戦術的側面から見る“ピルロ・ユーヴェ”の可能性…理想は完璧な「変幻自在」の体現

1

2021年03月01日 18:12  サッカーキング

  • 限定公開( 1 )

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

サッカーキング

写真今季、10連覇を狙うユヴェントスの指揮官に就任したアンドレア・ピルロ [写真]=Getty Images
今季、10連覇を狙うユヴェントスの指揮官に就任したアンドレア・ピルロ [写真]=Getty Images
 アントニオ・コンテ、マッシミリアーノ・アッレグリ、マウリツィオ・サッリと3人の名将がつないできたセリエA9連覇のバトンは、監督としての経験をまったく持たない新監督アンドレア・ピルロに託された。

 あまりにも“らしくない”急転直下の監督人事だった。

 2020年8月8日のリヨン戦でチャンピオンズリーグ敗退が決定すると、翌日にはサッリ監督の解任を発表。さらにその数時間後にはすでにU-23監督就任が発表されていたピルロのトップチーム監督就任を発表した。



 “2度の監督就任会見”を通じて、ピルロは監督としての自身が表現したいと考えるサッカーについてこう説明した。

 何よりも個性を大切にし、システムは状況に応じて変化する。ピッチの上では「ポジション」と「スペース」を重視し、できる限りのボール保持と即時奪回を目指す。そしてチーム全体にサッカーに対する情熱を取り戻させ、「ユヴェントスのチームスピリット」を思い出させる。それはおそらく“勝者のメンタリティー”を意味しており、勝つことの重要性を説いたものだ。

 これらのメッセージに加えて、同時期に公表されたUEFA Proライセンスコースの修了論文はファンの興味を加熱させた。「110点満点の口頭試験で107点という高得点を記録」というニュースも手伝って、この論文は世界中で大きな話題となった。

 そうして迎えたサンプドリアとの開幕戦。ピルロは公言どおりに「攻撃時3−4−2−1/守備時4−4−2」の可変システムを採用したのだが、この試合を発端とする序盤戦は疑問符のつく采配が続いた。

 開幕戦はU-23所属のジャンルカ・フラボッタを左サイドでスタメンに抜擢し、続く第2節ローマ戦は右のスペシャリストであるフアン・クアドラードを左サイドで起用。さらに第3節クロトーネ戦はフラボッタと同じくU-23所属のマノロ・ポルタノーヴァを2列目に置いてファンを驚かせた。



 人選だけでなくシステムも多様で、3−4−1−2、3−4−2−1、4−4−2、4−2−3−1、4−3−3と次々に変化。しかし絶対的な得点源であるクリスティアーノ・ロナウドが新型コロナウイルスで離脱すると決定力を欠き、チャンピオズンリーグではバルセロナに力の差を見せつけられて完敗を喫した。内容、結果ともに何とも煮え切らない序盤戦だった。

 それでも、ピルロは変わらず平静を貫いた。迎えた第8節カリアリ戦前日、記者会見で彼は言った。

「適応期間は終わった」

 ここから一気に、ピルロ・ユーヴェは“バージョン1”の完成を見た。

 人選や采配に対する疑問符は明らかに減少し、むしろそれまでに見られた疑問符付きの采配は「またやるかも」という“可能性”に昇華した。つまり、クアドラードの左サイド起用も「ありえる」と思える。そうして組み合わせのパターンは無数に拡大し、年の瀬を迎えた頃にはスタメンに並ぶ名前を確認しただけではシステムと配置がわからない状態にまで発展した。

 この時点で最もよく使われていたのは「ボール保持時3-4-1-2/守備セット時4-4-2」の可変システムだった。左右両サイドをこなすダニーロを軸とすることで“右肩上がり”にも“左肩上がり”にも変形し、攻撃の特徴は前線の人選によって大きく変わった。ビルドアップ時は3人のCBと1人のセントラルMFがボールを動かしながら相手のプレスをはがし、厚みある前線に配給してゴールを狙う。「無数の組み合わせ」を実現する上での前提条件となった“器用なダニーロ”は、ほとんどの試合でスタメンに名を連ねた。



 しかし、迎えた1月17日の第18節、インテルとのイタリア・ダービーでユヴェントスは4試合ぶりの黒星を喫する。

 敵将アントニオ・コンテはロメル・ルカクとラウタロ・マルティネスの“立ち位置”にこだわった。2人は注意深くロドリゴ・ベンタンクールを視界に捉えつつ、常に前を向いた状態で3CBと対峙。つまりたった2人で4人をマークし、ピッチのどこにも数的不利を作らなかった。「3CB+1MF」のビルドアップを潰されたユヴェントスの攻撃は停滞し、対応策を見つけられないまま黒星を喫した。完敗だった。

 それでも、ピルロの心は折れなかった。

 3日後に行われたスーペルコッパのナポリ戦ではシステムを4-4-2に変更してビルドアップの新バージョンを試し、「4DF+2MF」のビルドアップを構築した。これが見事にハマってスーペルコッパのタイトルを手にすると、続くボローニャ戦、SPAL戦、サンプドリア戦にも抜群の安定感で勝利。そうして再び、コッパイタリア準決勝第1戦でのインテルとの再戦を迎える。今度は“前回と同じ守備”がまったくハマらなかったインテルが後手を踏み続け、ユヴェントスが完勝を収めた。

 試合後の会見でピルロは言った。

「あのインテル戦の惨敗から多くを学んだ。勉強になったよ」

 いずれにしても、この2つのインテル戦を通じて、ユヴェントスは新たなビルドアップの形を体得した。ボール保持時の最終ラインは4バックのポジショニングをキープしながら、右サイドバックだけが高い位置を取る。2人のCMFがビルドアップに加わり、前に運ぶ流れを見つけた瞬間に前線に加担する。派手さはないもののユヴェントスらしい堅実さが際立つこのスタイルで、4日後に行われたローマ戦にも勝利した。

 ピルロの“仕掛け”はこれだけでは終わらなかった。

 直後に迎えたコッパ・イタリア準決勝第2戦では、4−4−2の両サイドバックを2枚とも中央に絞らせる新たな配置のビルドアップにチャレンジ。再び的を絞らせないビルドアップでインテルのプレスを回避し、スコアレスドローという最低限の結果を手にして決勝進出を決めた。



 そうしてピルロ・ユーヴェは、スタメン予想はおろか基本フォーメーションさえ特定するのが難しいチームになった。現時点で考えられる“形”はいくつもあるし、シーズン序盤にいろいろなテストを繰り返してきた甲斐あって複数のポジションをこなす選手は明らかに増えた。システムと配置をかけ合わせたバリエーションは実に多彩だ。つまり相手の守備の形や選手の特性に応じて最適解を“選択”できれば、どんな相手にも、どんな状況にも対応できる。ピルロの理想はおそらくそこにある。

 もちろん課題も多い。

 相手の力やスタイル、特徴を見誤ってその試合でぶつけるべき“自分たちの形”のチョイスを間違えれば、試合中に大きな修正を強いられる。その修正がうまくできなければ、主導権を握れないまま90分が過ぎる。いいところなく敗れたポルトとのチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦ファーストレグは、まさにその典型例だった。いくつものパターンを持っているからこそ「選択を誤るリスク」は大きいのだが、ポルト戦を見る限り、その試合における正解を一発で選ぶ力は、監督1年目のピルロには備わっていない。

 10連覇というとんでもない記録が懸かった1年だからこそ、その手腕を評価する上で“結果”を無視することはできないだろう。第24節終了時点の順位はインテル、ミランに次ぐ3位。未消化の1試合があるとはいえ、インテルとの差は「10」に開いているから懐疑的な視線が向けられるのも当然のことだ。前任者のサッリがわずか1年しか時間を与えられなかったことを考えれば、同じ目に遭う可能性も否定できない。

 もっとも、監督としてのピルロが“新しいもの”を生み出す可能性を秘めた、とんでもないポテンシャルの持ち主であることは間違いない。先鋭的で怖いもの知らずのキャラクターは現役時代のプレースタイルそのもの。そこに可能性を見いだしたくなるファンも少なくないはずだ。ピルロが理想とする「変幻自在」を完璧に体現できたら、悲願の欧州制覇に近づけるかもしれない。

 目の前の結果か、それとも可能性か。ピルロにとっての2020−21シーズンの結末は、クラブの未来を占う大きなターニングポイントとなりそうだ。

文=細江克弥
    ニュース設定