齋藤学が移籍を決意した理由。「あの1点がなかったらしていないかも」

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2021年02月27日 18:11  webスポルティーバ

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『特集:Jリーグが好きだっ! 2021』

齋藤学インタビュー 後編

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 2020年11月25日、ガンバ大阪戦――。

 勝てば川崎フロンターレの優勝が決まる試合で、齋藤学はベンチスタートだった。だが、後半41分、出場してわずか4分後に5点目となるゴールを決めた。シーズン初となるゴールで、仲間に祝福され、照れくさかったがうれしさもあった。それから数日後、齋藤の中にそれまでなかった感情が芽生えてきた。

「あの1点がなかったら移籍していなかったかもしれない」

 齋藤は、そう言った。

 どういう意味なのか、最初はわからなかった。2年間、雌伏の時を経て、3年目のシーズン途中に這い上がってスタメンを取り返した。そして、12連勝と圧倒的に強い川崎を支えるひとりになり、優勝に貢献。これからも齋藤は、川崎になくてはならない選手になるはずだった。

「あの1点で移籍しようと決めたわけじゃないけれど、点を取れていなかったら移籍は考えなかったと思います。だって、1点も取れないのは悔しいじゃないですか。でも、1点取ったことで、次にチャレンジしたいなって思ったんです。

 もちろん、フロンターレに残ることも薫(三笘)やアキ(家長昭博)さん、竜也(長谷川)とポジション争いをしないといけないのでチャレンジになる。それでも、やっぱり3年いると居心地がいいんです。年齢的に上になって、誰かに何かを言われることはないし、試合に出たら、みんながどう動いて、どういう感じでやるのか、だいたいわかる。だから契約延長の話をもらった時は、すごくうれしかったんです。

 ただ、それまで何百分と試合に出ているのに点が取れなくて、ガンバ戦はわずか4分間で点が取れてしまった。優勝を決める試合で点を決め、それまでの経緯もあり、『そろそろ(川崎を)出る時かなぁ』と、思ったんです」

 齋藤はここ数年、移籍の難しさを感じていた。

 2016年暮れに一度海外移籍のチャンスが巡ってきたが、土壇場でご破算になった。ショックで心と体のバランスを崩したが、2017年のキャンプ中に齋藤はマリノスと契約。キャプテンになり、中村俊輔の後を引き継いでエースの10番を背負い、マリノスの「顔」になった。9月に前十字じん帯を損傷し、離脱を余儀なくされたがチームは5位、天皇杯は準優勝という成績を残した。

 だが、齋藤に対するチームの評価は、想像していたものとは違った。チームにすべてを捧げ、自らは点が取れずともチームの勝利を優先して戦ってきた自負があったが、それは伝わっていないようだった。

 そんな時に川崎からオファーが届き、同じ神奈川県のクラブへ移籍を決めたことで、サポーターからは「裏切者」と言われた。痛みを伴う移籍ではあったがそれでも前を向いた。その川崎では思うような活躍ができず、苦しい時間が多かったが、契約延長のオファーをもらった。

 しかし、最終的に名古屋に行くことを決断した。

「正直なところ移籍はあまり好きじゃない。今回の名古屋にしても米(米本拓司)くんと柿くん(柿谷曜一朗)は知っているけど、選手やスタッフほとんどが初対面で、環境も全然違う。やりづらさとか、結果を残せなかったらどうしようという不安もあります。でも、今回はあえてそこを選びました。やっぱり、終わった選手みたいに言われるのってすごくつらいものなんです。でも、そんなもんじゃないっていうのを見せるために、僕は頑張らないといけない」

 名古屋は、昨シーズン、リーグ最少失点27で堅固な守備が特徴のチームだ。一方で、なかなか点を奪えずにとりこぼす試合が多かった。そこを補強するために齋藤を始め、複数の攻撃的な選手、そして中盤もタイプの異なる選手を獲得しており、優勝への本気度を見せている。

「名古屋は質の高い選手が多いし、ひとつのポジションに選手が2人ずついる。紅白戦をやってもどちらがスタメンなのかわからない。かなり競争は激しいけど、それも含めて名古屋に来ているので」

 そう語る齋藤の表情は、どこか楽しそうだ。名古屋での目標は、どう考えているのだろうか。

「リーグ優勝です。マリノスを始めフロンターレ、FC東京と強いところを全部倒して優勝したい。そこで堂々と胸を張って、僕がこのチームを勝たせましたと言えるような活躍をしたい。たとえサブになったとしても裏からチームを支えていく。それはフロンターレで経験してきたので、名古屋でも盛り上げていけると思っています」

 川崎でリーグ戦を2回制覇し、ルヴァン杯、天皇杯を勝ち取った経験がある齋藤は、優勝するために必要なものを、肌で感じ、理解している。2010年のリーグ戦制覇以来タイトルから遠ざかっている名古屋にとって優勝経験値のある選手の加入は大きい。

「僕の優勝経験が、どう活きるのかはわからないですが、フロンターレは強くて、うまかった。ただ、技術が高いだけじゃなくて、体の使い方とか、ひとつひとつの求めるプレーが厳しい。例えば、球際とか、もういいよっていうぐらい言われる。そう考えてみるとサッカーって気持ちが大事だと思います。名古屋では、バチバチに戦う気持ちを見せていきたいです」

 もともと齋藤は球際に厳しくいくタイプ。マリノス時代、フロンターレと対戦した時、エースの中村憲剛をガツガツと潰しに行った。明らかに削りに行った時もあったので、川崎に入団時、憲剛のところに行き、齋藤は「すいませんでした」と詫びたという。憲剛は引退したが、川崎には家長や小林悠、三笘ら厳しく行きがいのある先輩や後輩たちがいる。マリノス戦や川崎戦は、より魂のこもった熱い戦いを見せてくれるだろう。

 自分のパフォーマンスを上げ、得点やアシストが増えれば、その先に見えてくるものがある。それが日本代表だ。2016年以降、齋藤は日本代表から遠ざかっている。

「今も日本代表は自分が目指すべき場所だと思っています。でも、フロンターレでは3年間、活躍できていないので、日本代表とかは言ってられませんでした。

 ただ、僕はこれからだと思っています。悠君も憲剛さんもアキ君も俊さんも30代でMVPを取っているし、35歳を超えた(ズラタン・)イブラヒモビッチもミランで活躍している。自分も名古屋でびっくりするぐらいの成績を残せば、代表の可能性が見えてくるだろうし、それがいろんな人の勇気になればいい。とにかく今は名古屋で監督の信頼を得て、試合に出られるようにならないと何も始まらないし、日本代表も語れない。名古屋で結果を出して、ようやく僕は日本代表になりたいんですって言えると思っています」

 監督の信頼は、選手のモチベーションになり、いいパフォーマンスをするために必要な動機になる。誰か人のために戦うということは、個人で戦うよりもはるかに大きなエネルギーを生み、いいプレーに結びつく。しかし、信用を得るのは簡単なことではない。

 齋藤は、監督の信頼の度合いは自分の起用方法で理解できるという。

「今、ここで点が欲しいという時に交代させられたり、試合に使ってもらえないのは信用がない。そういう意味では薫は鬼(鬼木達)さんにすごく信用されていた。試合で相手にリードされていたら100%出られていたし、出て点を取るから『薫はすごいな』って思っていた。自分のサッカー人生で、本当に信用されて使われていたのって愛媛とマリノスだけかなって思うんですよね。だから、名古屋では監督に信頼されて、ずっと試合で起用される選手になりたい」

 力を発揮すれば、名古屋の攻撃陣には阿部浩之、マテウス、前田直輝、ガブリエル・シャビエルらがおり、川崎にも劣らない凄みと脅威と迫力を持つことになるだろう。

「期待をされるのはうれしいけど、僕は昨シーズン1点しか取っていない(苦笑)。でも、だからこそ名古屋で点を取れば、あいついいじゃんって思ってもらえる。選手の中にはチームが変わって、輝く選手がいる。僕もそうなれるように頑張ります」

 住み慣れた街を離れ、自分との勝負に挑むのは愛媛以来になる。あの時はレンタル移籍経て、「ハマのメッシ」と呼ばれるほど成長し、相手の脅威になった。川崎では、先輩たちが進化する背中を見てきた。今年31歳になる齋藤にも、そのチャンスは十分にある。中村俊輔がMVPを獲得したのは34歳、中村憲剛は35歳、家長昭博は31歳だ。

 齋藤は、彼らがそうだったように今年、リミットを越えた進化を見せてくれるはずだ。

プロフィール
齋藤学(さいとう・まなぶ)
1990年4月4日生まれ。神奈川県出身。169cm、66kg F W
2009年に横浜F.マリノスの育成組織からトップチームに昇格。愛媛FCにレンタル移籍後、マリノスに復帰したが、2018年に川崎フロンターレに移籍し、昨シーズンは優勝に貢献した。今季、完全移籍した名古屋グランパスで活躍が期待される。

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