写真家・公文健太郎 半島という「点」を淡々とつないで見せる日本の姿

0

2021年01月22日 18:00  AERA dot.

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

AERA dot.

写真男鹿半島(撮影:公文健太郎)
男鹿半島(撮影:公文健太郎)
 写真家・公文健太郎さんが北海道から鹿児島県まで全国8つの半島を撮り歩いた作品集『光の地形』(平凡社)を出版した。これまでの『耕す人』(平凡社)、『地が紡ぐ』(冬青社)、『暦川』(平凡社)に続くシリーズの4冊目となる。公文さんに聞いた。

【写真】公文健太郎さんの作品

 公文さんが「半島」をテーマに撮っていることを知ったのは2年前。キヤノンのミラーレスカメラ「EOS RP」のプロモーション動画「半島」をインターネットで見つけたときだった。

「基本、ぶっつけ本番」の撮影旅。動画を再生すると、面白そうなものを見つけたとたんに走っていく公文さんの姿が。魚売りのおばちゃんと出会えば、いきなり話しかける。

「お母さん、ぼく、ちょっとついていってもいいすか?」
「うーん、時間かかるよ」
「いいよ、全然いい、暇だから」

 あっという間に相手との距離を縮めてしまう茶目っ気たっぷりの表情、人情味のある話しぶり。昔、「西遊記」に孫悟空役で出演していた堺正章の雰囲気にそっくりだ。
北海道から鹿児島県まで「8半島にはそれぞれ意味がある」

 そんな公文さんが出来上がったばかりの写真集を持ってやってきたのは東京・青山の古めかしい喫茶店。店の照明と同じオレンジ色の景色が表紙に写り込んでいる。

 雲が流れる空。ススキのような細長い葉が目の前をたなびいている。その遠く奥のほうで白波が打ち寄せ、弧を描く海岸。海に突き出た港の堤防。山なみの迫る細長い平地に暗い色の家々の屋根がへばりついている。

 そこに明かりをともすような「光の地形」というタイトル。「日本は、半島のつらなりである」と書かれたオビ。大小さまざまな半島をつなげていくと日本になるという――確かにそのとおりだ。

 公文さんが「なんとなく、半島をやりたいなあ」と思い始めたのは7、8年前。

 半島といえば、『千年楽土』(ブレーンセンター)で紀伊半島を撮った百々俊二さんや、『かんながら』(PlaceM)で房総半島を撮った須田一政さんが思い浮かぶ。

「やっぱり、半島というのは面白いと思うんですね」

 三方を海に囲まれながらも一方は陸地とつながっている地形。そんな隔絶された行き止まりの場所にタイムカプセルのように保存された文化の濃さ。一方、海の向こう、外界には開かれている。特に明治時代までは海路がいまよりもずっと身近だった。
「その象徴がこの写真なんです」

 公文さんはそう言って、最初のほうにあるページを見開く。撮影地は四国にある日本一長い半島、佐多岬半島。使われなくなった港の突堤に荒波が押し寄せ、どっぷりと潮に洗われている。

「つまり、文化とか、宗教とか、外国からの軍隊とか、いろいろなものが半島に押し寄せてきた。その象徴として撮ったものです」

 写真集の作品は半島ごとにまとめられているが、区切りはなく、ページをめくっていくうちに、いつの間にか別の半島の景色へと移り変わっていく(撮影場所は巻末に記載されている)。

「北から南まで、半島という『点』を淡々とつないでいくことによって、日本の全体像を見せたいんです。そうやり方が好きなんですね」

 そのうえで、「撮影した8半島にはそれぞれ意味がある」と言う。

 導入部の佐多岬半島は「半島に暮らす」ということ。能登半島は海と人の暮らし、島原半島は半島の成り立ち、紀伊半島は森と人の暮らし、薩摩半島は日本の入口と出口としての半島、下北半島は古いものと新しいもの、男鹿半島は宗教、亀田半島は根元と先端との距離と、熱を込めて説明する。

「わりと考えているんですよ(笑)」
人も産業も海からやってきたイメージの能登半島

 対岸に九州の山々が見える佐多岬半島の地形は急峻で、山の縁が崖となり、海に没している。そんな場所に点々と家や港がある。「この海では関あじ、関さばがとれるんです」。漁船に乗せてもらい、豊後水道へ。捕った魚の内臓を抜き、べっとりと血のついた漁師の手が生々しい。「こんなんでした」と、公文さんも説明の手のひらを傾ける。船はひっくり返ると思うほど揺れたらしい。場面が変わり、低い太陽の光に照らされたミカン畑。「スペイン・アンダルシア地方みたいな風景です」。そこに腰を下ろす農家の人。(ああ、『耕す人』だ)、と思う。

 ページをめくると、「能登半島です」と言われるが、違和感はない。「氷見の寒ブリ」の水揚げ設備。網を作る女性たち。半島の中ほどにある七尾湾は牡蠣養殖が盛んで、大量の牡蠣殻がトラックに積まれていく。伝統的な手法による塩づくり。輪島の街でひときわ元気な魚売り。「人も産業も海から来ているイメージです」。おばあさんが冬の海の際を這うようにして採っているのは岩ノリ。それを川に浸かりながら洗った後、乾燥させる。家の前には白い小舟が置かれ、そのわきの桜の木に薄暗い光が当たっている。

 一転して陽光。野球グランドを背景に桜が咲いている。島原半島。「噴火災害から約30年たって、復興した街」。その道路際にたたずむ男性。

「噴火した年に生まれたという人です。背景は雲仙普賢岳。もうすぐ子どもが生まれる、という日に出会ったんです」
漁業でかつて潤った名残りと原発の風景

 紀伊半島を炭焼きに絞って写したのは、「この半島はあまりにも大きいので、テーマを絞らないと撮りきれないから。それで、紀州備長炭がいいな、と思ったんです」。炭焼き小屋からは古めかしい軍艦の大砲のようなパイプが並び、突き出ている。その先からうっすらと煙が立ち上る。真っ赤な焼けたての炭。その熱で変形したような茶色い指。闇夜の森を背景に赤い火の粉が静かに舞い上っていく。

「植生も外国みたいで、ちょっと異国感を意識した」と言う薩摩半島。砂むし温泉で知られる指宿の南には山川港がある。鰹節が特産品で、なかでも高級な本枯れ節の生産は日本一という。鰹節工場で働く海外からやってきた女性たち。対岸の大隅半島を行き来するフェリー。「日本の入口であり出口であるという感じを表現するためにフェリーで行ったり来たり。乗っている人のポートレートをたくさん撮りました」

 下北半島は祭りの場面から始まる。低い雲が垂れ込めた暗い津軽海峡を背に獅子舞が跳ねている。酒樽で飾られた山車。神様を迎え入れるための豪勢な供え物が置かれた屋敷の玄関。漁業で潤ったかつての暮らしぶりを感じさせる。そして、あまりにも対照的な現実。

「ここの人たちはけっこう、東通原発で働いているんです」

 原発労働者の寮。太陽光発電パネル。石油備蓄基地。

「そういうものを気持ち悪いくらいに美しく撮りたかった」

 男鹿半島では「なまはげを撮りました。山の神様です」。蓑をまとった金髪のいまふうの若者が雪の上をふらふらと歩いていく。たずねた家々で酒を振る舞われ、千鳥足なのだ。手にしたゴワゴワした長い髪の面。

「で、まわり終えたら、山の中の御神木になまはげの衣装を結び付けて、手を合わせて、山にお帰りいただくんです。たぶん、このことを知っている人はほとんどいないです」

 亀田半島では昔、馬を使い、先端にある恵山から硫黄や木材を根元の函館の町へ運んでいた。その名残で、この地ではいまも「馬喰」が営まれている。「馬を育てる仕事。馬肉用とか、観光用の馬」。その岩のような背中に雪が降り積もっていく。「馬刺しの肉はたいがいポニーですね」。ぽつりと言う。(そうなのか)、初めて知った。日本は広いなあ、と思う。
空気感や、ものが語りかけてくるような存在感も伝えたかった

 ちなみに、シリーズ1作目の『耕す人』では農家の人のしぐさがすごく気になったそうで、それを見せるように写したという。それに対して今回は、もう少しその場の空気感や、ものが語りかけてくるような存在感を伝えたかった。作品に人のない風景が増えたのはそのためだ。

「『いままでとは違うね』とおっしゃられる方がすごく多いんです」

 確かにそうかもしれない。でも、写真集を見終わると、(やっぱり、公文さんだなあ)と、思ってしまう。色づかいも撮り方もブレがない。

「今回、初めてデジタルで撮りましたけれど、連作なので異質なものにならないように、フィルム(アナログ)の質感を出すことにこだわりました」

 大きなテーマである「土地と人の暮らしとのつながり」は、『耕す人』以来、一貫している。

「いちおう、4連作なんです」

 そう言うと、すぐにこう言い直した。

「5、6連作になるかもしれません」

 茶目っ気たっぷり、ではなく、決意表明のような顔だった。

                  (文・アサヒカメラ 米倉昭仁)

    前日のランキングへ

    ニュース設定