書店は“犯罪者の手記”や“ヘイト本”とどう向き合うべきか? 書店のリアルを活写する『書店員と二つの罪』

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2021年02月26日 09:01  リアルサウンド

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写真書店のリアルを活写する『書店員と二つの罪』
書店のリアルを活写する『書店員と二つの罪』

 書店員を主人公にしたミステリーの作者として、碧野圭ほど相応しい人はいないだろう。なぜなら、書店を舞台にしたお仕事小説『書店ガール』全7巻の作者だからだ。書店や出版業界を取り巻く厳しい現実を踏まえながら、女性書店員たちの前向きな生き方を描いた『書店ガール』はヒット作となり、『戦う!書店ガール』のタイトルでテレビドラマ化もされた。まさに代表作といっていい作品なのである。


関連:【画像】『書店員と二つの罪』


 その作者が、再び書店員を主人公にした物語に挑んだ。しかもミステリーである。書店や古書店を舞台にしたミステリーは、大崎梢の「成風堂書店事件メモ」シリーズや、三上延の「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズを始め、幾つも存在している。そうした一群のミステリーの特徴として、あまり凶悪な犯罪を扱わないことが挙げられるだろう。もちろん殺人事件を題材とした作品もあるのだが、数は少ない。まあ、考えてみれば当然か。本来、犯罪と無縁(万引きを除く)な書店や古書店を舞台とするならば、ミステリーの内容も日常の謎が中心になるのである。


 だが、本書は違う。社会派書店ミステリーとでもいえばいいのか。非常に重い題材を扱っているのである。モデルになっているのは、神戸連続児童殺傷事件、いわゆる「酒鬼薔薇事件」の犯人の少年Aが、2015年に元少年A名義で出版した手記『絶歌』を巡る騒動である。この点に触れる前に、まず物語の粗筋を書いておこう。


 高田馬場にあるチェーン書店「ペガサス書房」で副店長をしている椎野正和は、取次から送られてきた本を見て衝撃を受ける。死我羅鬼潔著の『告白 名古屋東部女子中学殺人事件』。17年前に起きた殺人事件の犯人の手記だ。死我鬼潔を名乗った犯人は、当時、中学3年生の藤木創。学校の同級生の田上紗耶香を殺し、バラバラにしたのだ。死体は何かの儀式のような形で学校に置かれ、口には詩のようなメモが咥えさせられていた。どうやら天神我門という駆け出し漫画家がマイナー青年漫画誌で連載していた『魔女の墓標』を参考にしたらしい。そのせいで我門はマスコミから叩かれ姿を消した。


 同じクラスの紗耶香が殺されたことでショックを受けた正和だが、犯人が判明すると大きな騒動に巻き込まれる。椎野家と藤木家は隣同士であり、正和と弟の秀和は、創と弟の祐と仲良しだったのだ。しかも、あることから正和が共犯ではないかと疑われた。この頃の記憶はあやふやであり、やがて正和は故郷を出た。秀和は実家で引きこもりになっている。


 副店長といっても身分は契約社員。とはいえ文芸書などを任せられ、書店員が決める書店大賞(モデルは本屋大賞)にも参加している正和は、それなりに充実した日々をおくっていた。しかし手記の出版を契機に、かつて付きまとっていた週刊誌の記者が現れるなど、周囲が騒がしくなる。また、手記を本当に創が書いたのかという疑惑も浮かんできた。暗い気持ちを抱えながら正和は、騒動に深くかかわっていく。


 酒鬼薔薇事件の犯人の手記が出版されたとき、その是非を巡り、世間は大きく揺れた。本を扱わないと決めた書店も少なくない。本書の描写は、それを踏まえたものである。たしかこの件から書店の社会的役割が、あらためて注目されるようになったと記憶している。そもそも書店は、取次から送られてきた本を並べて売る小売店だ。私も若い頃に書店員をしていたが、売る本の是非など真面目に考えたこともなかった。仕事がきついことと、給料が安いことしか不満がなかったものである。


 しかし出版不況が常態化し、書店の経営が苦しくなると、厳しい選択を迫られるようになる。それが本書でも取り上げられている、ヘイト本の問題だ。この手のヘイト本を置きたいと思っている書店員は、まずいない。だが売れるのだ。つまり優良な商品なのである。良心と商売。ふたつの狭間で、書店員は心を揺らしている。手記を巡る騒動に加え、ヘイト本の問題も掘り下げ、書店のリアルを活写する。ここが大切な読みどころなのである。


 なお、2019年に出版された、永江朗の『私は本屋が好きでした――あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』を読むと、編集者や書店員など、出版業界の人々がヘイト本とどうかかわり、何を考えているのかよく分かる。本書と併せて、お勧めしておきたい。


 おっと、ミステリーの部分にも触れなければ。ストーリーは後半のある出来事を経て、大きく動き出す。一介の書店員である正和に、事件の手掛かりを与える、作者の話の運びは滑らかだ。息苦しい展開なのに、だから、ページをめくる手が止まらないのである。そしてその果てにたどり着く意外な真実。ミステリーに慣れた人なら、ある程度は予想できるかもしれない。しかし全体の構図を見抜くことは不可能だ。ミステリーのサプライズも、存分に堪能できるのである。


 その他にも、さまざまな出版業界の最新事情が盛り込まれており、本好きにはたまらない一冊になっている。そんな読者なら、終盤で正和が口にした言葉や、ラストの3行に込められた作者の祈りに、必ずや共感するはずだ。いつまでも書店が、自分の行きたい場所でありますように。本書を閉じた後、そう思わずにはいられなかった。


(文=細谷正充/写真=cestsibon on Unsplash)


このニュースに関するつぶやき

  • 犯罪者の手記は拡散する事を禁止する法律が必要だね。主張は裁判所でやれ。ヘイト本ってのは誰かの基準で勝手にそう言ってるだけだよ。 https://mixi.at/a3E5Ngb
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  • ヘイト本とか言っちゃうのはどうなのかな?出版の自由は保たれるべきだ。そういう自由を否定してヘイトだなんだと言い始めたことが危険だと思う。
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