知事としての資質など問題提起を孕んだ内容のノンフィンクションだ。(都庁内の書店チェーンでもよく売れたと話のネタになっていた)ただし全国的にみれば東京と神奈川、埼玉、千葉の首都圏で販売シェアの51%を占めており、かなり限定された本であることは付け加えておく。


 そのほかでは著者自らが立ち会った終末医療を描いたノンフィクション『エンド・オブ・ライフ』(佐々涼子/集英社インターナショナル)が、先ごろ発表された第3回yahoo!ニュース|本屋大賞の〈ノンフィクション本大賞〉を受賞している。


 ここからは個人的な感想となるが、夏以降に刊行されたノンフィクションでは後半の章やあとがきでコロナ禍について触れている本に出会った。


 本サイトでも寄稿した『ルポ新大久保』(室橋裕和/辰巳出版)や『フットボール風土記』(宇都宮徹壱/カンゼン)、その他にも『夢幻の街 歌舞伎町ホストクラブの50年』(石井光太/KADOKAWA)や『地方選 無風王国の「変人」を追う』といったノンフィクションでも新型コロナについて言及されている。今後、ノンフィクションではテーマに関わらず新型コロナがどこかに影を落とすことになっていくのだろう。


 ノンフィクションには著者の視点から読者が新たな視点を獲得する醍醐味がある。


“物書きの醍醐味は反対を唱えること。一方向に流れている時に「あっちを見て」と視点を変えるように。それでより軽視されている事柄を支援することになる。”


 作家であり批評家のスーザン・ソンタグのこの言葉は強く心に残っている。国家や国民といった単位で大きな流れが生まれてしまう現在の状況の中で、読者の視点を広く指し示してくれるのもまたノンフィクションの力でもあると思うのだ。


※)実はノンフィクションというジャンルは、出版流通では正式には存在しない。試しにお近くにある書籍を手にとって裏表紙を見ていただきたい。二つのバーコードとともに13桁のISBNコードと、Cから始まる4桁の数字からなるCコードがあるはずだ(もしなければ一般に書店などで出版流通されていない本、例えば映画などのパンフレットや、美術館などの図録、同人誌や自費出版本などがある)。Cコードの1桁目は販売対象の“一般(0)”、“教養(1)”など9つが9番まで割り振られ、2桁目は単行本(0)、文庫(1)、コミック(9)といったように本の形態を示す。そして3、4桁目の数字が本の内容を示すコードとなっており、小説なら“日本文学、小説、物語哲学(93)”、日本史の本なら“日本歴史(21)”など本の内容を表すコードになるが、そこにはノンフィクションという分類はない(95番の“日本文学、評論、随筆、その他”になっていることが多い)。


(文=すずきたけし/写真=Kenny Luo on Unsplash)


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