40歳独身女子の新型コロナ体験記「呼吸のたびにガラス片を吸うような苦痛」〜その2〜

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2021年01月16日 18:20  Suits-woman.jp

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1月8日、新型コロナウイルスの感染者が新たに2392人報告されたと東京都は発表。2度目の緊急事態宣言も発令された。

実際にかかっている人はいるだろうが、新型コロナが発症したことがわかると、多方向に迷惑がかかると、内緒にしていると語る人は多い。また「周囲の反応が怖い」とPCR検査を拒否する人がいることも報道されている。

ここでは新型コロナウィルスに感染し、発症した島田百々子さん(仮名・40歳・フリーランスPR)の体験談を紹介。 前回は、都内の総合病院に入院しているときに、電話の通話が認められている個室で「コロナになったらどうなるか」を伺った。現在は退院し、仕事復帰している。今回は「病院では話せなかったこと」と、退院までに何をしていたかを中心にお話を伺った。

【前回の内容はこちら】

【今回のその1はこちら】

好転したのは、サイトカインストームを止める薬が効いたこと

12月31日にレムデシビルとデカドロンの投薬治療が始まり、1月4日に熱が下がり好転したように見えたが、同時に地獄の苦しみを味わう。

「自分の細胞が、自分の細胞を攻撃するサイトカインストームがおこり、地獄の苦しみを味わいました。薬が効かなかったら、ICUで人工呼吸器になっていたと思いますし、その一歩手前だったのでは……と感じています」

苦しさとは具体的にどのようなものなのだろうか。

「呼吸をするたびに、ガラスの破片が入っている粉末を吸っているような感じというか……。痛いし、苦しいし、呼吸ができない。でもトイレは自力で行かなくてはならない。常に酸素マスクを着けていました。看護師さんが血中酸素濃度を1日に5回ほど計測して、問題がなければホッとしていました。

でも、サイトカインストームがはじまり、重症になってからは、ずっと計測器を付けられていました。この計測器の数が病院内で足りないみたいでした。自分はとにかく“生きる”ことばかり考えていたと思います」

食事はどうしていたのだろうか。

「入院した時から点滴で栄養を入れていました。でも食事は出て、最初は軟飯だったのですが、飲み込むのがきつくなり、流動食にしてもらいました。これも自分から伝えたのです。流動食とはいえ、飲み込むと痛いので、一口食べて自分をほめて、またひと口食べていました。おかずは、煮豆や焼き魚など。完食すると看護師さんが“えらいですね”とほめてくれるので頑張りました。ホントに、言葉って大切です」

食事は、ご飯、魚、副菜(豆やひじきの煮物)、バナナかりんごのデザートという組み合わせが多かったそう。

「後輩が差し入れてくれたクッキーを口に入れ、唾液で溶かしながら飲み込んでいました。なんというか“俗世の味”って感じ? 母が有名なおかき店のおせんべいとかを病棟に送ってくれて、食後のデザート代わりに口に入れて“元の世界に戻る”と頑張っていましたね。弟がミルキーやジェリービーンズなど、私が子供のころから好きだったキャンディを病棟の守衛さんに預けてくれました。それが消毒されて、数時間後に病室に届けられます。その時は味覚はなかったのですが、味と匂いの記憶があるので、おいしく感じました」

自らネット通販で、水、栄養ドリンク、歯ブラシ、マスクを注文し、病棟付けにしてもらっていたという。

「看護師さんに購入した方がいいものを教えてもらったので、よかったです。生理用品については、私はミレーナ(避妊効果がある子宮内システム)を入れていて生理が止まっていたので、そこはストレスがありませんでした」

事態が好転したのは、サイトカインストームを止める薬が効いたこと。

「ウイルスの数を減らす薬と、自己免疫攻撃を止める薬をベストなタイミングで処方していただいてから、2日くらいで好転していきました。投薬から2日くらいで症状の悪化が下げ止まって、そこから3日間くらいかけて復活していく。あれって不思議なんですが、自分でも“あ、これは治る”って感じたんです」

消えていた嗅覚も味覚も完全に戻ってきた

今は脱毛のリスクが怖い

退院時は、PCR検査をして、陰性になったらホテルで経過観察し、その後自宅に帰るのかと思い込んでいたという。

「サイトカインストームが落ち着いてから3日間、検温して36℃台であり、排便があり、血中酸素の数値が良く、食事を食べていることなどをチェック。変化がなければ、さらにそこから1日様子を見て、“明日、朝10時に退院ですよ”と言われました。もう完治しているので、タクシーや公共交通機関を使ってもいいと言われました。この後はホテルで面倒見てくれるのかと思っていたら、それは想像の世界の話でした」

退院は15日目だった。15日間、お風呂などはどうしていたのだろうか?

「常に酸素チューブを付けているし、点滴を両手にしていたから、シャワーを浴びたのは退院時の1回だけです。週に2回、使い捨ておしぼりを6本くれて、それで胸や脇などを拭いて捨てていました。体力的にきつくても、少しでも人間らしくいたいと思って、一生懸命拭いていました。

洗髪はいつでもできて、洗面台のような洗髪台があり、病院(隔離病棟内)で販売しているシャンプーセットで2回だけ洗いました。点滴の位置がずれないように、看護師さんが腕にネット状のサポーターを付けてくれるんです。手と指先を使って、洗っていましたが不自由でしたね。でも、それだけで呼吸は辛くなって、ぜえぜえいってしまう。タオルで髪を拭き、ドライヤーもあるのですが、ドライヤーを使うだけの体力はなかったですね」

毎日、トイレまで行く間、自分の体を確認し、筋肉が落ちていないかを意識していたという。

「いろいろやることがありすぎました。高熱が出ていて辛い中、ネットで“これは正しい”と思う記事を探しては、医師や看護師に自分の状況を伝えます。そして、筋肉が落ちないように体を気遣いつつ、処方された薬の名前をネットで検索し、どんな状況にあるかを把握。これほど自分が“生きたい”と思ったことはありませんでした」

退院は、筋力も体力も落ちていた。弟から「クルマを出すよ」と連絡があった。

「弟と奥さんには感謝しかないです。だから、甥っ子姪っ子に破格のお年玉をあげました。また、感謝の気持ちも込めて医療団体にも寄付しました」

退院の翌日から仕事に戻った。

「ちょっと歩くだけで、筋肉痛が激しい(笑)。退院してから2日間は、ロボット歩きをしていました。そんなことをしているうちに、気が付けば嗅覚も味覚も戻っていたのです。3日もすると、元の生活にすっかり慣れて、普通に仕事をしています。家に帰って最初にしたことは、タバコと電子タバコを捨てること。もう二度と吸いません。

また、現在のところ、新型コロナは免疫は一定期間しかないようで、再びかかるリスクも指摘されています。2回目に発症したら、私は耐えられないと思う。予防を徹底するとともに基礎体力作りをします。あと怖いのは、脱毛のリスク。海外の事例を調べると、強い薬を使った私のような場合、起こるようです。怖いですが仕方がない。その時は受け止めようと覚悟を決めました」

入院中、お菓子を食べては生きる気力を奮い立たせていたという。

※本原稿はプライバシーに配慮し、一部内容を変えています。また、本稿は、あくまで個人の体験内容を取材しまとめたものです。

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