直木賞候補作家・加藤シゲアキにも影響! 三島由紀夫の異色エンタメ小説『命売ります』がいま読まれる理由とは

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2021年01月16日 10:01  リアルサウンド

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加藤シゲアキ『オルタネート』と三島由紀夫『命売ります』

 「1960年代に書かれた小説が、2021年現在ベストセラーになっている」といわれると、どんな作品!? とびっくりしてしまう。それがあの、ノーベル賞候補にもなった作家・三島由紀夫の小説だというのだから、さらにびっくりしてしまう。


 三島由紀夫の『命売ります』という小説の表紙を見たことがある人も多いかもしれない。ちくま文庫に、ポップな表紙、そして帯には「怪作」の文字。一目見たら忘れないほどキャッチーな表紙の『命売ります』は、実は中身もキャッチ―だ。


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 刊行から50年経った今もめっちゃ売れてるって、一体どんな小説なんだよ……と、おっかなびっくりページをめくってみると。いい意味で裏切られる。そこには、三島由紀夫らしくない、するすると読める文体が続く。


 そして「今だったらネットフリックスで配信されそうな展開の速さ!」と言いたくなるほど、スピード感ある展開。登場人物の発言もみんなくすっと笑えるユーモアを持っているし、なにより主人公のトホホと言いたげな悲哀に、笑いながら共感してしまう。こりゃ、今も売れるわ。と本を閉じた後に納得せざるをえない、極上のエンタメ小説なのである。


 『命売ります』のあらすじは、自殺に失敗した青年が、「命を売る」広告を出したことで、さまざまな人に出会い、そして騒動に巻き込まれてゆく、というもの(ね、けっこうポップな展開だと思いません?)。


 たとえば2021年の直木賞候補にノミネートされた作家の加藤シゲアキもまた、この小説に心を惹かれ、刺激されたひとりだという。加藤が筑摩書房に寄せた『命売ります』の書評(https://www.chikumashobo.co.jp/special/inochi_urimasu/)があるのだが、そこにはこんな一文が引用されている。


「人が見たら、孤独な人間が、孤独から救われたいあまりの、つまらん遊びと見えるだろう。だが、孤独を敵に廻したら大変だぞ。俺は絶対に味方につけているんだから」


 孤独を味方につける。考えてみれば、不思議な言い回しだ。小説のなかに出てきたらさらっとスルーしてしまいそうだが、こうやって引用されると、さてどういう意味なんだろう? と考えたくなる。


 ではちょっと考えてみよう。孤独を味方につけるとは、どんな方法があるのだろう。――たとえば「文章を書くこと」はどう? 文章を書くのは、孤独なときしかできない。たぶん孤独であればあるほど、文章を書ける。うん、文章を書いているときだけは、孤独が味方になってくれるっぽい。


 ほかにも、「料理をすること」「音楽を奏でること」「本を読むこと」「自分だけの問いを探求すること」、全部、孤独が味方になってくれそう。……そう、考えてみれば、私たちひとりひとりがなにかを表現しようとするとき、きっと孤独は、味方についてくれているのだ。それはきっと今も昔も変わらない。


 だとすれば『命売ります』が今なおベストセラーになるのも分かる。だってこの小説は、「命を売る広告を出す」というかたちで、自分の孤独を表現しようとした人の物語だから。


 そして書評の中で『命売ります』に刺激を受けたと書いていた加藤シゲアキの小説、たとえば最新刊『オルタネート』もまた。それぞれに孤独を抱えた主人公たちが、自分なりの表現を模索する物語だったりする。


 たとえば主人公の高校生3人は、料理やバンドや読書など、自分なりになにかを表現する。そして彼らはあがく。どうにか、他者と、つながることができないか、と。自分だけのなにかを分かち合える人がいないのだろうか、と。


 『オルタネート』という小説は、マッチングアプリのような便利ツールを利用しながらも、それでも自分の孤独をもてまし、だれかと分かち合う、本当の意味で自分の大切なものを共有し、つながることはできないかと葛藤する高校生の物語だ。……『命売ります』の主人公の面影も、どこかに見えるようなテーマだと思う。


 1968年に綴られた『命売ります』に登場する、自分だけの孤独を抱えつつも、それでも誰かとつながりたい、なにかを分かち合いたい、という登場人物と。2021年に綴られた『オルタネート』に登場する、誰かとつながりたいと渇望しつつも、自分だけの孤独をもてあます登場人物たちは。意外と、どこか重なり合う部分がある。


 おそらく、50年経ったくらいでは、私たちは孤独から逃げられない。それでも、2021年に直木賞候補になるような小説と、1960年代の大衆小説が、同じようなテーマを扱ってるだなんて、人間は変わらないなあ、と苦笑してしまう。


加藤シゲアキによる『命売ります』の書評はこちら:https://www.chikumashobo.co.jp/special/inochi_urimasu/


(文=三宅香帆)


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  • 遺憾ながら当書は読んでいないが,耽美主義で『生命以上』の価値を追求し,「死の衝動」を重んじた三島らしい。儚い命を何かに役立たせたい願望?!
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