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2013年11月3日。最終局面を迎えたKスタ宮城(現・楽天生命パーク宮城)の中心で、田中将大が仁王立ちしていた。
前日の日本シリーズ第6戦で160球を投げ完投していたチームの絶対エースは、巨人相手に3−0とリードした9回、守護神としてマウンドに上がり、咆哮を上げる。最後の打者を空振り三振に打ち取り、楽天が球団初の日本一を決めた瞬間、田中は両腕を天に突き上げた。
今季、楽天の守護神に任命されている松井裕樹は、この瞬間をテレビで観ていた。
この年のドラフト会議で「注目度ナンバーワン」と呼ばれ、5球団による競合の末、楽天への入団が決まっていた左腕が、当時の情景を簡潔に呼び覚ます。
「『もしかしたら投げるのかな?』って、みんなが思っているなかで投げたことに驚きましたね。田中さんを迎える時の球場のファンの方の声援が印象に残っています」
その田中が、今季、楽天に復帰した。
春季キャンプ第2クール初日の2月6日に合流した直後こそ不思議な感覚だったが、すぐに喜びがこみ上げてきた。
「ユニフォーム姿を見たら『チームメイトになったんだな』って思いましたね。一緒のチームになるのは初めてで本当に嬉しく思いますし、楽しみしかないです」
2015年から7年間、田中が主宰する自主トレメンバーの一員だ。「超一流なのに毎年モデルチェンジに余念がない」と舌を巻くように、意識の高さはわかっていた。生きた教材である田中が、より身近な存在となった。そのことで、松井の「楽しみ」へのイメージがさらに鮮明になっていった。
松井は例年、2月はブルペンや実戦で投球フォームを固める作業に集中する。今年、心がけているのは、出力のロスを減らすため上半身の動きをシャープにすることだ。
ブルペンで1球、1球、自分の体と対話するように丁寧に投げ込む。投球メカニズムを構築していくため、日々、意識するポイントなどテーマを設けているが、時には感覚にズレが生じることも当然ある。
松井の場合、そういう日は原因究明に思考を巡らせることが多い。極端に言えば、自分を追い込んでしまうのだ。そういった状況下での張り詰めた糸を弛緩させてくれたのが、田中の言葉だった。
「悩んだ期間がシーズンの助けになる。今のうちに悩むのは、むしろいいことだから」
松井がさらに助言を求める。
「感覚もまだうまくパフォーマンスに出せないんで。そこも不安になります」
田中が後輩の悩みを包み込むように諭す。
「今までだって、シーズンに入ってから『感覚がわからない』ことなんてないでしょ。そういうのは時間が解決してくれることもあるから、今は苦しむ時期だと思って。ミスをしたら、それを引き出しとしてつくればいいじゃん。そうすれば、シーズンで同じようなミスをしなくなる。だから『いい球が投げられない』からって、あんまりマイナスに考えすぎないほうがいいよ」
不安が楽しみに変わる。松井の声が、自然と軽やかになる。
「悩むことに対して前向きになれましたね。感覚がよくなかったとしても楽な気持ちで練習できるんで。ありがたいです」
それは、松井が昨季の経験から拓きつつあった境地でもあった。
2019年に38セーブを挙げ初のタイトルに輝いた楽天の絶対守護神は、昨季、本格的に先発へと転向した。
10試合で3勝3敗、防御率3.66。これが、先発としての成績である。ポジションの違いこそあれ、松井の守護神時代の実績を考慮すれば、物足りない数字である。振り返れば、開幕ローテーションとしてシーズンをスタートさせながら、たった2試合の登板でファームでの調整を余儀なくされた。松井自身、原因はわかっていた。
大きなところで言えば、投球フォームだ。昨年、松井は2018年に続きノーワインドアップに挑戦したが、これがハマらなかった。そして、守護神時代はフルスロットルで投げ続けていたため、先発としての力配分をなかなか掴み切れなかったことも挙げられる。
松井が去年の自分と向き合う。
「ワインドアップに関しては、正直失敗かなっていうのがあって。プラスを言えば、先発をやったことで、気持ち的に幅が広がったっていうことですかね」
この「気持ちの幅」が、結果的にその後の活躍の大きな伏線となった。
8月に一軍復帰後は、「いつでも戻せる」と自信を持つセットポジションで臨んだが、いきなり好投とはいかなかった。それには理由がある。松井は、マウンド上で自分なりにゲームメイクしていたからだ。
開幕当初は、初回の1球目から空振りを奪いにいくかの如くフルスロットルで投げていた反省から、相手打者の反応を見ながらボールに強弱をつける。すると、力を入れなくても、きわどいコースに投げれば優位なカウントに持ち込めることを知った。
もうひとつ収穫を挙げれば、フォークを完全にものにできたことだ。5年ほど前から習得に励んできたが、なかなか馴染まなかった。それが、先発として長いイニングを投げ、場面によっては打者にも積極的に試すことができたことで、完全な武器に昇華させることができたというのだ。
「先発でいっぱい球数を放れたことで、真っすぐでファウルを効果的に奪えるようになりましたし、フォークの精度もしっかり上がってきました。先発でそういったものを覚えたことで、無理に力むような球は減りましたね」
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8月も終わりに差しかかったあたりから、成果がパフォーマンスに現れるようになった。20日の日本ハム戦で6回2失点、9奪三振、27日のロッテ戦では7回無失点、11奪三振。その後の登板も、打たれる試合はあったが「いい感じになってきた」と、松井は先発への可能性を見出していた。
だが、5回無失点、12奪三振で勝利投手となった9月24日のロッテ戦を最後に、松井は救援へ配置転換された。
「残念に思う気持ちはありましたけど......」
本音を聞かれれば、偽りなくそう答える。ただ反面、チーム事情もすぐに汲(く)んだ。この頃の楽天は救援陣が不安定で、なおかつCS圏内を争っていた。ショートイニングでの信頼感が抜群の松井に白羽の矢が立つのも、当然と言えば当然だった。
三木肇監督からは「どうする?」という提示ではなく、「チームのためにやってくれ」と告げられた。松井が胸の内を明かす。
「先発の時よりチームから必要とされている感じを受けたので。それはやりがいがありますし、気持ちを入れ替えて、中継ぎでしっかりやろうと思いましたね」
救援に回って最初のマウンドとなった10月1日のソフトバンク戦こそ、「出力の上げ方が短いイニングに慣れていなかった」こともあり、1回2失点と波に乗れなかった。だが、次からはいつもの松井だった。14試合でわずか1失点。トータルで16回1/3を投げ25奪三振、防御率1.66と安定感を示し、最終的に自分が輝いていた居場所に就いた。
「先発とリリーフのいいとこ取りができたというか。出力をうまい具合に使えるようになったかなって思いますね」
投手としての練度を高め、今季は守護神として再スタートを切る。
前向きに、悩む──チームメイトとなった偉大なる先輩の田中が、正しいと教えてくれたことだ。シーズンが開幕すれば、あとは迷わず、冷静に腕を振るだけだ。
8年前。田中が両腕を突き上げた歓喜の場所で、今度は松井が同じように雄叫びを上げる──早計だが、多くのファンがそれを望む。そう向けると、帰ってきた守護神がにやりと笑い、短く、明朗に答えた。
「頑張ります」
今は、その言葉で十分だ。