SNSの写真とは違う魅力 映画が物語る“モノクローム写真の威力”

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2021年01月17日 16:00  AERA dot.

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写真延江浩(のぶえ・ひろし)/TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー
延江浩(のぶえ・ひろし)/TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー
 TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は、映画『この世界に残されて』について。

【今回紹介した映画『この世界に残されて』の場面カットはこちら】

*  *  *
 この映画には二人の主人公が登場する。それは42歳の婦人科医アルドと少女クララ。ナチス・ドイツのホロコーストを生き残った者同士である。

「古いアルバムを見てみるといい。ただ自分には辛くて見られない」。そんなアルドの置き手紙にクララはアルバムを開く。そこには妻との結婚式の写真が貼られていた。そして二人の子供たちも。

 モノクロームの写真は無言なのに、そこからは微笑みと小鳥のさえずりさえ聴こえてきそうだ。凄惨な殺戮シーンはないが、それだけにアルドがいかに過酷な時間を過ごしたかを物語る場面だった。

 僕は写真の力を知った。映画『この世界に残されて』は、ハンガリーだけで56万人ものユダヤ人が殺戮されたという事実を、抑制をもって指し示す詩のような作品だった。

 1948年、第2次世界大戦後のハンガリー。ホロコーストで両親と妹を失ったクララは16歳になるのに初潮がない。それを心配した大叔母が婦人科に連れていく。そこでアルドと出会う。彼の腕にはユダヤ人収容所にいたことを示す刺青が刻まれていた。アルドもまた犠牲者だった。二人は互いに会話をはじめ、少しずつ笑顔を取り戻すが、そこへまた、大国ソ連による弾圧が、嫌な時代を思い起こさせる。

 バルナバーシュ・トート監督はこの作品を携えて世界を回った。

「ボストンで出会った男性は母親と兄弟四人をアウシュヴィッツで亡くしたそうです。(略)とても近しい家族を五人もです。(略)他の誰かが彼に『映画を観ていかがでしたか?』と聞いた。彼は『当時のことは、忘れようと努めてきて、心の奥底にしまっていました』と答えました。(略)でもクララがアルバムを開くシーンで、彼女の気持ちが分かったとおっしゃっていました」

「喪失の意味を探し求めることで普遍性を獲得したかった」という監督は「その普遍性とは愛」と答え、アルバムのシーンでは「SNSの写メとは違う、思い出の力を訴えたかった」と言う。

 物語の後半はナチスに代わってソ連がハンガリーに侵入してくる。「外からの国家支配はどういうものだったのか?」と訊くと、「ナチと共産主義はハンガリー国民全員のトラウマになっている。僕の祖父母の代は特に(監督自身は43歳)。ブダペストの広場にはソ連がハンガリーを解放したとされるモニュメントがあるが、解放だなんてそれは嘘だ」と作品の静謐さとは真逆の激烈な言葉が返ってきた。

「歴史の事実を否定したり、違う文脈に変えるのはダメだ。これはユダヤ人の物語だが世界に共通のポピュリズムによる危機を訴えている」

 主人公クララは16歳にして初潮が来ない。僕は自分の第1作『アタシはジュース』を思い出した。女子高生「ジュース」にも初潮は来ない。イラン人の恋人が不法入国の廉(かど)で国外退去になったその日に初潮を迎えるストーリーを描いた。この映画でも主人公が初潮を迎えると同時に婦人科医との淡い恋も消える。

 未成熟の象徴として生理の来ない少女像を造形したと監督は言ったが、少女の成熟が物語を包み込み、温かな希望を感じさせてこの映画は終わる。

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京 都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞

※週刊朝日  2021年1月22日号

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