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写真![]() 「ドラクエX」の公式サイト |
「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」などの人気ゲームの開発元として知られるスクウェア・エニックス(以下スクエニ)。同社はコロナ禍を受け、2020年4月から全社員を対象に、暫定的な措置として在宅勤務を実施。12月には正式に制度化した。
ゲーム開発の仕事といえば、クリエイターや開発者が互いに膝を突き合わせ、議論を交わしながら作品を作り上げるイメージが強い。スクエニの取り組みは、そうした業界のイメージとは真逆の方向を向いているように見えるかもしれない。
だがオンラインゲーム「ドラゴンクエストX オンライン」(ドラクエX)の開発運営チームの責任者を務める青山公士さん(第二開発事業本部 ディレクター)によれば、同チームでは在宅勤務でも円滑に業務を進められているという。青山さんは理由の1つとして、ゲーム開発で使う特殊なPCを、会社の費用負担のもとで自宅に持ち帰れたことを挙げている。
「セキュリティ上の問題で詳細は言えないが、開発者やクリエイターは普段かなりハイスペックなPCを使って作業を行っており、場合によっては実機検証のために専用の機材を使うこともある。通常、そうした機材は社外に持ち出せないが、今回のコロナ禍では許可が出たため、業務環境を丸ごと社員の自宅に移設できた」(青山さん)
業務がスムーズに進む理由は他にもある。青山さんはその1つとして、ドラクエXの開発チームではテレワークの開始前からチャットを使ったコミュニケーション文化が定着していたことを挙げる。
「ドラクエXはオンラインゲーム。トラブルが発生したときには、誰がいつどこにいても即座に対応する必要がある。そのため、担当者が急きょ早朝や深夜に自宅でトラブル対応に当たり、その後も社内にいるほかの社員とのチャットツールで連絡を取り合いながら仕事を進めるという働き方がコロナ禍以前から定着していた」(青山さん)
従来はテキストの送受信に特化したチャットツールを使っていたが、20年4月のテレワークの試験導入に合わせて「Slack」を導入。以降は画像やスタンプを使ったコミュニケーションも行っている。
具体的には、シナリオやキャラクターについて話し合う際に、メンバーが描いたイラストを積極的に送り合っている。こうすることで、メンバーは実現したい世界観やキャラクターのイメージを他の部員に共有しやすくなり、制作に向けた意思疎通がスムーズになるとしている。
タスクを管理する仕組みがテレワークの実施前から整っていたことも、業務が円滑に進む理由の1つだ。青山さんによればドラクエXの開発は規模が極めて大きく、シナリオや音楽の作成など、作業の数も膨大という。そのため、コロナ禍以前からタスクの抜け・漏れをなくすべく口頭での指示を極力排し、チケットシステムを使ってタスクを管理してきた。
この仕組みは現在も採用しており、青山さんは「もともと口頭で(仕事を)指示しないほうがいい、という文化が根付いていたので、在宅勤務でも(タスク管理の面で)あまり問題はない」としている。
●2つの働き方を認める在宅勤務制度
テレワーク環境の整備を進めるスクエニは、12月に在宅勤務を正式導入した際に、週3日以上在宅で働く「ホームベース」と週3日以上出社する「オフィスベース」という2つの働き方を、社員が選択できる制度を始めた。
原則はホームベースを適用するが、出社しなければ取り組めない業務を担当する社員や、自宅では集中できないという社員には、適宜オフィスベースでの働き方を認めている。ゲーム開発のプロジェクトは工程によって仕事の量や質がかなり変わるため、見直しのタイミングを毎月設けて、各工程に適した働き方を適宜選べるようにしている(取材は緊急事態宣言発令前の2020年12月に実施)。
12月1日にテレワークを正式導入した時点では、全社員の8割がホームベースを選択。4月からの在宅勤務で働き方に慣れた社員も多かったため、大きな混乱を来すことはなかったという。
●インフラやコミュニケーションの課題も
一見すると順風満帆なスクエニの在宅勤務制度。だが全てがうまく運んだわけではなく、問題やトラブルも発生したという。
その1つがITインフラの問題だ。スクエニにはドラクエXのような大規模な開発チームが複数あるが、どのチームでもデータの受け渡しには共有ストレージを使っている。だが開発の規模が大きくなるほど、受け渡すデータのサイズも大きくなる。そのためテレワークの開始当初は、複数人が同じ時間帯にデータの受け渡しを行うとサーバへの負荷が増大し、ダウンロード速度が落ちる問題があった。
そこでチーム横断の会議を行い、データのダウンロードをそれぞれ別の時間に行うことを決定。アクセスを分散させることで負荷を抑えるようにした。この取り組みが功を奏し、現在はダウンロード速度を改善できているという。
一方で、浮上した課題の中にはまだ解決していないものもある。青山さんが特に問題視しているのが「雑談の消失」だ。
仕事とはまったく関係ないように見える雑談でも、長い目で見るとそこから思わぬアイデアが生まれることが多い。ときには、新しいゲームのベースとなるアイデアが生まれることもあるという。だが在宅勤務では、そうしたコミュニケーションがなかなか生まれない。
「オフィスで皆が顔を合わせていたときには自然に交わされていた雑談だが、業務用のオンラインツール上ではなかなか自然発生しない。こうした制約を克服して、在宅勤務体制下におけるコミュニケーションの質と量をさらに高めていくことこそ、今後私たちが取り組むべき最大の課題だと考えている」(青山さん)
【訂正:2021年1月26日午前10時17分更新 ※キャプションの誤記を訂正しました】
【追記:2021年1月26日午後1時1分更新 ※追加の取材に基づき、4月の在宅勤務に関する記述を変更しました】
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