天龍源一郎が語る“同世代プロレスラー” 藤波辰爾、長州力への思いとハンセン、ブロディからのアドバイス

11

2021年01月24日 07:00  AERA dot.

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

AERA dot.

写真天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ(撮影/写真部・掛祥葉子)
天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ(撮影/写真部・掛祥葉子)
 50年に及ぶ格闘人生を終え、ようやく手にした「何もしない毎日」に喜んでいたのも束の間、突然患った大病を乗り越えてカムバックした天龍源一郎さん。2020年2月2日に迎えた70歳という節目の年に、いま天龍さんが伝えたいことは? 今回は「同世代プロレスラー」をテーマに、飄々と明るくつれづれに語ります。

【写真】ダイエットに成功してスリムになったブル中野さん

*  *  *
 昨年2月に日本プロレス殿堂会を立ち上げて間もなく1年が経つ。今回は一緒に立ち上げ人になった同世代のプロレスラーである藤波辰爾選手、長州力について少し話そうかと思う。

 藤波選手は殿堂会について話をしていて、一番常識的で、普通に人に伝わって、ファンに寄り添った話ができる人物だ。俺と長州は突拍子もないことを言うけど、それもちゃんと反映して発信してくれるんだから頼りになるよね。さすが、新日本プロレスの社長を任されただけはある。俺がフリーで新日本プロレスの試合に出ていた頃、彼は社長という立場だった。俺が若い選手と汗まみれで試合をしている中、彼は社長として試合を差配して、俺に会っても「ご苦労さま! 今日はよろしく頼むよ!」なんて言って試合を見ているんだから。同世代の選手がそうなっているのを見ては、そうなりたくてもなれない自分と比べてしまって忸怩(じくじ)たる思いをしたもんだ。だから、藤波選手が社長を辞めて現役復帰したときは大いに喜んだよ(笑)。

 彼はからだが大きくない割に懐が深くて、プロレスの引き出しが多い人だ。そしてなによりガッツがある。柔道や相撲から転向してプロレスラーになる場合は地域や周囲の関係で勧誘されることも多いが、藤波選手はプロレスラーになるために中学卒業と同時に大分県から上京したからね。イスで殴られて血みどろになっているプロレスラーを見て、“俺もなりたい”って、普通の中学生だったら思わないよ(笑)。だから肝が据わったところがあるのかな。

 それに藤波選手はいろいろな技を開発しているけど、どれも理にかなっているというのも特徴だ。例えばドラゴンスリーパーホールド(※相手の背後から顔面と片腕を絞める技)は柔道の絞め技やテコの原理を応用している。ドラゴンスクリュー(※相手の片足を抱えて巻き込むようにからだごと回転して倒す技)はアマレスの片足タックルを元にカール・ゴッチさんと開発したとそうで、食らった方が無理に踏ん張ると足首をやられるから倒れざるを得ない。俺もこの技を使わせもらったよ。俺はアントニオ猪木さんの延髄斬りやこのドラゴンスクリューとか、なんでも人の技をコピーして使っていたから(笑)。

 トぺ(※リングから場外にいる相手に向かってダイブして体当たりをする技)をやったり、自分のオリジナルの技を開発したり、そうやってアピールして、猪木さんや坂口征二さんのようなからだの大きい人がいる新日本プロレスでトップを張ったのはすごいことだよ。

 そのトぺでの思い出といえば、いろいろなところで話しているが、東京ドームで藤波選手と対戦した時、トぺをかわそうとして俺が出したグーパンチが彼の鼻にもろに入ってしまって、大量の鼻血が噴き出してしまったことだね。試合の後、バックヤードで伽織夫人とお会いしたから、すれ違いざまに挨拶したら、夫人にはツンとした顔で無視されたよ。あの時の夫人は怒っていたね……! それから俺はずっと気がかりだったんだけど、2020年2月に猪木さんの食事会で藤波選手とご一緒して、夫人が気にしていないと聞いて、ようやく安心した。当の藤波選手は「天龍にやられたせいで鼻が低くなった。本当はもっとハンサムだったんだ」なんて方々で言ってるからね。もともと、八頭(やつがしら)みたいな鼻だったろうに!(笑)

 冗談はさておき、そんな彼はいまでも現役で、今年でデビュー50周年を迎える。70歳近く(67歳)になってもあの体形をキープしているのがすごいよ。さらに、猪木さんから植え付けられたプロ意識だろうと思うが、あの歳でもサポーター類を一切つけてないのもすごいね。ジャンボ鶴田がニーパットを付け始めたとき「膝を痛めたのか?」と聞いたら、「将来悪くならないために、今から付けているんだよ」だって。いかにもジャンボらしいし、藤波選手とは正反対だ。あの歳で現役で、自分の気持ちを作るのは大変だと思う。俺も晩年は試合前にリングシューズの紐を通している時「いつまでこんなことをしているんだろう」「周りもこのおっさんはいつまでやるんだって思っているんだろうな」という葛藤があった。藤波選手もそういった葛藤と戦っていると思う。息子のLEONAも現役プロレスラーだから、頑張っている姿を息子に示したいという気持ちも強いだろう。だからLEONAがもっと頑張ればいいんだよ! そうしないと安心して引退できないじゃないか!?(笑)

 藤波選手は殿堂会でも天龍、長州に囲まれてほんわかしているけど、結構負けん気が強いよ。だって、猪木さん、山本小鉄さん、坂口さんがいる環境で育って、その下の世代も面倒な奴らが多いだろう(笑)。そこでずっと第一線でやっていたんだから強いはずだよ。ここまで来たら長く頑張って、自分でプロレスは腹いっぱいだって満足するまでやってほしいというのが、先に引退した俺の思いだ。あと「藤波家の食卓」のスペアリブは旨い! いつも食ってるよ!

 長州力については、これもあちこちで話しているけど、フロリダで転戦していた時にお世話になっていたタイガー服部さんから、「光男(吉田光男=長州力)がここにもいたんだ。アマレスからプロレスに転向して最初はうまくいかなくてよく愚痴をこぼしていた」という話を聞いて、面識はないけど身近に感じるようになった。俺も相撲からプロレスに転向してうまくいかずに悩んでいた時期で、同じような経験をしているんだなって。

 長州力との初対面は帰国後、記者クラブの表彰式だった。その当時、女子プロレスの人気がすごくてね。俺はひねくれているから「ふん、女子プロなんて」と斜に構えていたけど、長州はダンプ松本を見かけたとたん「おお! ダンプちゃん! 元気〜?」なんて気軽に声をかけて驚いたよ! あの頃は仏頂面で気難しそうな男だったから、こんなにフランクに声をかけるんだってね。

 この時をきっかけに親しくなって、よく飲みに行くようになったんだ。見かけはいかつくてムカデみたいな顔してるけど、一度気を許した相手には楽しくてフランクになるよね。ジャイアント馬場さんから「お前は長州と仲がいいんだろう? 全日本に来ないか聞いてみてくれないか?」と言われて、長州に打診したことがあるけど、そのときは「俺は今の新日本で満足しているから」と断られた。だから、数年後に全日本プロレスに移籍してきたときはビックリしたよ。その時は俺は絡んでいないからね。

 それから約2年間、毎週、どこに行っても長州と対戦したけど、一度も飽きることがなかった。すごく楽しくて、プロレスをやっているという実感があったね。「今日はこうやって仕掛けたら、長州は驚くかな?」「これをやったら長州はどうやって受けるだろうか」なんてことをいつも考えていて、長州もそれを受けて返してきた。アマレスのバックボーンもあって実力があるから、俺が仕掛けたことは全部受けて返してくれる。おかげで俺のプロレスのレベルがグッと上がった2年間だった。その後の自分の試合を見ても明らかに自信を持って戦っているのがわかるからね。歌手が紅白歌合戦に出場したくらいに自信がついたんじゃないか。

 当時の全日本はNWAのアメリカンスタイルの試合が主流で、最後のフォールに向けてじっくり試合を組み立て行くスタイルだった。俺は技のバリエーションも少なく、まだ実力もなかったから、全日本のスタイルは苦手だったのかもね。長州の試合開始と同時にガシャーン! と来て、エネルギーを一気に放出するスタイルが相撲出身の俺には合っていたんだ。あのときは長州だけじゃく、アニマル浜口さんや谷津嘉章もムキになって向かって来ていたなぁ。

 長州の方が俺より年下だけど、彼の方が先にデビューしている分だけ、俺は先輩だぞっという感じを今でもグイグイ出してくるよ(笑)。一緒に飲んでいても自分が先に酔っぱらったような仕草は絶対に見せないし、今だって会ったときに「最近飲んでる?」って聞くと、「全然飲んでないよ。泡盛が好きで飲んでるくらいかな〜」とか「朝まで飲んで一睡もしていないからちょっと寝るわ!」なんて言ったり。とにかく負けず嫌いでカマしてくるんだよね……。

 それでもずいぶん柔らかくなったよ。東京ドームのリングに孫と一緒に上がったり、YouTubeやTwitterでいろいろやったりね。俺からしたら「えー! 長州、そんなことするの!?」だけど、そのギャップがいいんだろうね。「飛ぶぞ!」だって若い子の間でも人気があるんだろう? 彼の発言は独特の感性があるよね。まぁ、すべて計算してやっているよ。だって彼は大卒だから! 俺と藤波選手は中卒だから馬鹿正直なんだよ(笑)。

 長州には気持ちでは負けたくないとか、後れを取りたくないとか、引退したレスラーの中ではライバル視している人だ。逆に言えば、長州が元気だったら俺も元気でいなきゃいけないって気持ちだよ。

 スタン・ハンセンもそうだけど、昔ガンガン戦った相手が元気にしていると俺も頑張ろうって思える、戦友みたいなもんだね。ハンセンとは最近はコロナ禍で会えていないけど、以前は来日するたびに会っていた。プロレスで悪くなったところは手術で全部直したって。ハンセンは現役時代に稼いだ金を貯蓄と資産運用に回してね、うまくやっているよ。現役時代はブルーザー・ブロディと2人で株の新聞をよくチェックしていてね。俺たちが遊んでばかりいると、ハンセンとブロディに「この職業は長く続けられないから、ちゃんと計画立ててやらないとダメだぞ」ってよく言われたもんだ。やっぱり大学を出ている奴は違うよ(笑)。

 他に同世代だと藤原喜明さんはいまだに現役で、さらに絵をかいたり、盆栽や陶芸をしたりと多趣味でうらやましいね。俺も引退してからは趣味を持ったらとよく言われるが、今さら他の人に遅れをとった状態で始めるのも癪(しゃく)だしなぁ。ゴルフを勧められたけど「プロレスラーだから300ヤードくらい飛ばすだろう」っていう期待の目で見られている中で、チョロっと転がしたくらいになって、それ以来やっていない。女房がボウリング好きで連れて行かれるけど、これも「天龍だったら豪快にピンをぶっ飛ばすんじゃないか」という期待の中でガターを連発でやる気が起きない。映画も見始めてつまらないと思ったら、途中で映画館を出るし「なんだあの映画は。つまらないのに金を払って損した」と文句を言っている方が楽しいくらいだ。やっぱり、相撲と一緒ですぐに勝敗がわかる競馬が一番だな(笑)。

 最後に、今の現役のプロレスラーについてだが、先日、全日本プロレスの試合を見たけど、みんなすごくいい試合をしていたね。ちょうど、その前の週の「週刊プロレス」で全日本の文句を言ってしまって訂正しなきゃと思っていたところだったから、この連載があってよかったよ(笑)。特に宮原健斗と青柳優馬はよかった。俺が脊椎管狭窄症(せきついかんきょうさくしょう)手術から復帰を目指してトレーニングしていたころの若手が、みんな上手になっていてうれしかったよ。ただ、宮原! 師匠の佐々木健介と北斗晶に似たのか、パフォーマンスが少ししつこいぞ!(笑)

 そのほか、真霜拳號、火野裕士はインディー団体の選手だけど、見た目やからだつきはスター性があっていい選手だ。いろいろな団体に出てもっと自分自身を磨いてほしい。そうしたらもっと高みに行けるぞ。今はみんな大変な時期だけど、プロレス人生はあっという間だ、頑張れ!

(構成・高橋ダイスケ)

天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす。

このニュースに関するつぶやき

  • 天龍、藤波の事を高く評価しているなぁ。確かに、敢えて欠点を言えばマッチョド(これ以上いけない)
    • イイネ!0
    • コメント 0件
  • ブロディは他のレスラーに殺められたよね��
    • イイネ!6
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(6件)

ランキングスポーツ

前日のランキングへ

ニュース設定