コロナ禍で目立つ“不満発散型”の理不尽なクレーム 「お客様は神様」ともう思わなくていい

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2021年01月17日 08:05  AERA dot.

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写真不満の巣窟となったコロナ禍の社会。日々の生活において何事にも適度な「距離感」が必要とされるが、自分勝手な考えで相手の心を踏みにじるケースが増えている (c)朝日新聞社
不満の巣窟となったコロナ禍の社会。日々の生活において何事にも適度な「距離感」が必要とされるが、自分勝手な考えで相手の心を踏みにじるケースが増えている (c)朝日新聞社
 高度経済成長の下支えとなった「お客様は神様」という日本的な考えが、いつしか、消費者からの理不尽なクレーム「カスタマーハラスメント」を増幅させた。企業側に必要なのは、消費者を「神様」と思わなくていい、意識の変革だ。AERA 2021年1月18日号の記事を紹介する。

【カスタマーハラスメント 五つの特徴は?】

*  *  *
 岐阜県内の20代女性はレジのアルバイトをしていたとき、客の中年男性からいきなり怒鳴られた。

「目つきが悪いお前のせいで買う気が失せた」

 頭の中が真っ白になった。謝らなければ、と咄嗟に思った。が、すぐに「別に私、悪いことはしていない」と思い直し、その場で固まってしまった。

 女性は切れ長の目をしている。そのことで見ず知らずの相手から悪意のある指摘を受けたのは初めてだった。ショックでしばらくレジに立つことができなくなった。

「化粧をしても根本的に直せるわけではないし、目元を隠そうとして下を向いていたら接客ができません。自分の努力じゃどうしようもない」

 女性は店長に相談し、その客が来店すると別のスタッフにレジを代わってもらい、品出しに回るようになった。店では別の店員もたびたび、商品の在庫がないと罵(ののし)られたり、レジのお釣りの渡し方が気に食わない客から非難を浴びたりしていた。お釣りに関しては直接客に手渡さず、レジ機の受け皿に置くよう店から指導されていた。店員の判断ではどうしようもなかった。女性はこう訴える。

「レジの仕事はどうしてもマニュアル通りの形式的な対応になりますから、ロボットを相手にしているような感情をもたれる人もいるように思います。でももちろん、レジに立っているのはみんな生身の人間なので傷つきますし、泣きたくもなります。一言『ありがとう』と言ってもらえればうれしいし励みになりますが、モノに対しているような人が多すぎるんです」

■変化するカスハラの「質」 論理的から不満発散型に

 匿名電話で受けるダメージも深刻だ。

 神奈川県の60代女性は2020年4月の緊急事態宣言の発令とともに解雇されるまで、パソコンのソフトウェアのサポート会社に勤務していた。

 操作がうまくいかず、いら立ちを募らせたユーザーから「24時間対応しろ」「プログラムを直せ」と怒鳴られることが絶えなかった。ログインパスワードの入力を誤ってログインできない男性は「俺は社長なんだぞ」と電話口で怒りをぶちまけた。

 女性は約10年間、正社員として勤務していたが、解雇を告げられたときは精神的にも限界だったという。

「もうあの仕事をしなくていいんだと思うと正直ホッとしています」

 顧客が従業員に威圧的な言動や理不尽な要求を突きつける「カスタマーハラスメント」(カスハラ)。以前から社会問題化していたが、コロナ禍でより深刻化している実態が関西大学の池内裕美教授の調査で浮き彫りになった。

 調査は直接、間接的に顧客とかかわる仕事に従事する20〜70代の300人を対象に20年11月に実施。新型コロナウイルスの感染拡大以降、カスハラ行為が増えたと回答した人は「やや増えた」13.7%、「増えた」8%を合わせて2割超。感染拡大に伴い、新型コロナと関連するカスハラ行為を受けたことがある、と回答したのは「よくある」6.7%、「今はないが以前はよくあった」1.7%、「時々ある」16.3%、「今はないが以前は時々あった」10.7%を合わせて約35%に上った。ここでいう「以前」とはWHO(世界保健機関)がパンデミックを宣言した3月11日以前を指す。

 カスハラ行為の内容に変化があったか、との質問には「些細なことで激高する(キレる)人が増えた」24%、「感情的な苦情が増えた」21%、「無理難題な要求が増えた」14.7%との回答が上位を占めた。

 池内教授はこうしたカスハラの「質」の変化に着目する。

「10年ほど前の調査時は『論理的な苦情』の増加が問題視されましたが、今はより感情的な『不満発散型のクレーム』の増加が特徴に挙げられます」

 池内教授はコロナ禍の社会は「不満の巣窟」だと指摘する。私たちは格差や過重労働による従来のストレスに加え、コロナ禍で急激な行動制限や行動変容を強いられている。

「慢性的な不満の上に突発的な不快や不遇に遭遇し、それが瞬発的な怒りになってカスハラに結びつくという流れが一つ考えられます。怒りの沸点が常に低い水準だったのが、コロナによってさらに低い水準になっています」

■非接触社会についていけない高齢者に慢性的な不満

 調査では「中年男性」「高齢男性」の苦情が増えた、との回答が半数近くに上った。この背景について池内教授は、自分はまだ社会で活躍できているという自負心があり、それを確認したいという欲求があると言う。

「高学歴、高所得で社会的地位が高い人は特に、自分の価値観を曲げたくない思いが強い。このタイプの人は本来、筋論(すじろん)的なクレームを発しがちで『教えてやっている』との思いから、クレームを言っている意識すらない場合もあります。コロナ禍ではこうした人も感情をコントロールできず、理不尽なクレームを発する傾向が見られます」

 池内教授がコロナ禍で留意するのは高齢者だ。高齢者の中にはレジでのちょっとした対話を生活の彩りとして楽しむ人もいる。しかし今は、「非接触」がニューノーマルに。一気に普及が広がったキャッシュレスやデジタル化についていけない高齢者も少なくない。

「スマホがないと生きていけなくなりつつある社会で、その便利さを享受できない人たちが一定数います。便利さから置いてけぼりにされている高齢の購買弱者が慢性的な不満を募らせ、自分の弱さを目の当たりにする場面に遭遇すると、どうしても一言二言、言いたくなってしまいます」(池内教授)

 社会の変化に照らせば、高齢のカスハラ加害者を「被害者」と見ることもできる、というわけだ。

 調査からは、コロナ禍の苦情が業界別に多岐にわたることも浮かんだ。

 食品業界では「レジ係はなぜ手袋を着用していないのか」「マスクをしていない客に注意をしろ」といった苦情が出た。行政サービス機関では、マスクを着けて窓口対応していると、飛沫防止板もあるため「声が聞こえづらい」と怒鳴られるケースも。ホテル業界では、感染拡大を防止するために朝食をセットメニューに変更すると文句を言われ、ビュッフェスタイルに戻すと「感染に配慮がない」と批判を浴びた。金融業界では、店内の換気能力や物品、棚などの消毒の程度が十分でない、と怒鳴られた。医療・福祉業界では「病院である以上、感染する可能性があるんだから個室に優先して入れろ」とゴリ押しに遭った……といった具合だ。

 池内教授の過去の調査事例だと、カスハラ被害は小売店など主に女性が第一線で客と接する職場で目立つ。女性が多いことで「筋論クレーマー」の男性は余計強気になる面もあるという。

「人間も動物ですから瞬時にこの人より自分は強いか弱いかを考え、自分のほうが強いと判断すると、より攻撃的になってしまいます」(同)

 一方、女性のクレーマーが多いのがアパレル関係だ。明らかに使用したとみられる下着でも、サイズが合わないから、と交換を迫ることも。

「女性は損得の損の部分に目がいきやすい上、被害者意識が強く、何が何でも自分の思いを通そうとする傾向があります」(同)

■「期待」に応えようとする過剰サービスが苦情を誘発

 カスハラは今に始まった問題ではない。企業の危機管理を支援する「エス・ピー・ネットワーク」がクレーム対応経験のある社員を対象に実施した19年の調査によると、カスハラが直近3年間で「とても増えている」「増えている」と回答したのは55.8%に上った。

 20年間にわたって悪質クレーム対応を担当してきた同社の西尾晋上席研究員(45)は、「以前は『モンスタークレーマー』という言葉にも表れていたように、悪質クレームは特殊な人による行為と認識されていました。それが一般化したことで特定の人を指す呼称よりも、言動に着目した『カスタマーハラスメント』という言葉が定着するようになりました」と話す。

 異物混入や産地偽装など企業のモラルやサービス態勢の低下もカスハラを一般化させた背景要因に挙げられる。

「もちろん企業や現場の店舗側に不備や問題があるケースもあります。顧客の不満や要望は売り上げ向上のヒントにもなりますが、一方で不当な要求は断ってもいいという原則を具体的な事例とともに社内で徹底しておくべきでしょう」(西尾さん)

 同社は20年5月、コロナ禍のカスハラ被害を防止しようと小売業などの店舗を持つ企業向けに「対応ガイドライン」を作成した。この中で、スマホなどで従業員の様子を撮影する人に対しては「施設管理権」を盾に店内での撮影を断る措置が可能なことや、土下座を強いる行為は「強要罪」に当たる可能性もある、と解説。場面ごとの対応ノウハウを提示している。

 一方、厚生労働省も来年度に企業向けの対応マニュアルを策定する方針だ。西尾さんは国が対策に乗り出すことを歓迎しつつ、「消費者庁や警察庁も横断的に関わる必要がある」と指摘する。消費者庁の関与は消費者教育も必要なため、警察庁の関与は「最終的に警察が介入しないと収まらないケースがある」(西尾さん)ためだ。

 臨場した警察官には、業務に支障が出ていることを伝えた上で「帰らせてください」と告げるなど、何をしてほしいかを明確に伝えるほうがスムーズに対処してもらえる、という。

 西尾さんは、カスハラ対応で最も重要なのは経営者の意識を変えることだ、と強調する。

「カスハラ対応は時間的にも経済的にも従業員のメンタル面からも経営上のロスであることを認識することが重要です。『お客様は神様』という意識を変えてもらわないといけない」

 前出の池内教授の研究では、カスハラの加害者の特徴として「顧客第一主義が絶対」という教育を受けてきた人も挙げられるという。池内教授は日本の消費者文化に根強い「過剰サービスによる過剰期待」の問題点を指摘する。

「おもてなしの文化」が定着している日本の消費者は手厚いサービスに慣れ親しんでおり、期待値が高い。このため企業側は消費者の期待に応えようとサービスが過剰になる。サービス合戦が続くと、それについていけなくなる企業も出てくる。

「そうなると消費者の期待値も上がってしまっているので、『期待不一致効果』が生じて期待と成果の差が大きくなって不満が募り、苦情につながります」(池内教授)

「お客様は神様」という日本の企業風土について池内教授は、「コロナ禍は変えていくチャンス」と提言する。

「社会的距離を取るのがニューノーマルとして定着している今、人と人との間の物理的な距離だけでなく、社会的、心理的な距離も快適さ、適切さがどこにあるのかを探る中で、過剰サービスも見直す時期に来ているのでは」

(編集部・渡辺豪)

※AERA 2021年1月18日号

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  • すべて「お客様は神様です」を言い続けた三波春夫が悪いw
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