Appleのオーディオ戦略における“ミッシングピース”

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2021年03月02日 07:11  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
Appleは、HomePodシリーズ、AirPodsシリーズのラインアップを2020年に拡充し、現在は以下の製品が出そろっている。

HomePod
HomePod mini
AirPods
AirPods Pro
AirPods Max

いずれも同じオーディオ製品ではあるが、HomePodシリーズは部屋を音楽で満たすことが目的のデバイス、一方のAirPodsシリーズはウェアラブルのオーディオデバイスとして、それぞれ製品ラインを拡充している。
搭載チップと役割の違いを見る

初代AirPodsの登場は2016年、イヤホン端子を廃止したiPhone 7の登場と同時だった。その後、2019年3月にチップをW1からH1へアップグレードした第2世代のAirPodsが登場し、ワイヤレス充電ケースも選べるようになった。

同じ年の2019年10月には、アクティブノイズキャンセリングと空間オーディオをサポートしたAirPods ProがH1チップ搭載で投入され、2020年12月にはH1チップを備えたAirPods Maxが発売された。

一方のHomePodは、2018年2月に登場した7ツイーター、1ウーハーを備えるホームスピーカーで、1台でステレオ体験を作り出せる性能を備える。iPhone 6にも採用されたA8チップが搭載され、Siriはもちろん、ストリーミング音楽を扱ったり、個人のスケジュールの確認や追加などが行える。

5nmプロセスで製造され、機械学習コアが16コア搭載されるA14 Bionicが登場した現在からすれば、20nmプロセス、2コアのA8はもはや骨董品かもしれないが、画面がないiPhoneと同じようなことをSiriを通じて実現すると思えば、Aシリーズのチップが搭載されてしかるべきだし、画面がない、アプリのインストールを行わない製品の特質を考えれば十分な性能というわけだ。

2020年に追加されたHomePod miniで意外だったのは、Apple Watch Series 5やApple Watch SEに搭載されたS5チップが搭載されていた点だ。オーディオ性能だけを考えればH1チップでも十分だったかもしれないが、HomePodと同様に、Siriによるさまざまな情報処理を伴う機能を実現するため、Aシリーズに準じるチップの搭載が必要だったと考えられる。
空間オーディオというキラー体験のミッシングピース

Appleのオーディオ戦略の中で、明らかにキラー体験になり得るのは「空間オーディオ」だ。最初に搭載したAirPods Proで体験して驚かされ、AirPods Maxで改めて非常に強い没入感を作り出している点に圧倒された。

空間オーディオは、Dolby Atmos、5.1チャンネル、7.1チャンネルのオーディオが収録された映像作品をAirPosシリーズやHomePodシリーズで再生できる機能だ。映画の場合、役者のいる場所から声が聞こえてきたり、背景の効果音もより聞こえてくる場所を特定できるような効果が楽しめる。

現在、Appleのオーディオデバイスで空間オーディオをサポートしているのは、AirPods Pro、AirPods Max、そしてHomePodだ。HomePodは1台だけでも、空間オーディオの再生をサポートし、Apple TV 4Kのデフォルトスピーカーとして設定することで、ホームシアターを構成できる。

しかしながら、AirPodsシリーズとApple TV 4Kの組み合わせでは空間オーディオを楽しめず、iPhone 7以降の端末や2018年以降のiPadでしか楽しめない。Apple TVではHomePod以外で、Macではすべての機種で空間オーディオを楽しむ手段が用意されていないのだ。このあたりの“ミッシングピース”を2021年に埋められるかが、今年注目のポイントの1つといえる。
そもそも、空間オーディオで起こることとは?

そもそも空間オーディオは、左右2つのイヤーピースから出てくる音を用いて、仮想的に音場空間を構築する仕組み、と解釈できる。首を振ったり、端末を動かしたりしても、画面をセンターとする相対的な音場の位置関係が維持される仕組みだ。

もう少し起きていることを深掘りすると、画面を正面として前後左右から音がやってくる状況をシミュレーションすることで、劇場で映像を楽しむ際の音響を再現しようとしている。

通常のステレオ再生の場合、左右から聞こえてくる音声は、どこを向いても左右のイヤーピースから流れてくる。しかし空間オーディオは、前述の通り、画面の位置が正面になるため、首を左右の方向に回しても、音場自体は変わらない。極端な例で言えば、ぐるりと首を回して後ろを振り返れば、それまで左耳に聞こえていた音は右耳から聞こえてくる、ということだ。

そのため、AirPods ProやAirPods Maxには加速度センサーやジャイロセンサーが備わっており、音場に対する相対的な動きを検出できる。なお、空間オーディオをサポートしないAirPodsにはジャイロセンサーは備わっておらず、加速度センサーは動きと口の音声を検出するために用いられる。

こうしたテクノロジーを考えると、現状のApple TVやMacが空間オーディオに対応しない理由は、AirPods ProやAirPods Maxとの間で相対的な位置関係を検出し続けられないためだと考えられる。
U1チップの可能性

では、Apple TVやMacで空間オーディオに対応するには、どのようなテクノロジーを用いればよいだろうか。ここでヒントになりそうなのがU1チップの存在だ。U1は、iPhone 11シリーズから搭載されたチップで、「UWB」(Ultra Wide Band)の通信を実現する。

現状、iPhone同士のAirDropで近くにあるデバイスを検出する際に用いられているが、iPhoneやApple Watchを自動車のキーとして活用できる「CarKey」でも、現在のNFCに加えてUWBに対応するとみられている。

UWBを用いることで、狭い空間で正確な位置と方向が細かく検出できるようになる。と、ここまで書けば、UWBが各デバイスに搭載されることで、相対的な位置関係を動的に検出することができそうだ、ということがお分かりになるはずだ。

興味深いことに、HomePod miniにはS5とともにU1チップが内蔵されている。U1チップを備えるiPhoneを近づけていくと、そのHomePod miniで再生されている音楽をポップアップ表示する仕組みが実現されると言われているが、それ以外のアクションを割り当てられるようになるかもしれない。

この相対位置が分かる仕組みを用いると、コンテンツを聴き始めるときの初期位置をデバイス間で認識できるようになる。Apple TVはテレビセットに固定されるため、画面は動かない前提だ。画面との位置関係さえ設定しておけば、そこから先はヘッドフォンのジャイロを用いて相対的な位置空間の中での移動が実現できる。
ソフトウェアとしてのApple TVとの差別化にも

Apple TVは、Appleの中でも非常に興味深い存在といえる。デバイスとしてのApple TV、サービスとしてのApple TV+に加え、アプリとしてのApple TVも存在する。

このアプリは、iPhoneやiPad、Macだけでなく、ソニーやSamsung、LG、VizioといったスマートTVや、Amazon FireTVなどのセットトップボックス向けにも配信され、デバイスとしてのApple TVやAppleデバイスを持たなくても、Apple TV+を楽しむ環境が整ってきた。
そうしたときに、デバイスとしてのApple TV、そしてAirPods Max、あるいはHomePodの組み合わせによって、よりシンプルに空間オーディオの環境を整えられるようになれば、Appleデバイスを用いる動機になっていくのではないだろうか。

Macでの対応も含めて、2021年はこのあたりの環境が整備されていくことになるはずで、これまでのオーディオメーカー、あるいはホームシアター関連のソリューションとの差別化次第では、Appleが作った「ホームオーディオ」のカテゴリーがiPod、AirPods以来の大きなブレークスルーにつながる可能性がある。

著者 : 松村太郎 まつむらたろう 1980年生まれのジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。Twitterアカウントは「@taromatsumura」。 この著者の記事一覧はこちら(松村太郎)

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