ヤクルトオーナーは「巨人に勝たなくて良い」 プロ野球史に残る“大失言”といえば?

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2021年01月16日 16:00  AERA dot.

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写真当時のヤクルトオーナー松園尚巳 (c)朝日新聞社
当時のヤクルトオーナー松園尚巳 (c)朝日新聞社
 2004年の球界再編問題に際し、「たかが選手」の失言で槍玉に挙げられたのが、巨人の渡邉恒雄オーナー(当時)だ。

 同年は、近鉄とオリックスの合併問題をきっかけに、経営難のパ・リーグ各球団がセ・リーグ側に救済を求め、渡邉オーナー主導の8〜10球団による1リーグ制移行への流れが急速に進んでいた。

 そんななか、2リーグ12球団維持を望む選手会は、各球団の代表レベルとの対話の場を求め、7月9日に意見交換会を開くことになった。

 その前日、古田敦也選手会会長(ヤクルト)は、取材陣から「オーナーと直接話をする機会を持ちたいか?」と聞かれ、「そうですね。開かれた感じでいいですね」と答えた。

 この“希望”が、取材者間の伝達の過程で、「代表レベルでは話にならないので、できればオーナーに会いたい」に変わり、渡邉オーナーの耳に入ったことが、歴史的失言を生んだ。

 選手会側がオーナーとの直談判を要求していると思った渡邉オーナーは「無礼な!分をわきまえなきゃ、いかんよ。たかが選手が!」と色をなした。直後、「たかが選手だって、立派な選手もいるけどね。オーナーと対等に話をする(野球)協約上の根拠はひとつもない」と補足したが、翌日の報道では「たかが選手」の部分が強調され、選手会側はもとより、世論も猛反発。その後、NPB史上初のストライキも決行され、最終的に新規参入の楽天を含めた2リーグ12球団の形で落ち着いた。

「たかが」発言がなければ、プロ野球は1リーグ制に移行していた可能性もあったという意味で、まさに歴史を変えた失言だった。

 オーナーといえば、ヤクルト・松園尚巳オーナーは巨人ファンであることを公言し、「巨人には勝たなくて良い」と言ったことから、敗退行為に抵触する失言として非難された。

 だが、その後は「ヤクルトを勝たせる」ことに情熱を注ぎ、当時ゴルフのプロ養成コーチをしていた在野の広岡達朗をコーチに招聘。監督就任後の78年に打倒巨人を実現して球団初の日本一になった。

 ジョークのつもりで口にした言葉が、チームワークを乱す失言として問題になったのが、阪神の助っ人、マット・マートンだ。

 12年6月9日のオリックス戦、先発・能見篤史は0対1の4回2死二塁、斎藤俊雄に右前安打を打たれた。

 ライトのマートンは前進守備を取っており、余裕で二塁走者・大引啓次の生還を阻止すると思われた。

 ところが、マートンはまるで走者がいないかのような緩慢な動作で返球し、ボールも三塁方向にそれたため、2点目はもとより、打者走者・斎藤の二進をも許してしまう。

 1対6で敗れた試合後、このプレーについて質問されたマートンは「ニルイドウゾ。アイ・ドント・ライク・ノウミサン」と答えた。

 自身の打撃不振や拙守にいら立ち、思わず口をついて出たようだが、冗談めかしていたとはいえ、チームメートを公然と「嫌い」と言ったのは、まずかった。

 自責の念に駆られたマートンは、翌13年4月9日の巨人戦で、6回に先制タイムリーを放ち、完封勝利の能見とともにお立ち台に上がると、「ノウミサン、アイシテルー!」と言いながら抱きつき、スタンドの大喝采を浴びた。

 本塁上のラフプレーなど、トラブルもよく起こしたが、阪神ファンの多くは、明るい性格で、進んで日本になじもうとしたマートンを“愛すべき助っ人”として記憶しているはずだ。

 シーズン中に「暇」発言で物議をかもしたのが、巨人時代の村田修一だ。

 16年、村田は打率3割2厘、25本塁打、81打点の好成績で、ベストナインとゴールデングラブ賞を受賞した。

 だが、翌17年にケーシー・マギーが加入すると、サードのポジションを奪われ、出番もほとんどが試合終盤の代打だった。

 ベンチを温める不遇の日々が続くなか、村田は4月の熊本遠征中に収録された「ズームイン!!サタデー」(日本テレビ系)内のコーナー、「プロ野球熱ケツ情報」に出演。MCの野球評論家・宮本和知氏が出題したご当地(熊本)クイズに見事正解して「カッコいいですね」と褒められると、「暇過ぎて。勉強できるんで」と答えた。問題発言に焦った宮本氏が「いやいや、やめてください」と制止すると、今度はベンチのほうに向かって「暇過ぎて!まじで暇過ぎるんですよ」と訴えた。

 あてつけのような発言は大きな反響を呼んだが、ネット上では、出番のない村田に同情する声が多く、他チームのファンから「ウチに来い」と移籍を望む声も上がった。

 その後、マギーの二塁コンバートにより、レギュラー復帰をはたした村田は、打率2割6分2厘、14本塁打、58打点の成績を残したが、オフに待っていたのは、まさかの戦力外通告だった……。

 若返りを図るチーム構想から外れたのが理由だったが、「あんなこと言わなければ良かったのに」と退団劇に結びつけるファンも多く、「ヒマー!」は球史に残る失言となった。

 このほか、阪神・江本孟紀の「ベンチがアホやから、野球がでけへん」(81年)、日本シリーズでの近鉄・加藤哲郎の「巨人はロッテより弱い」(89年)も、よく引き合いに出される失言だが、どちらも本人が一字一句そのとおりに言ったわけではなく、実は記者による“作文”。言った覚えがないのに、失言になってしまうのも、この世界の怖さである。(文・久保田龍雄)

●プロフィール
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」(野球文明叢書)。





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このニュースに関するつぶやき

  • 僕自身は(横浜を)出ていく喜びを感じられますけど
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  • こんな失言があったから、『ヤクルトは巨人の3軍』とも揶揄されるようになった。
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