コロナで増加する家賃滞納や入居者の自殺、若い女性たちの声に出せない「悲鳴」

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2021年01月17日 20:00  週刊女性PRIME

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週刊女性PRIME

※写真はイメージです

 新型コロナウイルス感染拡大に関連した解雇や雇い止め、給与カットなどで家賃が払えないケースが増加している。これまで数多の賃貸トラブルに立ち会ってきた司法書士の太田垣章子さんが、コロナ禍の実例をリポートする。

 2002年から家主側の訴訟代理人として、賃貸トラブルの賃借人と関わってきました。これまで出会ってきた賃借人は、2500人以上。家賃を払わず、追い出されたらまた次の部屋でも滞納を繰り返す、そんな常連の人もいました。一方で一生懸命に生きて、それでも家賃が払えずにもがいている人もいました。その度に可能な限り、最善の策は何だろう、賃借人と一緒に考えてきた気がします。

 2020年は新型コロナウイルスの余波で、苦しんでいる人とたくさん会ってきました。

 仕事を失った人、残業代が減って生活が苦しくなった人、この先が不安な人、そしてリモートでの仕事で孤独を感じる人、親の収入が減って学業を断念した若者。感染はしていないけれど、彼らもまた確実にコロナウイルスの被害者でもありました。

あえて派遣を選んできたシングルマザー

 事務の派遣社員として働きながら、ひとりで8歳の娘を育てているシングルマザーの井上さん(仮名・30代)。仕事が減らされ、家賃が払えなくなってしまいました。今回ほど正社員で働いていないことを後悔したことはない、と井上さんは言います。今まで何度か正社員になるチャンスはありました。でも井上さんは、あえて派遣を選んできたのです。

 娘さんが4歳のときに離婚。子どもが小さいと、さまざまな行事で仕事を休まねばなりません。子どもが体調を崩すこともあります。両親はすでに他界。家族の助けは得られませんが、別れた元夫が養育費をきちんと払うと約束してくれたので、大丈夫だろうと思っていたのです。ところが離婚直後から、養育費は支払われません。元夫を問い詰めると「こっちにも生活があるから」と言い、そのうち連絡も取れなくなってしまいました。

 養育費のことを正式に書面にしていたわけではありません。弁護士に依頼するのも、費用がかかってしまいます。離婚で寂しい思いをさせてしまった娘に対し、せめて行事ごとには全て参加してやりたい、そう思うとなかなか休みにくい正社員にはなれません。だから井上さんは、派遣社員としてひとりで歯を食いしばって生きてきたのです。

 ところがこのコロナウイルスで、正社員は自宅からのリモート勤務となりましたが、派遣社員の井上さんは出勤を命じられました。そして7月ごろから、仕事が減り出したのです。当然、収入も減っていきます。

「払えません」と言えない

 今までも、それほど余裕があったわけではありません。たちまち生活は苦しくなりましたが、家賃の督促をされても「払えない」とは言えませんでした。言ってしまうと追い出されてしまう、そう思った井上さんは「払います」と言い続けました。先は見えず、このままでは生活が成り立たなくなる……気持ちばかりが焦りました。

 ある日、家賃保証会社の担当者が部屋を訪ねてきました。「困ってるんじゃないですか?」そう優しく言われて、井上さんは今までの窮地を初めて口にしたのです。そのとき担当者から教えられて住宅確保給付金のことを知り、担当者は役所まで一緒に行ってくれました。

 この『住宅確保給付金』は何らかの事情で収入が減ったりなくなった人に対し、一定期間の家賃を自治体が支給してくれるというものです。この間に生活の立て直しができます。ところがこの制度を知らない人が、とても多いのです。

 井上さんは言います。

「日々生活に追われていて、制度のことは家賃保証会社さんから聞いて初めて知りました。これからはもっと助けてくださいって声を上げます。口にしてはいけないような気がしていましたが、勇気を振り絞って言ってよかったです。家賃が補填されている間に一生懸命就活します」

 この仕事をしていると、必要な人に必要な情報が届いていないと感じます。二極化とよく言われますが、まさに情報も二極化です。ただ生活に追われていると、情報を取りに行くこともできません。

 井上さんのように「払えない」と言えたことで、道が拓けた人もいます。

例年以上に多い入居者の自殺

 先進国の中でも、日本は自殺の多い国です。銃弾が飛び交うわけでもなく、治安のよさも世界トップクラスと言われているのにです。希望を持てない、夢を抱けないのでしょうか。異常なまでの「自己責任論」が人々を縛り上げているのでしょうか。

 そんな中、ここ数年、自殺者数が年間3万人から少しずつ減り始め、2019年には2万人を少し超えるほどになり、このまま2020年は2万人を割るという悲願もあったのです。ところがコロナウイルスの影響か7月以降は増加に転じ、2020年の自殺者数は11月までの速報値で1万9101人に上ります(警察庁統計)。実にコロナウイルスで亡くなった人の5倍近くの方が、自ら命を絶っているのです(1月12日現在)。

 賃貸業界でも、入居者が亡くなるということが当然に増えました。私も今まで何度か経験はあります。ですが、今年は例年以上に管理会社から「入居者が自殺しました」という相談を数多く受けたのです。

 そしていつもなら経済的に行き詰まった中高年の男性が多いのですが、こと私に限っては若い女性の悲報が圧倒的でした。中でも20代、30代が目立ちます。なぜ彼女たちは、自ら命を絶ってしまったのでしょうか。

 今となれば、直接心の声を聞くことはできません。私は何人かの遺族と話をする機会を得ました。そこでの印象は、家族の縁が薄くなっているということと、親を頼れないのかSOSを出さなかったことでした。

一度も弱音を吐いたことがない頑張り屋

 鹿児島から東京に出てきたマリコさん(仮名・36歳)はアパレルで働いていましたが、緊急事態宣言中に職を失いました。そして8月、命を絶ったのです。もともと弱音を吐かなかったマリコさんですが、コロナ禍でも親御さんには一度も連絡はなく、そのためにご両親も特に気にしていなかったとのことです。デザイナーを目指し、高校卒業後に東京の専門学校へ。デザイナーにはなれませんでしたが、それからずっと大好きな洋服の販売の仕事をしてきました。

 20平方メートルほどのワンルームには所狭しと、洋服やアクセサリーが並べてありました。几帳面なマリコさんらしく、きちんと整理されています。

「頑張り屋の長女なので、一度も弱音を吐いたことはありません。ずっと田舎は嫌だって言っていました。でも戻っておいでと言ってやればよかった」お父さんの言葉が忘れられません。

 大学を卒業して社会人となって、まだ2年。事務職として自分の立ち位置もわからないまま、わずか24歳のモエさん(仮名)も死を選びました。仕事はリモートで続けていたものの、「生きる意味がわからない」と同僚に思いの丈を吐いた矢先のことです。

 山形から進学のために東京に出てきて、そのまま東京の会社に就職しました。毎月2万円弱の奨学金の返済をし、家賃6万2000円のワンルームで頑張っていました。光熱費を差し引いたら、自由になるお金は7万円ちょっとです。生活に余裕があるわけではありません。

 いつまで続くかわからないリモートでの仕事に、行き詰まりを感じていたのでしょうか。社会人として確固たる地位を築けていない状態で、「自分がしていることは作業で、いなくなっても代わりはいくらでもいる」──そう漏らしていたモエさん。ご両親は経済的にギリギリで、娘のことを考える余裕もなかったと言います。東京での感染者が増え始めた4月に一度電話で話したきり、その3か月後に娘の変わり果てた姿と対面することになるのです。

 もっと心の内を吐き出せばいい、そう思います。言葉にすることで「自己責任」とバッシングする世相ではありますが、決して弱音を吐くことは悪いことじゃない。二度とマリコさんやモエさんのような悲しい結末を選ばなくていいように、弱さを受け入れる社会を望んで止みません。

 身近な人に声をかけてあげてください。みんなが他者を受け入れる社会にならなければ、ウイルスよりも先に心が壊れていってしまいます。コロナウイルスは、人々に生き方や人との関わり方を問うているような気がしてならないのです。

太田垣章子(おおたがき・あやこ)
OAGグループ OAG司法書士法人 代表司法書士。30歳で、専業主婦から乳飲み子を抱えて離婚。シングルマザーとして6年にわたる極貧生活を経て、働きながら司法書士試験に合格。登記以外に家主側の訴訟代理人として、のべ2500件以上の家賃滞納者の明け渡し訴訟手続きを受託してきた賃貸トラブル解決のパイオニア的存在。著書に『家賃滞納という貧困』『老後に住める家がない! 明日は我が身の“漂流老人”問題』(以上、ポプラ社)、『賃貸トラブルを防ぐ・解決する安心ガイド』(日本実業出版社)がある。

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  • 私は、正社員だけど年収50万近く下がった。でも、目先の自由や高給を我慢したから今がある。
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