【麒麟がくる】秀吉役の佐々木蔵之介「マクベスのセリフが思い浮かびました」

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2021年01月17日 21:25  ORICON NEWS

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写真大河ドラマ『麒麟がくる』第41回(1月17日放送)光秀の館にやってきた羽柴秀吉(佐々木蔵之介) (C)NHK
大河ドラマ『麒麟がくる』第41回(1月17日放送)光秀の館にやってきた羽柴秀吉(佐々木蔵之介) (C)NHK
 NHKで放送中の大河ドラマ『麒麟がくる』(毎週日曜 後8:00 総合ほか)。17日に放送された第41回「月にのぼる者」では、羽柴秀吉(佐々木蔵之介)の“貧乏”というトラウマと心に潜む闇が浮き彫りされた回でもあった。放送後、番組公式ツイッターでは「物乞いする子どもたちを見て“昔のわしじゃ”と言います。一方で、“今のわしはもう違う…”と思っています。『血の川へここまで踏み込んだからには、先に行くしかない』マクベスのセリフが思い浮かびました」という佐々木のコメントを紹介している。

【写真】ツイッターに投稿された当該シーン写真

 別のインタビューで佐々木は「大河ドラマで豊臣秀吉役というと身構えそうですが、実はプレッシャーはまったくなかったです(笑)。僕なりの秀吉というより、“『麒麟がくる』の秀吉”を演じようと思っていました。キャスト・スタッフ・池端(俊策)先生の脚本で、この作品の秀吉を育めたのかなと思っています」と、手応えを語っていた。

 藤吉郎時代については「天性の明るさと人懐っこさ、信義の厚さを、主体に据えて演じていました。それが礎になければ、例えば、“才気ある調略の名人”とはならず、ただのペテン師になってしまうからです。この『麒麟がくる』での藤吉郎は、大仰でふだんから芝居がかっていて、“この世は長い狂言”みたいな振舞いです。猿芝居や悪知恵を働かせているように見える時もあったかもしれません。ただそれは、彼が生き抜くための、ひとつの手段だったと思うのです」と述懐。

 「秀吉」を名乗るようになってからは、「演じていて変化の予兆を感じたのは、織田(信長/染谷将太)の家臣になってからです。それまでのただただ立身出世を目指す快活で無邪気なサルから、明らかにステージが上がりました。池端先生の脚本にも、そのあたりから “ふと真顔になり”とか“ニッと笑い”というト書きが出てくるようになりました。それは役を造形していく中で、とてもヒントになりました。また、髭、も僕の中で大きいです。周りの武将はみんな早くに出世をして髭(ヒゲ)を生やしはじめていたので、序盤からスタッフの方に『僕はいつからヒゲを付けられるんだ』と聞いてました(笑)」。

 そんな秀吉も立派なヒゲを生やすようになり、第41回では播磨攻めで初めて総大将を任されるまでに。その出陣を前に、秀吉は明智光秀(長谷川博己)の館へあいさつに出向く。迎えた光秀は、自分に密偵をはべらせ、行方不明の名茶器「平蜘蛛(ひらぐも)」を隠し持っていることを信長に報告し、さも裏切ったかのように仕向けた調略について、問いただす。

 ところが秀吉は悪びれる様子もなく、「乱世を平らかにしたあとで謝れば許してもらえると思った」と返答。さらに光秀が「平らかな世」とはどういう世か、と尋ねる、2人の緊張感あふれるやりとりが見応えあった。

 佐々木は「第41回も物語のキーになるシーンと思っています。光秀と『平らかな世とは』という問答をするのですが、その問いに秀吉は『昔のわしのような貧乏人がおらぬ世だ』と返します。底辺から這い上がって来た秀吉に、光秀が何も言い返せないような返答でした。ただ、武士となった秀吉は後年、『刀狩り』をするなど、“昔のわし”などは上がって来れない体制にしようとしました」と、コメント。そういう千変万化の力こそ、秀吉がうまくやっていくことができた秘けつだったのかもしれない。

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