阪神・金本監督時代は本当に暗黒だった? 選手を見極める“眼力”は再評価すべし

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2021年01月19日 16:00  AERA dot.

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写真阪神の金本知憲元監督 (c)朝日新聞社
阪神の金本知憲元監督 (c)朝日新聞社
 阪神・金本知憲前監督はチームに何を残したのか。

【写真】「平成で最もカッコいいバッティングフォーム」はこの選手!

 就任中は前時代的などと、批判が飛び交った。しかし当時の若手が、ここ数年で伸びている現実もある。賛否両論入り乱れる『アニキ』の真の評価とは……。

「やり残したというのは多々ありますけど、結果の世界ですから。成績不振です。何より最下位というね。『もう少し、頑張ってみてよ』ということは言われましたけど、僕の意思も固かった。しんどかったというのが一番ですね。でも若い選手が良い成績を残してくれた時とかは本当にうれしかったし、逆に僕の方がワクワクしてね。『このまま良くなってくれよ』とか。そういう楽しい思いもあった」(金本監督・当時)

 18年10月11日、契約期間が残っていた金本監督が電撃的な辞任を表明した。前年オフには新たに3年契約を結んでいたため、任期途中での辞任に衝撃が走った。

『超変革』『挑む』『執念』を掲げて、若手に大きな期待を寄せつつ勝利を目指したが、結果は残せなかった。時には時代錯誤と揶揄される根性論的な指導方法に対する反発も多かった。形式上は金本からの辞任となっているが、事実上は親会社の阪神電鉄などが主導となった解任とも言われた。

「現役時代から知っている人は、信じられない行動。頑固なまで真っ直ぐで、決めたことには最後まで筋を通す。球団、ファンなど各方面からの逆風は強かったが、任期途中で自ら辞するなんて考えられない。本人の思いとは違う場所で物事が進み、組織内での決定事項を受け入れざるを得なかったのだろう。辞任の形を取ったのは本人への配慮ではないか」(阪神担当記者)

 現役時代には広島、阪神で現役通算21年間プレーし、2578試合に出場。2539安打、476本塁打、1521打点と一流の成績を残した。また、ケガを押してでも試合に出場し続ける姿は『鉄人』と呼ばれ、1492試合連続フルイニング、13686連続イニング出場という世界記録を樹立した。16年からの阪神監督通算3年では、429試合204勝216敗9分で負け越し。Aクラス入りした17年の2位(CSの1stステージでDeNAに敗退)が最高成績で残りは4位(16年)、6位(18年)と苦しんだ。

 名選手が名監督になるのは難しい。現役時代に大きな栄光を経験したため、自分自身のやり方こそが1番と考えてしまう。就任1年目の春季キャンプから、選手たちは『金本イズム』を求められた。全選手にウエイトトレーニングや走り込みを徹底させた。また試合後の監督談話では名指しで選手批判することもあった。レジェンド監督への不満は、チームの低迷とともに日に日に大きくなって行く。

「すべてが悪循環の3年間だった。時代遅れの方法に感じられたが、選手、周囲とも1年目は我慢した。2年目に2位という結果が出て、早々と契約を延長したのも結果論だが早急過ぎた。優勝を狙う、と公言した3年目はまさにどん底で、周囲も堪忍袋の尾が切れた。監督本人への批判も殺到、相当のストレスが溜まっていた。シーズン中もどことなく元気がなかった」(阪神担当記者)

 3年目はシーズン序盤から選手との溝ができ始め、求心力はさらに降下。連日、ファンからの批判にも晒され、負ける度に強烈なヤジを飛ばされた。9月末の名古屋では宿舎前でファンからヤジを飛ばされ激怒、一触即発の状況になった。しかも一部始終の動画がSNSにアップされてしまい、監督という管理者としての資質まで問われる事態にもなった。球団内外の360度が敵だらけになってしまい、心も折れてしまったようだ。

「阪神は独特で、『外様』に対しての風当たりが強いのは昔と変わらない。球団内、ファンなど関わる人すべてにそういう部分がある。現役時代、優勝の立役者となった金本も同じ。現役選手ならば結果を出せば、周囲を黙らせることができる。だが監督はそうも行かず、すべての負けの責任を問われる。『外様』監督なら尚更、強い批判が出る。仮に『生え抜き』監督だったならば、任期途中での退任にならなかった可能性もあったかもしれない」(阪神OB)

 現役時代の03年、阪神移籍初年度に18年ぶりのリーグ優勝に貢献した金本も、『外様』という括りでは同様の扱いを受けていた。監督退任後の今でも「暗黒時代を作り上げた」とネット上などを中心に批判されることも多い。確かに在任期間中の阪神は頂点に立つことはできなかった。根性論など、時代遅れと感じる部分も目立ち、批判されやすい要素満載だった。しかし金本が起用して鍛え上げた選手たちが、現在の中心になりつつあることも忘れてはいけない。

「監督は僕をプロの世界に導いてくれた人。感謝の気持ちでいっぱいです。結果で恩返ししたかったので悔しいです」

 大山悠輔は、16年ドラフト1位で白鴎大から入団。当時、1位は創価大・田中正義(ソフトバンク)、桜美林大・佐々木千隼(ロッテ)の即戦力投手と噂されていたため、指名時には会場にブーイングが起こったほど。それでも将来性に惚れ込み、指名したのは有名。昨シーズンは素質が大きく開花、28本塁打85打点とタイトル争いにも加わった。

「『若いんだからミスとか恐れずにやれ』といつも言っていただいていた。ずっと使っていただいて感謝しています」

 糸原健斗は同じく16年ドラフト5位で社会人・JX−ENEOSから入団。ドラフト前には監督自ら試合会場まで足を運び指名するほど、高い野球センスに釘付けになっていた。昨年は試合中の骨折などでシーズン大半を棒に振ったが、そこまで312試合連続出場を続けていた。

 また左のエース候補として期待される高橋遥人は17年ドラフト2位で入団。新人合同自主トレ時から「スゴイわ。アレ、打てないと思うよ」とコメント。同年の開幕直前、テレビ番組では「スピードも良いですし、ベース上でのキレが素晴らしい。僕はああいう投手、プロ野球入ってから見たことないですけど」と大絶賛。視聴者へのサービスもあるのだろうが、長年数多くの投手を見て来た、金本の目には甲子園のマウンド上に立つ姿が想像できていたはずだ。

 そして忘れてならないのが、今や攻守でNPBを代表する捕手になった梅野隆太郎だ。14年の入団以来、定位置を確保できずにいた梅野が正捕手となるきっかけが17年。ライバル捕手の故障も重なったが、同年に112試合出場を果たしチャンスを掴んだ。また陽川尚将にとっては1軍に定着し始めた頃の監督。昨年はキャリアハイの8本塁打を放ち更なる飛躍を期待される。

 監督当時は批判を浴びたこともあった育成方法だったが、能力を見込んだ選手たちに結果が出始めているのも否定できない。

「結局はチームが勝てるかどうかで変わる。元巨人監督・高橋由伸は現4番の岡本和真を育てたと言われる。これは監督退任後、リーグ連覇という結果が伴い、岡本が中心打者になったから。今後、阪神が強くなった時に大山や高橋などが結果を出していれば評価も一変する。勝負の世界はそんなもの。今、阪神に強くなって欲しいと1番思っているのは金本自身ではないか」(在京テレビ局スポーツ担当)

 チームの勝負に関しては結果が出せなかった。しかし育成部分では選手を見極める眼力など、すべてが間違いではなかったと言える。

 そもそも現場経験がないままの監督就任自体、深く議論されるべきことでもある。当時の首脳陣は片岡篤史打撃コーチなど、金本の個人的ラインでの招聘が目立った。球界の長い歴史を振り返れば、同方式での功罪は予想できたはず。他の有能コーチ陣を呼ぶなど、周囲のサポートが足りなかったとも考えられる。

「指導者としての経験が無いことについて言われることもあろうかと思いますが、我々、新たなコーチングスタッフ、フロント一同が、一層の協力体制を敷き、ともに戦っていける体制を作っていきたいと思いますので、皆様宜しくお願いしたいと存じます」(阪神・坂井信也オーナー・当時)

 金本監督の就任会見でのオーナーの言葉が虚しく響く。そして「しっかりしたサポートがあれば金本監督は結果を残せるのか?」を見てみたい気もする。

 一時期、ネット上などで盛り上がった「金本・広島監督待望論」。練習による強化がチームの伝統である広島などでは、意外とハマるような気もする。










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  • 次は広島の監督をやるかもしれないですね。
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