料理は“女性”の武器か? 『料理なんて愛なんて』が問いかける、料理=愛情の呪縛

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2021年02月25日 08:01  リアルサウンド

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料理=愛情は本当か?

 渋谷センター街の入り口にある大盛堂書店で書店員を務める山本亮が、今注目の新人作家の作品をおすすめする連載。2021年第2回目は、女性にとって何かと「できた方いい」と言われがちな“料理”をテーマに描かれた佐々木愛『料理なんて愛なんて』を紹介する。佐々木は「ひどい句点」で2016年にオール讀物新人賞を受賞し、同作を収録した短編集『プルースト効果の実験と結果』(2019年)でデビューした。本作が初長編作品だ。(編集部)


 この一年、料理書を購入する20代のお客様が多くなった。以前は今の季節だと、新生活を迎えるための「節約レシピ〜」や「基本の〜」などといった種類のものを手に取っている方が多かったが、最近では様々な国の料理・食材だけではない、例えば包丁の種類や使い方が掲載されている本を読んでいる方も目に付く。もちろん考え方の変化やコロナ禍の影響もあるかもしれないが、それだけが理由ではない気がする。


「家庭料理」のジャンルを確立した一人でもある小林カツ代の人生を活写した評伝(撮影:山本亮)

 そう感じながら店頭の光景を見ていたら、『小林カツ代伝』(文春文庫)という本を思い出した。この本は「家庭料理」のジャンルを確立した一人でもある小林カツ代の人生を活写した評伝だが、中でも彼女が料理に目覚めたのは大阪の商家の箱入り娘として育った結婚後だという記述がとても印象に残っていて、その事はなにかを始めるのに早い遅いは関係ない、という勇気をいつも教えてくれる。


 そして、彼女の一番の魅力はなんといっても、独特な感性と合理性に裏打ちされた行動力。最初は味噌汁も作れないところから始まり、慣れない家事や子育てをしながら新しいレシピを考え、あの伝説の『料理の鉄人』などテレビ番組にも出演し、思い切りよく仕事をこなしていくのは、世代を越えて感じる格好良さがある。2014年に他界した後でも店頭に彼女のレシピ集が陳列され続けているのは、様々な舞台で調理の純粋な楽しさを表現してみせた人生に、惹かれる方が多いからではないか。 


 しかし、一方で料理をすることを負担に感じる人も、もちろんいる。特に女性だから料理が出来て当たり前、料理は愛情、というバイアスは確かに存在する。今回はその圧力の中にいる女性を描いた佐々木愛『料理なんて愛なんて』を紹介したい。


 主人公の須田はある会社の総務部に勤務する20代後半女性だ。日々忙しく業務をこなしながら過不足なく暮らしているが、ある時、一目惚れした少し年上の男性・真島の「本命じゃない彼女」となってしまう。



〈真島さんを驚かせたいだけだった。
「どんな人が好きなんですか」
 三年前の春の、出会ったその日に聞いた。
「料理が好きな人」
 真島さんは、即答だった。それからわたしは事あるごとに同じ質問をした。
「料理が上手な人」
「料理が好きな人」
「料理が得意な人」
 言いまわしは変わるものの、真島さんの答えはいつもひとつだった。〉



 真島に好かれようと、須田はバレンタインに手作りのチョコレートを用意し、普段はしない自炊をしてみる。しかし、どれも上手くできない。いくらやっても自分は料理をするのが苦手だという事実に打ちのめされてしまう。


 そんな彼女に両親や親しい友人はゆっくりと覚えれば良いと言い、またある同僚は料理に愛情は必要ないと言う。須田はそれらの言葉に耳を傾けつつも、どちらにも釈然としない。時間をかけて焦らずやればきっと楽しめるようになるから、と他人が言えば言うほど、苦手な人にとってはより苦痛になると同時に、少しずつお互いがずれていってしまう描写が、絶妙に描かれる。そして、須田に好意を持つ料理人の男性や、見守る周囲を静かに巻き込んでいく。


 彼女が努力をしている中、真島は本命の“料理上手な女性”へと傾いていってしまう。好意を袖にしてわがままな男性性に甘えているように見える真島だが、一転して、彼が料理好きの知人に発した次の言葉によって、思いもかけず須田との共通点が浮かび上がる。



〈…俺はすごくてきとうな人間で、ありのまま生活すれば、すべてのことにおいてだいたいちょっとずつ間違っているんです。俺だけじゃなくみんなそうだって、それが普通だって、そのときまでは思ってたんです。でも、その感覚は他の人と違うのかもしれない。俺以外の人はもっと、ひとつひとつ間違えないようにしながら生きているんじゃないかーー。そう気づいたんです〉



 できる/できないという掛け違いを超えて、食べ物でも人間でも、別の何かでも良い、その対象を素直に好きになることができればどんなに楽なのだろうか。性差などによる、料理=愛情の呪縛やそれからの解放だけで終わらせず、もう一歩先に進んで理屈では解決できない好き/嫌いのままならない感情が交わるこの物語。生きる上での綺麗事と自分の常識に捕らわれている人に、ぜひ読まれて欲しい。


■山本亮
埼玉県出身。渋谷区大盛堂書店に勤務し、文芸書などを担当している。書店員歴は20年越え。1ヶ月に約20冊の書籍を読んでいる。会ってみたい人は、毒蝮三太夫とクリント・イーストウッド。


■書籍情報
『料理なんて愛なんて』
著者:佐々木愛
出版社:文藝春秋
価格:本体1,400円+税
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163913216


このニュースに関するつぶやき

  • そういえば、小金持ちの中高年男性を6人くらい篭絡して殺害し財産を奪っていた某毒婦の事件思い出した。容貌は正直(自主規制)だったがアレ見たら本当に料理は必殺兵器。
    • イイネ!1
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