高校時代の小島慶子さんが資産家の子もサラリーマンの子も「生まれを選べないのは皆同じ」と気づいた理由

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2021年01月18日 06:50  ウィズニュース

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写真小島慶子さん=本人提供
小島慶子さん=本人提供

40歳を過ぎてから軽度のADHD(注意欠如・多動症)と診断された小島慶子さん。自らを「不快なものに対する耐性が極めて低い」「物音に敏感で人一倍気が散りやすい」「なんて我の強い脳みそ!」ととらえる小島さんが綴る、半生の脳内実況です!
今回は、私立の中学・高校に通い、とてつもなく恵まれた級友の存在に「世の中は不公平だ」とふてくされた経験を通して、小島さんが気づいたあることについて綴ります。
(これは個人的な経験を主観的に綴ったもので、全てのADHDの人がこのように物事を感じているわけではありません。人それぞれ困りごとや感じ方は異なります)

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オノ・ヨーコさんが在学していた頃
 前回は高校時代のことを書きました。私が幸運だったのは、中高6年間で、知的好奇心を刺激し長所を見つけてくれる教師たちや、おおらかな友人たちと出会えたことです。校則はありましたが理不尽なものはなく、教師にも生徒にも個性的な人がいました。つまり当時のキャンパスには、ちょっと偏ったところのある人が、変わり者なりに生息していられる程度の大らかさがあったのです。

 もしかしたら、私の他にも発達障害の特徴を持つ生徒や教師がいたかもしれませんが、そういう凸凹を長所や才能として許容する空気があり、生徒たちも変人を面白がりつつ共存する感じだったので、それなりにサバイブできた人も少なくなかったのではないかと思います。

 母校の卒業生であるオノ・ヨーコさんが在学していた頃のことを伝え聞いたという年配の先生が「聡明で大人びた生徒だったそうだ」と話していました。10代の頃のオノさんが実際どんな少女であったかはわかりませんが、かなり前衛的なアーティストになった卒業生を好もしく言う先生がいたことも「人と違っていても良いんだな」と思わせてくれた一因かもしれません。

 言葉遣いや作法についても「しかるべきところに出たらきちんとした振る舞いができることが大事だが、仲間内ではくだけていても良い」という暗黙の了解があったように思います。全体主義的な厳格さはなく、現実的で自立を重視した教育だったので「普通」の幅に多少の余裕があり、私のような「みんなの普通」から逸脱しがちな者にもそれなりに居場所があったのでしょう(困ったものだと眉をひそめていた先生もいたはずですが)。

100年歌い継がれてきた「金剛石 水は器」
 また、国語教育に非常に力を入れている学校であったことも幸いしました。読解や作文には決まった答えがないので、解釈がかなり独特でも、文章が荒削りでも、何かそこに光るものがあればよしとしてもらえます。読んだり書いたりすることで自分の凸凹を伸び伸びと発揮することができ、それを肯定される経験を繰り返して、自信をつけることができました。中学受験の際に「慶子は国語が好きだから、きっとあの学校が合っている」と判断した母は慧眼(けいがん)だったと言えるでしょう。

 入学式などでは「金剛石 水は器」という古くから学校に伝わる歌を歌いました。ダイヤモンド(金剛石)も磨かなければ光らない、水は器次第で形を変える、つまりは勉学に励み、よき友を得て切磋琢磨しなさいよという内容で、当時の私は「そりゃそうだよね、わかってる」くらいに思っていました。

 今は「あなたは自分を石ころだと思っているかもしれないけれど、強い輝きを秘めているのですよ。自分なんてどうせこんなものだと思っているかもしれないけれど、あなたはどのようにもなれるのですよ」というメッセージでもあったのだという気がしています。

 何よりも硬いものと何よりも柔軟なものを並べてそのように喩(たと)えたのは、絶えず変化し続ける生身の体を生きながら、時間をかけてゆっくりと学びを深め普遍的な気づきを得ていく人の有り様を歌ったものとも思われ、100年を超えて長く歌い継がれるのもむべなるかなという思いがします。

「自分は親の資産も人脈もないから」
 中学時代の話で書いたように、学校に通い始めた当初は、とてつもなく恵まれた人たちの存在を知って、世の中は不公平だとふてくされました。けれど高校に上がると「どのように生まれてくるかを選べないのは、皇族の子も資産家の子もサラリーマン家庭の子も皆同じだ」と気がつきました。

 裕福なクラスメイトを呪ったところで、人生が豊かになるわけでも利口になるわけでもない。あの子が名家の娘に生まれたせいで、私がサラリーマン家庭に生まれたわけじゃない。あの子も私も、どう生まれてくるかなんて選べなかったんだ。家も、体も。

 だったらどうにもならないことを嘆くよりも、自分で選べることや自力で変えられるもので人生をなんとかマシな方向に持っていこう。好きなことや得意なことを伸ばして、人よりも上手にできるようになろうと思いました。そんなわけで、高校ではわりとよく勉強しました。

 自分は親の資産も人脈もないから、なんとかして経済的自立を果たさねばならないけれど、それは自らの人生を好きに決める自由を手にしていることでもあると思いました。守らなければならない家名はないし、名誉を重んじる親戚もいない。富裕層でも貧困層でもなく、一等地でも過疎地でもない場所に生まれた自分は、努力次第で何にでもなれる。「中庸(ちゅうよう)って自由だ」と思いました。

 景気の良い時代の所得の高いサラリーマン家庭の子どもだったからこそ描けた甘い幻想でしたが、しかしそのように自分の可能性を無邪気に信じることができたのは、幸せな子ども時代だったと思います。後に現実の厳しさを思い知ることになっても自分への信頼を失うことがなかったのは、あの6年間があったからだと、年齢を重ねるほどに思います。

 この「どのように生まれてくるかを選べないのは、皆同じ」という気づきは、とても大きなものでした。家庭環境や経済状況だけでなく、どのような身体を持って生まれてくるか、どのような特性を持って生まれてくるかもくじ引きのようなものです。選べないのです。

 与えられたものの中で長所を生かし、足りないものを補って工夫するしかありません。気付いたら生まれていたこの命は、どうしようもない己のありように閉じ込められて、生涯そこから出ることは叶いません。

 であればこそ、不利な立場にある人には必要な支援が届けられ、どんな状況であっても教育や就労などの機会が与えられる世の中でないとなりません。苦境にあっても挑戦することができ、失敗してもやり直せるような社会です。

 今盛んに言われている「多様性と包摂」というのも、あなたがそのように生まれたことが排除の理由にならない世界にしましょう、あなたが誰であっても歓迎され、居場所を得ることのできる社会にしましょうということだと思います。スタート地点は選べなくても、誰も取り残されることのないように。

 もともと安全で恵まれた場所にいる人にはピンとこないかもしれませんが、そんな人も立場や身体の具合が変われば、それがどれほど心強いメッセージであるかを実感するでしょう。

 私も20代でこの社会で女性がどのように扱われているかを知り、30代で不安障害を発症し、子育てを経験し、40代で発達障害が判明し、外国に住んで少数派の立場に身を置き、だんだんと「どのように生まれても安全に生きることができる」ことがどれほど重要であるかを理解しました。

レディー・ガガの歌う「Born This Way」のように
 レディー・ガガが「Born This Way」で歌っているように、他にどんなありようもなくこれが私なんだと、生来の自分を誇らしく思えたら素晴らしいですよね。。けれどあの歌に多くの人が勇気づけられたのは、現実には人が「なぜ自分はこんなふうに生まれてきてしまったのだろう」と思わずにはいられないことがたくさんあるからでしょう。

 それは社会が「あなたはあなたであってはならない」と言うからです。人種や性別や国籍や性的指向や障害や病気や見目形(みめかたち)など様々な理由で「それじゃダメ」と拒絶され、「ああ、自分はあるがままで存在してはいけないのだ」と悔しくやるせない思いをしている人がたくさん、たくさんいるからです。

 私たちは誰もどのように生まれてくるかを選べません。傍目(はため)には恵まれて見える人にも、それぞれに人知れぬ苦しみがあるでしょう。みんな異なる肉体を生きているので、決して互いの苦しみを「わかる」ことはできませんが、誰の人生にも苦しみがあると「知る」ことはできます。また、それがどのようなものであるかをわかりたいと相手に伝えることはできます。

 発達障害についても、同じです。そういう先天的な脳の障害があるのだと知ってほしいですが、知識を得ることと「わかる」ことは全くの別物です。そんなに簡単には、わからないのです。でも、想像することはできるでしょう。そして「わかりたい」という気持ちを示すことが、障害を持つ人に対して心を開き、社会を開くということではないかと思います。

 先日、ある精神科医から” Respectful Curiosity”という言葉を教えてもらいました。人との関わりには、敬意を込めた好奇心が重要だというのです。興味本位の詮索や勘ぐりではなく、敬意を払いつつ相手に関心を持つことが大事なのだと。

敬意とは「あなたは私よりも大きく、尊い存在である」という気持ちです。自分よりも大きなものを知り尽くすことはできません。敬うこととわからないことは、一体なのですね。そのような気持ちで相手に向き合った時に「未知なるあなたを知りたい」という謙虚な問いが生まれます。障害を理解しようとする気持ちも、そういうものであってほしいです。

(文・小島慶子)


小島慶子(こじま・けいこ)
エッセイスト。1972年、オーストラリア・パース生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『曼荼羅家族 「もしかしてVERY失格! ?」完結編』(光文社)。共著『足をどかしてくれませんか。』(亜紀書房)が発売中。

※withnewsでは、小島慶子さんのエッセイ「Busy Brain〜私の脳の混沌とADHDと〜」を毎週月曜日に配信します。

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  • 女性で、発達障害で、平凡な家庭だったから不幸だと言うんだろ。そんなことをネガティブに捉えて社会や政府を叩くのはオマエくらいだぞ。
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