写真 ジャーナリストの田原総一朗氏(c)朝日新聞社 |
米国でバイデン新政権が誕生した。ジャーナリストの田原総一朗氏は、今回の大統領選の結果を「トランプ氏の敗北」による勝利だと捉え、その背景を解説する。
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1月20日、ジョー・バイデン氏が、第46代米大統領に就任した。トランプ氏の支持者が6日に連邦議会議事堂を襲撃した事件を受けて、ワシントンには4年前の3倍以上となる2万5千人の州兵が派遣されるなど、厳戒態勢下での就任であった。
今回の大統領選挙は、バイデン氏が勝ったというよりも、トランプ氏が敗北したことで、結果として勝つことになったのだと私は捉えている。現に、米国での就任直前の世論調査によれば、バイデン新大統領が「正しい決断を下す」と確信する人は49%しかいないようだ。トランプ氏就任時の35%よりはマシだが、オバマ元大統領のときは61%であった。
それは、今回の選挙が南北戦争以来、例のないすさまじい分断状態での選挙だったためだ。米国民がトランプ支持とバイデン支持に激しく分かれたのである。だからこそ、議事堂襲撃などという史上最悪の事件まで起きてしまったのだろう。
それにしても、なぜこれほどすさまじい分断状態になったのか。
バイデン氏は同じ民主党のサンダース氏のような社会主義者ではない。今回もホワイトハウス幹部に民主党左派の人材を登用しなかった。そしてトランプ氏は、口調は極端だが、決して右翼ではない。
グローバリズムで、ヒト・モノ・カネが国境を超えて世界市場で活動できることになり、米国の経営者たちは工場を人件費の安い国外に移設。米国の旧工業地帯が廃墟同然となり、黒人など非白人労働者たちは、サービス産業でにぎわうニューヨークやカリフォルニアなどに移住したが、白人労働者の多くは移住せずに職を失い、生活が苦しくなった。一方で、ウォールストリートなどの一部の人間たちは超富豪となり、貧富の格差が極限化した。また、南米などからの移民が急増して、米国民の仕事が奪われることになった。
たとえばイギリスは、中東などからの移民・難民によって、国民の仕事が奪われるので、それを阻止するためにEUからの離脱を決めたのである。
民主主義とは自分と異なる意見の存在を認めることで、こうした重大な問題については論議が長びき、なかなか結論に至らない。オバマ政権はまさにその典型であった。さらに、中国が経済的にも技術的にも急成長して、米国にとって脅威となったが、オバマ政権は確たる対応ができなかった。
そこでトランプ氏は、「世界のことはどうでもよい。米国さえよければよいのだ」と宣言し、反グローバリズム、移民・難民禁止、そして対中国闘争の強烈な姿勢を打ち出した。これが豊かではない米国人、こと白人たちの強い支持を得て、隠れトランプが氾濫した。だから、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストなどの調査では、ヒラリー・クリントン氏が優勢だったのに、トランプ氏が勝った。
だが、トランプ氏は事を実現するために、民主主義を否定し、意見の異なる存在を敵だと決めつけて、意見が違えばホワイトハウス幹部をハト派でもタカ派でも容赦なく切り捨てた。そのことの危険性を少なからぬ米国民が感じとり、バイデン氏が大統領となったのだが、さてバイデン氏は、トランプ氏の反グローバリズム、米中冷戦をどのように変えられるのだろうか。
※週刊朝日 2021年2月5日号
■田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年生まれ。ジャーナリスト。東京12チャンネルを経て77年にフリーに。司会を務める「朝まで生テレビ!」は放送30年を超えた。『トランプ大統領で「戦後」は終わる』(角川新書)など著書多数