まさかの逆転勝訴? 金魚電話ボックスの「著作権侵害」が認定されたポイントを分析

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2021年01月28日 10:11  弁護士ドットコム

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奈良県大和郡山市の商店街に設置されていた「金魚電話ボックス」が、自分の作品に酷似しているとして、現代美術家の山本伸樹さんが、商店街などを相手取り、330万円の損害賠償をもとめていた裁判。


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大阪高裁(山田陽三裁判長)は1月14日、山本さんの請求を退けた1審判決を変更し、商店街側に55万円の支払いや金魚電話ボックスの廃棄を命じた。山本さんが逆転勝訴したかたちだ。



●山本さんは「著作権侵害された」と主張

問題となった「金魚電話ボックス」は、実際に使われていた公衆電話ボックスの部材を利用したオブジェだ。内部を水で満たして、金魚を泳がせているもので、電話機の受話器から気泡を発生させている。



学生グループが2011年に制作。その後、大和郡山市の商店街が引き継いで、商店街に設置した。山本さんから提訴される前の2018年4月、商店街は、トラブル回避のために「金魚電話ボックス」を撤去していた。



一方、山本さんの作品は、遅くとも2000年までに制作された。公衆電話ボックスを模した水槽で、こちらも内部を水で満たして、金魚を泳がせて、受話器から気泡を生じさせるというものだった。



山本さんは2018年9月、著作権を侵害されたとして提訴した。



●奈良地裁は「著作権侵害」を否定していた

1審・奈良地裁は、山本さんの作品について「公衆電話ボックスに金魚が泳ぐという発想自体は『アイデア』であり、公衆電話の受話器部分から気泡を出す表現も『アイデア実現のための限られた選択肢』として、著作権保護上の対象とはならない」と判断。著作権侵害を否定していた。



一方、大阪高裁は、公衆電話の受話器部分から気泡を出す表現に「創作性があることは否定し難い」として、山本さんの作品は著作権保護上の対象になるとした。さらに、「金魚電話ボックス」が山本さんの作品に依拠しており同一性を維持しているなどとして、著作権侵害を認めた。



地裁と高裁で異なる判断となったが、その理由はどこにあるのだろうか。著作権問題にくわしい井奈波朋子弁護士にポイントを聞いた。



●創作性の有無が争点、ポイントは「気泡の表現」

——高裁判決では「著作物性」が認められました。



著作物性は、創作的な表現に認められます。つまり、著作物として保護されるためには、「アイデア」でなく「表現」であること、その表現に創作性があることが必要です。



地裁判決では、山本さんの作品の特徴として(a)公衆電話ボックス様の造形物を水槽に仕立て、その内部に公衆電話機を設置した状態で金魚を泳がせていること、(b)金魚の生育環境を維持するために、公衆電話機の受話器部分を利用して気泡を出す仕組みであることをあげています。



そのうえで、(a)はアイデアであり表現でなく、(b)は電話ボックスの中で金魚を泳がせるというアイデアを実現するには、電話ボックス内に通常存在する物から気泡を発生させるのが自然かつ合理的であるとし、創作性を否定しています。   これに対して、高裁判決は、本物の電話ボックスと異なる外観として、(1)電話ボックスの多くの部分に水が満たされていること、(2)電話ボックスの側面の4面とも、全面がアクリルガラスであること、(3)その水中には赤色の金魚(50匹〜150匹)が泳いでいること、(4)公衆電話機の受話器が、受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され、その受話部から気泡が発生していることをあげました。



そして、(1)〜(3)については創作性を否定しましたが、(4)については創作性を認めました。



——創作性の有無はどのように判断されるのでしょうか。



創作性は、著作者の個性が発揮されているかどうかにより判断されます。



高裁判決は、山本さんの作品における(4)について、受話器が水中に浮いた状態で固定されていることが非日常的な情景を表現していること、受話器の受話部から気泡が発生することも本来あり得ないこと、通話をしている状態がイメージされ鑑賞者に強い印象を与える表現であることから、この表現には、山本さんの個性が発揮されていると判断しました。



——創作性のある表現だから「著作物性」が認められたということですね。その理由・ポイントは何でしょうか。



判決を読んで、ポイントと思われたのは、「水槽に空気を注入する方法としてよく用いられるのは、水槽内にエアストーン(気泡発生装置)を設置することである」という点です。



つまり、金魚を生育させるのに、通常であればエアストーンを設置して気泡を発生させるところ、受話部から気泡を発生されていることが、個性的な表現と判断された大きな理由ではないかと思います。



●「金魚電話ボックス」は、山本さんの作品の「複製」と認定

——高裁判決では「著作権侵害」も認められました。



高裁判決では、複製権(著作権のうち複製できる権利)侵害を肯定しています。複製は、既存の著作物への「依拠性」と、その「有形的再製」に該当するかどうかによって判断されます。



——複製権侵害が認められた理由・ポイントは何でしょうか。



山本さんの作品と「金魚電話ボックス」を比較すると、電話ボックスの外観その他にさまざまな相違点がありますが、高裁判決は、これらの相違点はいずれもありふれた表現か、鑑賞者が注意を向けない表現にすぎないととらえています。



その一方で、「金魚電話ボックス」は、「山本さんの作品のうち表現上の創作性のある部分の全てを有形的に再製している」と判断しています。



もう少しわかりやすくいうと、高裁判決は、山本さんの作品と「金魚電話ボックス」を比較して、似ていない部分は創作性がない部分であり、山本さんの作品の創作性がある部分、つまり上記の(4)の点は「金魚電話ボックス」に再製されていると判断しています。



また、依拠性について、高裁判決は、経緯を詳細に認定し、「金魚電話ボックス」が、山本さんの作品に依拠したと判断しています。そこで、「金魚電話ボックス」は、依拠性と有形的再製に要件を満たし、山本さんの複製権を侵害しているとの結論となっています。



●「アイデア」と「表現」の区別が課題

——地裁判決と高裁判決で異なる判断となりましたが、どのように評価されますか。



概して、地裁判決が覆るとの想定はされておらず、著作権侵害を肯定した高裁判決は、驚きをもってとらえられたのではないかと思います。私も、著作権侵害を否定した地裁判決は当然の判断であると考えていました。



著作権には、アイデアを保護するものではなく、アイデアの具体的表現だけを保護するという原則があります。しかし、アイデアと表現の区別は一義的に明らかではないことが、著作権における保護の範囲をわかりにくくしています。



実際、今回の高裁判決においても、どのような基準でアイデアと表現の切り分けがされているかは必ずしも明確ではないのですが、本物の電話ボックスと異なる外観を表現であると捉えているように解釈できます。



高裁判決は、受話器が外れていて、受話部から気泡がでる点を創作的ととらえています。たしかに、外れた受話器の受話部から気泡がでる点は斬新なのですが、どこまでがアイデアであり、どこからが表現であるのかについて、もう少し、踏み込んだ説明が必要ではないかと思いました。



つまり、「受話器が外れていて、受話部から気泡がでること」はアイデアであり、山本さんの作品と「金魚電話ボックス」では、受話部の外れ方が違っているので、アイデアは同じでも具体的表現において異なるという見方もあり得るのですが、そのような考え方を採用しなかった理由は明確とはいえません。



——美術作品を法的に評価することの難しさを感じます。



現代美術には、アイデアだけで勝負しているような作品があり、「コンセプチュアル・アート」ともいわれます。高裁判決は、コンセプチュアル・アートについて、著作権による保護の可能性を認めたという点において有意義といえます。



しかし、コンセプチュアル・アートにおいて、どの部分がアイデアとしてとらえられ、どの部分が表現としてとらえられるか、という点には、明確な答えがありません。コンセプチュアル・アートの著作権による保護は、まだ未解明の問題であるといえます。 




【取材協力弁護士】
井奈波 朋子(いなば・ともこ)弁護士
著作権・商標権をはじめとする知的財産権、企業法務、家事事件を主に扱い、これらの分野でフランス語と英語に対応しています。ご相談者のご事情とご希望を丁寧にお伺いし、問題の解決に向けたベストな提案ができるよう心がけております。
事務所名:龍村法律事務所
事務所URL:http://tatsumura-law.com/


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